表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹の魔術師 ~元最強の異世界出戻り冒険録~  作者: ニシヒデ
第一部 一章、旅の始まり
2/94

2、絶体絶命

 

 白い光、眩しさ、不快感。

 様々な外部からの情報を感じ取りながら、俺は――、


 

 目が覚めた。

 まずは意識が、その次に自分の身体が。

 全身の神経に感覚が行き渡り、

新たに電源を入れ直したロボットのように、俺という存在が覚醒する。



 俺はとりあえず、閉じていた両の(まぶた)を開いてみる。



 視界から得られる情報が何もない。

 ピントが合わさっていないカメラのように、すべての景色が朧気(おぼろげ)に映る。


 

 自分の両手両足を動かしてみる。

 ゆっくりと左右の手足を持ち上げ、上下に向かって移動させてみる。

 そういう簡単な動作を二回三回と、細かく分けて繰り返す。



 オーケー、何も問題はなさそうだな。



 俺は片方の掌を、すぐ脇に置いてみる。何かに触れた。

 柔らかく、滑らかな質感だ。

 どうやら今の俺は、何かの上に座っているらしい。

 徐々にハッキリとしてきた、二つの視界で直接見てみる。



 ――赤い。赤くて高級そうな布地だ。



 右を見てみる。



 ――黒い。黒いカーテンが引かれた窓がある。



 同じく、反対側も見てみる。



 ――扉だ。木製の扉がある。

 こちらも向かい側とお揃いの、黒い色をしたカーテンが引かれている。


 

 俺はその流れで、自らの両手両足を直接確認してみる。

 


 短かった。とても短く、そして小さい。

 子供の……恐らくは四歳から五歳児くらいの小児が持つ手足だ。

 どうやら俺は、本当に異世界へと転生してきてしまったらしい。



 で、だ。



 ここは一体どこだろう?

 多分、乗り物の中だろうな。なんとなく、それだけは分かる。




 (あれ?ここってもしかして……)




 薄暗くて窮屈なこの場所は、僅かに見覚えがある。

 昔、幼い頃に師匠と一緒に乗車した、人族の住む王都にある馬車の中と同じものだ。

 というか一応、今の俺自身もあの頃と同じ、十歳以下の子供の身体に転生していたんだっけか。


 


 「ん?」




 そこまで考えて気がついた。何やら、馬車の外側が騒がしい。

 複数人の話し声……というより、叫び声のようなものが聞こえてくるではないか。

 


 何を騒いでいるのかは知らないが、ヤバそうだ。

 というかヤバい。とにかくヤバい。

 なんというかその……外にいる奴らの声色に、危機的感情が込められていたからだ。


 

 もしかすると、馬車を引いていた家畜が脱糞でもしてしまって、往来のド真ん中で立ち往生……なんて恥ずかしい事態に陥っているのかもしれない。

 


 やれやれ。転生してきて早々、そんな状況に出会してしまうとは。

 俺もツイてないねぇ……。


 

 俺はそんな軽い気持ちで、馬車の覗き窓を覆い隠していた、黒いカーテンを開けてみる。



 ――そこに惨劇が広がっていた。



 至る所に、血、血、血。

 俺の視界を赤い情景が塗り潰す。

 閉めきった窓越しからでも漂ってくる、錆びついた鉄の匂い。

 舞い上がる血飛沫。宙を行き交う剣戟。それによって斬られる人々。


 

 馬車の護衛役みたいな人たちが、大勢の粗暴な格好をした連中の手によって、四方八方から襲われていた。一方的だ。


 

 辛うじて抵抗はしているようだが、如何せん、その数が違いすぎる。

 このままでは護衛役側が全滅するまで時間の問題だろう。

 武装してない非戦闘員ですら、襲撃者たちの手によって一人残らず皆殺しにされていた。

 


 口封じのためなのだろうか?とにかく容赦がない。

 まるで理性を失ったバーサーカーの群れだ。



 その光景を一目見た俺は、たった今、

自らの手によって開いたカーテンを、一瞬で閉める。



 はぁ?えっ、ちょっ、なになに?どういうこと?

 疲れているのだろうか。何か、おかしな幻覚を見たような気がする。

 うん、きっとそうだろう。いや、そうに違いない筈だ。

 頼む……そうであってくれ!



 そんな縋るような想いを込めて、俺は再び窓に掛かっていた、

黒いカーテンを開けてみる。

 先程と、まったく変わらぬ光景。

 もちろん、すぐに閉めたさ。



 さて……。




 「……ホワーイ?」




 思わず、口元から声が出てしまった。何だあれ。

 わけが分からん。

 さも当然のように、自分のいるすぐ目と鼻の先で、リアルな殺し合いがおこなわれていたのだ。

 寧ろこの程度の反応だけで済ませた己のことを誉めてやりたいくらいだね!



 しっかし、あんな風にリアリティがある光景をなんの前置きもなく、突然見せられることになるなんてな。正直、堪ったものではない。

 


 俺は医療もののテレビドラマですら、大の苦手なのだ。

 なんかこう……生理的に、マジで、

本能から直視できない感じがする。分かるだろう?

 



 (と、も、か、く、だ!まずは一旦、情報の整理をしないとな……)




 俺はひとまず、現在の自分が置かれている状況について、

分かりやすく考えをまとめてみる事にした。




 その①――どうやら、俺の転生自体は無事に成功したようだ。ここは、既に異世界である。


 その②――転生体の年齢は(多分)四歳から五歳の子供。

 その身なりの良い服装から察するに、貴族か、それに近い裕福な家庭環境の生まれである。

 

 その③――俺は今、停車中の馬車の中にいるらしい。同乗者は他にはおらず、何の目的で乗っていたのかも不明だ。


 その④――理由は知らんが、世紀末みたいな格好をした奴らに、俺の乗っている馬車が襲撃を受けたらしい。

 恐らく、盗賊の類いではないかと思われるが、その目的に関しては現段階では不明。戦況は護衛役側が劣勢であり、戦場からの逃亡者は例外なく、全員皆殺しにされている。

 

 


 一応、こんなところだろうか?

 ――ハイ、ヤバいです。マジでヤバいですね、俺。

 この状況、まさに絶体絶命というやつです。どうしよう……。



 何にせよ、今の俺にとって最も重要なのは、生き延びることだ。

 何事も命あっての物種だと、どこかの偉い誰かさんも言っていたような気がする。

 実際、俺はまだ死にたくないし、簡単に死ぬつもりも毛頭ない。




 (とはいえ、どうすっかな……)




 今の俺に残された時間は僅かであり、

これから取れる行動も、ごく一部のものに制限されてしまっている。ならばどうするのか?


 

 遠くの方では、未だに断続的な戦闘音が続いているが、馬車の覗き窓から外の様子を伺ってみたところ、付近に盗賊たちの姿は見当たらない。



 何にせよこれ以上、この場に留まり続けるのは危険であると、

そのように判断を下した俺は、馬車の乗車口にあった扉を開けて、

その向こう側にある戦場の真っ只中に自らの足を踏み入れた。




 「……ウッ!!」




 馬車を出た途端に、ムッとするような血の匂いが、俺の鼻を突く。

 死の激臭――粘土のあるドロリとした赤い水が、

象の皮膚のようにひび割れた地面の中へと吸い込まれていく様子は、見ていてあまり気分の良いものではない。



 大地に突き刺さる剣。千切れて落ちた人間の身体の一部。

 地面に倒れ伏す大勢の人々。

 その誰も彼もがピクリとも動かない。恐らく、全員死んでいるのだろう。

 だだっ広い平原の真ん中で、彼らの骸は物言わぬ障害物と化していた。




 「こりゃあ、酷いな……」




 その光景を目にした瞬間、俺は悟った。

 連中は話し合いが通じるような、理性を持った相手ではないだろうと。

 というより、そういった行動を俺が取ること自体が、リスキーすぎるのだ。



 以前やったゲームの中に、今のこの状況と酷似しているものがあったような気がする。

 当時は「クソゲーか!」と、八つ当たり気味に叫んでから、

爆速で近場のゲームショップにまで出向いて売り飛ばし、

某通販サイトで最低評価を付けてやった記憶があるのだが……うん?



 そんなことを考えていた俺は、次の瞬間にふと気づいた。

 いつの間にか、あれだけ激しかった戦闘音が完全に止んでいる。




 (――ヤッバッ!!)




 俺は直間的に動いた。目に止まらぬ早さで、

正面に横たわっていた二つの死体の隙間に、自らの小さな身体を滑り込ませるようにして。



 数十秒後、誰かの話し声が聞こえてきた。



 ガチャガチャとした金属音と共に、大人数の気配と足音が、

俺の真上にある死体越しに振動として伝わってくる。

 かなりの人数だ。軽く二十人……いや、きっとそれ以上はいるのだろう。



 異世界で扱われている言語に関しては、以前訪れた際に習得していたので、問題なくその意味を理解することが出来た。

 俺は隠れた状態で息を潜めながら、男たちが話している会話の内容に集中して、耳を傾けてみる。




 「相変わらず、貴族様に雇われている護衛どもは、実戦というものを知らねえようだな」

 

 「まったくだ。あれじゃあ、農民の集まりが剣を持っているのと大差ないぜ」


 「農民どものお仲間には、鉄の剣よりも畑を耕すための鍬の方がお似合いってか?――ハッ!ちげえねえ!」


 「積み荷は残らず頂くぞ。死体が所持している貴重品もだ。オラッ!野郎共、さっさと動け!」



 

 おいおい、勘弁してくれ。

 たった今、命のやり取りを終えてきたばかりだというのに、

こいつらときたら完全にピクニック気分だ。

 まともな人間がする思考じゃない。



 奴らにとって、他人の命を奪うという行為は、仕事であり日常の出来事なのだ。

 そこに感情を挟む余地なんて無いのだろう。

 これはかなり困った状況になってきたな……。


 

 俺はすっかり忘れてしまっていた。

 異世界とは、人間が持つ命の価値そのものが、

極端に軽くなってしまう場所だったという事を。


 

 剣と魔法。それらの力を扱う多種多様な種族。

 獰猛で危険性の高い魔物たち。

 それこそ、アニメやゲームに出てくるようなファンタジーの世界だ。

 何が起きてもおかしくない。いや、おかしくはないのだが……、




 (流石にこの状況は……いくらなんでも想定外過ぎるだろ!)




 転生先で目が覚めたら、いきなり戦場の真っ只中にいた

……なんて、笑えない話である。

 しかも、今の俺の身体は貧弱な子供のものだ。

 それこそ周囲を取り巻く大人の男たちに対して、肉体的な要素で敵う筈もない。



 この状況って詰んでる?詰んでるよね?詰みましたー!

――なんて内心パニクっていた俺は「いや、待てよ?」と、一旦冷静になって思い返してみる。

 一体自分は何者で、今何処にいるのかと。


 

 そう!ここは異世界。つまり魔法という、地球にはない非科学的な代物が存在している場所だ。

 そしてかつての俺は、その道のエキスパートである優れた魔術師。

 つまり、



 

 (……なんだよ。焦る必要なんてなかったじゃん)




 目を閉じて、身体の内側に意識を向けてみればよく分かる。

 その奥底で渦巻いていた、魔力と呼ばれる目に見えない力の奔流を。



 それはきっと、使用者である俺が明確な形を与えてやれば、たちまち強力な攻撃手段へと転用される……はずだ。

 そのことを頭の中で理解した俺は、なんの躊躇もなく隠れ潜んでいた死体の隙間から地上に這い出て、その場にいた盗賊たちの前に自分の姿を現した。


 


 「おい、見ろよ。この銀の腕輪、かなりの値打ち物なんじゃねえか?」


 「ほう……こいつは随分とまた、上等な剣だな。

 ちょうど良い。俺様が貰っておこう」


 「誰か死体の装備を剥ぎ取るのを手伝ってくれねえか!

 金具がどこかで引っ掛かっていやがる……」



 

 どうやら地上にいた盗賊たちは、目の前に落ちている戦利品の山を漁るのに夢中なようだ。

 誰もたった今その場に現れた、俺のいる方向に見向きもしない。



 俺はゆっくりとした動作で自らの片腕を前に突き出し、

行使する魔法のイメージを明確に思い浮かべる。




 (まずは対象を攻撃するための術式を展開。

 続いて効果範囲の指定をおこない、必要となる魔力の量を計算してと……よしよし、問題なく出来てるな)




 この世界で魔法を発動するために必要とされる、いくつもの細かいプロセス。

 数年のブランクはあったが、骨の髄まで身に染み付いた作業だ。

 特にこれといった問題もなく、順調に作業が進む。



 空中に描き出された光の模様。魔法を使用するための術式を難なく完成させた俺は、仕上げに自らが保有する体内の魔力を必要な量だけ、それに向かって流し込む。


 

 すると体内から溢れ出た淡い魔力の輝きと共に、広範囲の敵を吹き飛ばす風の魔法が発動する――!




 「――って、痛ッダッダッダッダ!!!」




 突如、俺の全身を耐え難い激痛が襲った。

 身体中の至る所を、無数の太い針で突き刺されたような感覚だ。

 完全に想定外の出来事であった為、俺は無様に地面の上を転げ回りながら悲鳴をあげる。




 「なんだ?なんだ?」

 「……子供?」

 「どっから現れやがった?」




 それまで戦利品を漁っていた盗賊たちが、一斉に俺のいる方向へと振り向いた。



 流石に気づかれてしまったようだ。

 そりゃそうだよね!これで発見されなければ、相手は相当な難聴か、間抜けということになる。



 俺の姿を確認した盗賊たちは、すぐに動こうとはしなかった。

 所詮相手は子供。完全武装した自分たちの敵ではない。そう考えてくれていればありがたいが……。



 だとしても奴らが俺の存在を、この場から逃がしてくれる理由にはならないだろう。


 


 「うえーん、怖いよ!誰か助けてー!」




 俺は取り敢えず子供らしく、人目を気にせずに声を上げて泣いてみた。

 相手の感傷に訴えて同情を誘い、見逃してもらう作戦だ。




 「うるせえ餓鬼だ」

 「さっさと始末しちまおうぜ」

 「新しい剣の試し切りには丁度いい」




 しかし、現実はそう甘くは無かったようだ。

 盗賊たちは物騒な言葉を口々に交わし合いながら、真っ直ぐ正面に立つ俺の元にまで近づいてる。

 畜生、やはり駄目だったか……。




 「へえ皆様。掃除、洗濯、その他の雑用係。自分はなんでもやらせて頂きますよ。

 ――こんなにお買い得な下っ端が、なんと今なら無料(ただ)で仲間に出来ちゃいます!」



 次に俺が取った行動。それは自分の存在を、目の前にいる盗賊たちに対して売り込むことだった。

 もしも運良く盗賊たちの仲間になることができれば、

一時的とはいえ、この危機的状況からは脱することができる。

 そんな思惑があったのだが、




 「な、なんなんだ?こいつ急に……」

 「薄気味悪い餓鬼だな……」

 「この状況を見て気でも狂ったのか?」




 ドン引きだった。

 盗賊たちは数メートルほど離れた地点で歩みを止めると、心底気味悪そうな表情をしながらこちらを見てくる。



 得たいの知れない子供であると、思われたのだろうか?



 実に失礼極まりない連中だが、結果的に僅かでも考える時間が稼げただけ良しとする。




 (で?――なんで失敗したんだ?)




 つい先ほど、俺の全身を襲った強烈な痛み。

 あれは展開した魔法術式に対して、自らの魔力を流し込もうとした……その瞬間の出来事だった。



 例えばごく普通の人間が、高いビルの屋上から飛び降りたとしよう。

 間違いなくそいつは助からない。いや、仮にほんの僅かでも、助かる可能性があるとして。そんなものは極端に低い確率に決まっている。



 結論から言うと、俺があのまま痛みに逆らって魔法を使っていれば、今頃無事では済まなかったということだ。

 何故そんなことが分かるのかって?そんなものは理屈じゃない。

 半ば直感的なものに決まっている。それほどまでに曖昧で不確かな答え

――つまりは勘だ。




 (でも今のこの状況を切り抜けるには、もう魔法を使うしかないんだよなあ)




 「あのまま大人しく隠れていれば良かった」とか、そんなことを今さら後悔してももう遅い。

 既に手遅れ。状況は悪くなる一方だ。チクショウめ!



 俺はやけくそになって、本来であればあまり使用することのない、初心者御用達の低威力魔法術式を展開してみた。



 さっきと同じように、術式に向かって自分の魔力を流してみる。

 流された魔力が術式を通じ、形ある新たな手段として変換されていく。



 ――風が吹いた。



 俺の手元から放たれた不可視の弾丸が、盗賊の一人が持っていた剣に直撃する。

 カランッカランッと、大きな金属音が辺りに響き渡った。




 「「「…………」」」


 「…………」




 盗賊たちは無言。俺も無言。

 それから数秒の時が過ぎ――、



 盗賊たちよりも先に我に返った俺は、今しがた放ったものと同等の威力の魔法を、二発立て続けに狙いを定めて発射する。




 「ぐあっ!」

 「ウゲッ!」




 すると、魔法の直撃を受けた正面の盗賊二人が、

品のない声を上げながら、後方に向かって勢いよく吹き飛んでいく。




 「――っ!おい、マジかよっ!」

 「魔法だとっ?まさかこんな餓鬼が……」




 少し遅れて残った盗賊たちが、驚いた様子で各々が持つ得物を構え出し始めた。実に呑気なものだ。



 後に残された敵の数は三人。そこには先ほどまでの、俺を小馬鹿にしたような態度は一切ない。分りやすい程に、こちら側の次の動きを警戒している。



 どうやら俺は、魔法が使えない身体になってしまった……という訳ではないらしい。

 理由は分からないが、身体に対しての負担が少なく、

威力の低い魔法に限れば、問題なく使えるようだ。



 しかし、だからといって……あまりのんびりとしてもいられない。

 何故なら、俺の正面に立つ残りの盗賊たちを全て片付けても、そのすぐ後方には複数の増援が残されているからだ。



 身体的な不安要素を抱えたままで、その全員を相手にするのは正直きつい。

 というか危険だ。絶対にあり得ない選択肢。だったらここは、




 「逃げるしかないだろっ!!」




 足先に風の魔法を纏わせて、その風力であっという間に戦線離脱!

――それこそがこの短時間で俺が考えた、最も安全性の高い計画だった。




 (そうと決まればこの場所に、これ以上の長居は無用だな)




 すぐさま結論を出した俺は、バックステップを踏むようにして、後方へと大きく跳躍しながら、脱出のための行動を開始する。



 まるで全身が羽根のように軽い。ふわふわとした……重力と呼ばれる楔から解き放たれたような感じだ。

 そして気づいたときには俺の目の前に、ゴツゴツと固そうな見た目をした地面が迫ってきていて、



 俺は倒れていた。




 (……はあ?)




 状況が全く飲み込めない。なんとかその場から立ち上がろうと試みてみたが、無駄だった。

 強い金縛りのような症状が身体全体を包み込み、すべての感覚が俺の意識から切り離されていく。



 いったい何がどうなって、そんな状況に陥ってしまったのか?

 何とか考えようとしてみたが、思考が鈍い。まるで睡魔に襲われているかのような強烈な気だるさが、ジワジワと忍び寄るようにしてやって来る。



 このままでは間違いなく、俺は目の前の盗賊たちによって殺されるだろう。

 それが分かっていながら、何も出来ない。

 無力感と深い絶望を味わいながら、俺が最後に目にしたもの。



 それは、場違いな程に美しく煌めく白い銀世界と、

薄汚れたマントを羽織った、背の高い誰かの後ろ姿だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ