第三話
確か、午後20時頃のことだった。
僕が二階の部屋で
ベッドに転がって漫画を読んでいると、
母親が部屋をノックした。
「ミノル!あんたの友だちが来ているわよ?」
「へ?」
僕はベッドからひょいと体を起こす。
八月の、夏休みのさなかだった。
迷惑そうな顔をしている母を尻目に、
玄関口に降りると、
同級生のタカシがいた
(※タカシという名前だったから、
タカシと呼んでいた、、、ような気がする。
人の名前はこのハナシにおいて
特に重要ではないけど、一応補足までに)
「どしたの?こんな時間に」
「おお、ミノル!」
タッキーは、汗びっしょりだった。
必死に自転車をこいで、
ここまでたどり着いたばかりらしい。
「やばいよ。出たよ。
牧場に、とんでもないものが!」
「え?どういうこと?」
「なんつうか、、、あれだよ!
腕が何本もある、上半身ハダカの・・・
ゲームに出てくるシヴァ神みたいなやつ!」
いったいぜんたい、タカシのやつが、
『ゲームに出てくるシヴァ神みたいなやつ』
という表現を選んだ時、
どのゲームの、
何のキャラクターのことを、
具体的にアタマに
浮かべていたのかは、わからない。
けれども、こういう場合は、
フシギなものだ。
男子高校生のバカな脳ミソは、
スナオにシナプスとシナプスとを
つなぎ合わせて。
四本腕に刀を持ち、
複雑な恰好でダンスを踊る、
なかなかハンサムな、
真っ青な肌の巨人の姿を、
たちまち、思い描いてた。
「・・・そういうヤツのこと?」
念のために僕が訊くと、
「そうそう!そういうやつ!」
タカシが真顔で頷く。
互いが思い描いたことが、
実際どこまで一致していたのかなんて、
わからない。
でもこういう場合、
コトバのインパクトが通じれば、
それでいい。
で、この場合、
インパクトは十分に、
僕に伝わってきていた。
「そんなものが、牧場に?」
「うん」
「ほんとに見たのか?」
「うん」
「そりゃ大変だ!」
僕はあわてて二階へ駆け上がると。
カメラを首から下げ、
ケータイを後ろのポケットに入れ、
自転車の鍵を握って、
また玄関に降りた。
なにが「大変だ」と思ったのか、
よくわからない。
だがその時の僕は、
少なくとも、
タカシがなぜあわてて
僕を呼びにきたのかは、
わかった。
僕に、写真を撮ってほしいのだ。
この夜に限らず、
心霊スポット巡りなどで、
「なにかが見えた!」という時、
あわてて呼び出されるのが、
写真を趣味にしていた僕だった。
それまでも、何度か、
「出た!」というところに急遽、
駆り出され、
写真を撮りに飛んで行ったことはある。
ただ、それまでは、
呼び出されたところで、
いつも、失望ばかり。
僕だって、いつか、
『本当にあった怖い云々』に投稿できるような
凄いやつを撮ってみたいもんだ、と思っていた。
それが、今回は、
「シヴァ神のようなもの」と、説明が具体的だった。
「シヴァ神のようなもの」ってのが、なんなのか、
ここでいきなり細かい説明を求めるのは、
つまらない(と愚かな高校生男子からは見える)
大人の発想というものだ。
当時の僕には、そのヒトコトで、
もう十分、興奮が伝わった。
写真にぜひ収めるべきモノだとわかった。
あわてて出かける理由としては十分だ。
そんなもんだ。
「ミノル?あわてて出かける理由としては
十分なのかもしれないけど、
あんまり遅くなんじゃないわよ?」
という母親のぶっきらぼう、な声を背に、
僕は家を出て、自転車に乗り、
タカシの案内で、
学校裏の山へと向かって、
夜の田んぼ道を進んで行った。