誘拐事件に巻き込まれてしまいました
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「……ほぅ。あなたがナウレリア・アインホルン様、でしょうか?」
目の前に長身で、いかにもお堅そうな眼鏡をかけた男性が私見ていた。
「えっ……?」
――そう言うあなたは誰なのでしょうか?
ただただ疑問がわいた。
「……やれやれ。こんな簡単な質問にも、まともに答えられないのですね」
「っ!?」
「はぁ。全くもって嘆かわしいことですね」
た、ため息?! え、どうして? いきなりっ?!
「あなたはユリテウス王子が見初めた相手だと聞いていましたので、もう少しマシな方なのだと思っていたのですよ。…………ですが、それは私の勘違いだったようですね。まったく、期待はずれでした。」
――自分名前すらまともに話せないなど、まったく…話になりませんね。はぁっ。
目の前の男はヤレヤレとばかりに首を振り、あからさまな大きなため息をまたついてきたのだ。
(えぇえええええっ?! いきなりなんなのだ、この失礼な男はっ!)
失礼にも程があるのではないだろうか?
さすがにナウレリアも初対面の男にこんなことをされては不愉快だ。とても気分が悪い。
「っ、あのっ!」
「ん……? ああ…………あなたですか。 これ以上、まだ私に何かあるのですか?」
あるわ! あるに決まってるっ! むしろ、言いたいことしかないですよーっ!
「失礼ですけど、あなたはどちら様なのですか? 普通、初対面では、相手の名前を聞く前に自ら名乗るのがマナーなのではないのですか?」
つまり、お前の方がマナー違反をしてきてるんだぞ、ってことです。
失礼なのは、あなたでしょう?
「は…………? この私が、自己、紹介……?」
「そうです」
「なぜ?」
「…………へ?」
「私が何をしたというのですか?」
何言ってるんだろう、この人は……
「そもそも。ユリテウス王子を支える次期宰相となる予定の、この私のことを知らない人など、この国にいないでしょう?」
いるよ、いるいるっ!!
はいはーいっ! ここにっ! ここに、いますよーっ!!
「申し訳ないのですが、私あなたのことを存じあげないのですけど?」
「なっ!?」
「…………ユリテウス王子からも紹介されたことはないですし。やっぱり、存じ上げないですね」
「っ! そんなっ?! ありえない! ユリテウス王子の1番の側近たる私を知らずにいたっ?!」
「ええ、まぁそうですね」
「〜〜っ!! そんな……っ! そんなはずがあるわけ…………っ!」
男は、豪華な服が汚れることも気にせずに地面にぺたりと座り込んで頭を抱えていた。
え? えぇ〜っ?! 自分が知られてないことがそんなに衝撃を受けるほどのことなんですかっ?!
――ユリテウス王子の側近だって言うけど、ほんとに、この男は誰なんだろう?
こんな変な男、前世で会っていたら忘れないはずなのに。残念だ…………まったく思い出せないや。
とにかく、誰かこの意味不明な空間の説明をしてほしい。
こんな男と2人きりなんて嫌だよ〜っ!
―――
「……………ふぅっ。先程は、ユリテウス王子の側近である私としたことが、失礼な姿を晒しましたね。このことは記憶から忘れていただいて結構ですから」
地面に蹲っている変人を奇怪なものを見る目で見ながら、距離を置いて様子をみていた。
すると、いきなり再起動しだしたではないか。
――なんなんだこの人は。
勝手に取り乱しておきながらこの態度とは。
「……」
それにさ。…………あんな男の人が絶望するという衝撃的な光景をどうやって忘れられるというのだ。
普通の人なら忘れるだなんて難易度が高いことは無理だろう。
「まぁ、今後私とあなたはユリテウス王子の命令がない限り私から関わることはないでしょうから、いくら私が親切に忠告をしたところで、不要な忠告になるのだと思いますが。私はそういったところも配慮のできる男なのでね。」
「…………(むっ)」
「そうですね。まぁ、あなたには、私がユリテウス王子の側近で、将来は国王となられるユリテウス王子を宰相として支えていく者だと理解していただければ結構ですよ?」
「そ、そう、なんですね。よろしくお――」
こんな男に頭など下げたくはないが、ここは変人相手にムキになる方がバカというものだろう。
そう思って、嫌な顔をせず上部だけでも仲良くしておこうと頭を下げようとしていたのに。
「まぁ、お飾りの妃になる予定のあなたには無関係のお話でしょうが」
無粋な一言がなげられた。
「…………」
ああ…………無理。やっぱり、この男は苦手かもしれない。
こんな男と表面上だけでも仲良くするなんて、できそうにない。
――いや。したくない。
「はぁ。それにしても、ユリテウス王子は、なぜこのような者を妃にしたいとなどと仰るのでしょうか?」
「それは、ユリテウス王子に聞いたらどうでしょう。」
「むっ」
仲良くする気の失せた私の一言に男は気分を害したように眉間に皺をよせた。
でも、気にしない。
私には、もうこの人と仲良くしようという気持ちは皆無だからだ。
「……それで、失礼ですけど結局あなたは誰なんですか?」
「…………ん?
――――あぁ、そうでしたねぇ。
ユリテウス王子に妃へと望まれているにもかかわらず、あなたはそんなこともわかっていないのでしたね。この私の名前すら把握できていないとは嘆かわしいことですね。」
目の前の男が私をあからさまに馬鹿にしたように呟いた。
嫌な男だ。
「ですが、私はこれ以上、あなたに答える必要性を感じません」
「へっ?!」
なんですとー?! なんなんだ、この男はっ!
名乗ることすら嫌なのか。
「どうしてですか。自己紹介くらいしてくれてもいいのではないですか?」
「なぜです? あなたを選んだことが、素晴らしいユリテウス王子の一時の気の迷いかもしれないのに、ですか?」
「……そ、れは……」
ありえすぎるんだけど。それを直接、当事者の私に言う?!
まったく、デリカシーのない人だね。
「でしょう? あなたもそう思いますよね?」
思うけど……思うけど!
悔しいから、口が裂けてもいいませんよっ!
「で、ですが、名前を名乗るくらい…………っ」
「私は、――――必要がない、と判断したことには余計な労力を割きたくないのです。手間をかけさせないでください。」
粘って聞いてみたが、玉砕した。メンタルはボロボロだ。
「――――私の名前を知りたいのならば、せめて私に名前を名乗らせる価値があなたにはあるのだと思わせてくれないと。」
副音声で、「そんなこと、あなたにはできないでしょうけどね?」という嫌味が聞こえてきた気がした。
いや、この人を小馬鹿にした顔は確実に思っていそうだ。
「…………っ!」
それがわかった途端、悔しさで一杯になった。怒りで顔が熱くなるのを感じる。
前世でカナリアとダミアンに殺された私だけど、ここまであからさまに侮辱を受けたのは初めてである。
くやしい。
――無理。どうしたって、私、この人が嫌いだわ。
「何も言ってこないのですか? それとも……図星でしたか?」
「……」
「はぁ、ようやく身の程をわきまえましたか。ならば、せめてユリテウス王子に迷惑がかからないように大人しくしていて下さいね」
眼鏡をクイッと上げて私を上から見下ろしたあと、その男はクルリと背を向けて歩き出した。
なんで、何も知らない男にこんなことまで言われてるんだろう?
――――そもそも? そんなにあなたは偉い人な訳?
そんなわけないわ。ユリテウス王子のように、引きこもりの私にも名前が知られてない時点で、あなただってたかが知れてるのよ…………っ!
怒りで感情がドロドロと轟くのを感じる。
――こんな人に、負けたくないっ!
「待ってくださいっ!!」
「はっ?」
「私と勝負しましょう!」
「…………はぁ?」
足を止めた男は、私の提案を聞いて訳がわからない、と言う顔をしていた。
――――
――勝負は私の圧勝だった。
「――――ウソ、だ。こんなことはありえない…………っ!!」
目の前には、満点の解答用紙を呆然と見ているあの男の姿があった。
ふふん、どうってもんだ!
これでも、私。勉強は得意なんだからっ!
「わざと満点なんて取れないように、使われていない古語や難しい外国をふんだんに入れて、その上引っかけ問題も入れておいたはずなのに…………なぜだ…………っ!!」
解答用紙を持ち、信じられないものを見るように焦点の合わない目でブツブツと独り言を呟き続ける変な男がいた。
「どうですか? 私、何点だったでしょうか?」
「くっ…………!」
「く?」
「…………ま、満……点」
悔しそうな顔をした男がこちらを睨みつけるように見つめていた。
ふふふふーんっ! ざまぁーみなさい! 馬鹿だと思っていた女に、満点を取られないようにと作ったはずの渾身の問題で満点を取られるのは、さぞ屈辱でしょうね!
「で?」
「…………は?」
「もうお忘れになりましたの? さっきの、や・く・そ・く」
そう、私たちは賭けをした。
この男が作った問題で私が満点を取った場合のみ、この男は私に自己紹介をする。
そして、私が彼に賭けで負けた場合は、ユリテウス王子に迷惑をかけないように、この男の言う通り、大人しく身の程をわきまえる、というものだ。
一見、かなり私に不利だが、とってもシンプルで白黒がわかりやすい賭けだ。
本来なら、どこから出題されるかもわからない問題で満点を取るなんて、問題を出題する側がかなり有利なのだ。
だけど、あえて私はこの私に不利な賭けを提案した。
――理由は簡単。この男に負けたくなかったから!
そして。そして、私は勝った。勝ったのだ!
しかも圧勝だ!
「っ……! わ、たしは、クリスティアン……」
悔しそうに小さな声で呟くクリスティアン
へぇ。
あなたクリスティアンっていうのね。
でも、そんなんじゃダメ。自己紹介っていったら、ちゃんとフルネームで名乗ってほしいのよね。
「自己紹介なのに、クリスティアン、だけでいいのですか?」
「くっ…………! 私は、クリスティアン・オイレンブルクだ。ユリテウス王子の側近だ。」
「そうなんですね。私はナウレリア・アインホルンです。どうぞよろしくお願いします」
「ふ、ふんっ! 好きにするがいい。私はこれで失礼させてもらうからな!」
クリスティアンは、苛立ちで大きくマントを靡かせながらその場を早足で去っていく。
ふふふ。気持ちがいいわ。
…………けど、あれ? クリスティアン・オイレンブルク?
この名前って……………あれ?
なんだか聞き覚えがあるような? どっかで聞いたことがあるような気がするのよね。
うーん。どこでだっけ? 何か大事なことを忘れてしまっているような気がする。
何か大事なことだった気がするんだけど、どうしても思い出せない。
うん、もういい。諦めましょ。
ま、思い出せないってことは大したことじゃないんだと思うし、まぁいいわよね。
クリスティアンがいなくなり、そんなことを1人で考えに浸っていたのが不味かった。
いきなり後ろから、鼻と口に変な匂いのするハンカチを押し当てられて、気を失ってしまったのだ。
――あっという間だった。
でも気を失う前に、咄嗟に助けを求めたのはまさかのまさか。婚約を破棄したいと願っている、ユリテウス王子だった。
どうして、ユリテウス王子だったのかはわからない。
誰かに体を持ち上げられて運ばれる中、彼の顔が、朧げになる意識の中でなぜか浮かんでいたのだった。
――――
「どういうことかな、クリスティアン?」
「ゆ、ユリテウス王子……? いかがされたのですか?」
ナウレリアが誘拐されたことを突き止めたユリテウスはクリスティアンに声をかけていた。
「私の唯一であるナウレリアと最後に会っていたのは、お前だよね? どうして、ナウレリアが拐われて行方不明になっているのに、お前は何事もなく過ごしているんだろうねぇ?」
「…………っ?! ゆ……ゆ、う、かい? そんなっ……」
「ははっ。まさか、いまさら知らなかったとでも言うつもりかい?」
「!」
「私はね、側近のお前が誰よりも私とナウレリアの関係を反対していたことを知ってるんだよ?
そしてね、今日アーダルベルトがナウレリアの護衛を外れるように、お前が裏から手を回していたことも把握しているんだ」
「っ! そんな……っ!? ちがっ……! わ、わたしは――」
クリスティアンの顔色は蒼白になっていた。
対するユリテウスは、口調こそ穏やかだが、背後に怒り狂うモヤのような錯覚が見えるのではないかと思うほど、機嫌が悪かった。
「はははっ、違うとでも言うつもりかい? お前には説明したはずだ。ナウレリアは私の唯一だ、と。傷つける者は許さない、とね。」
「……」
「私の唯一を守れない男に、将来の宰相が務まるとでも?」
「っ!! そ、それは……っ! それでも、私はユリテウス王子のために力になります!」
ユリテウスの一言で、焦ったような声を上げたクリスティアンだが、ユリテウスの表情は変わらない。
「……ねぇ、気づいているかい? お前はいまだに、ナウレリアのことで私に謝罪の1つもしていないんだよ?」
「あっ……」
「そう、そういうことだよ。お前は何もわかっていない。私が守りたい、と思っていることが何なのかすら、わかっていないじゃないか。」
「…………」
ユリテウスの一言でハッとした顔をしたクリスティアンは唇を噛み締めながら下を向いて黙り込んだ。
「私の唯一に被害があった以上、どんな結果になろうと、お前がタダで済むとは思わないことだ。もし、万が一、これ以上ナウレリアに何かあった場合は、私は何があってもお前に報いを受けてもらう」
「………………は、い」
ユリテウス王子の気迫に、クリスティアンは口を開けず床に座り込んだまま呆然としていた。
それは、以前の仲の良い2人を知っている者からみれば、想像もつかないほど凍えるような光景だった。
クリスティアンが、ユリテウス王子を支え続けることは揺らがない事実だと、クリスティアン自身は確信していた。
それゆえに、まさかこんなあっけなくユリテウス王子との関係に亀裂が入るだなんて、クリスティアンは思っていなかったのだ。
「…………ですが、ユリテウス王子。私がナウレリア・アインホルンを気に食わないのは事実とはいえ、この私が誘拐事件を起こすだなんて愚かなことはことはしていないのです。」
――――あなたの信頼を裏切った私の言葉は、もうあなたに届かないでしょうけど……これだけは誤解されたくないのです。
暗い顔をしたクリスティアンは、まさか満点を取られてナウレリアに半ば八つ当たりのような気持ちで1人置き去りにしてしまった過去の自分を責めた。
だが、それはナウレリアが危機に陥っているからではなく、あくまでユリテウス王子の信頼を失ってしまったことを悲しんでのことであった。
「お前は…………やはり何もわかっていないのだね」
ユリテウスは、クリスティアンの様子を見て悲しげに呟き去っていった。
「っ?!」
意味がわからない、と言う顔をしたクリスティアンは、ただただ立ち去っていくユリテウスの後ろ姿を見つめ続けたのだった。
ナウレリアの誘拐事件を知ったときのユリテウス王子やアーダルベルトのお話もいつか書けたらいいな、と思います。