夫婦円満は婚約への第一歩?!
(やった〜、1ヶ月の保留期間をもらえた〜! わ〜〜〜いっ!!)
あのあと、両親に、『婚約者の話は1ヶ月保留になった』と伝えると、なんだか複雑そうな顔をしていた。
でも、私は安心した。王宮に来る時よりも、帰る今の方が心が弾んでいるよ!
アインホルン侯爵家に帰ってからもご機嫌な私は、リリーに心配されてしまったけど、昨晩とは違うるんるん気分で眠りにつけたのだった。
(ああ、ステキ! 最高の気分よ! 今日は心なしかいつもよりお布団がふんわりとしていて気持ちが良いとさえ、感じるもの!)
その晩の私は、何の気苦労もなく安眠をとることができた。
―――
「うぅ〜んっ! 気持ちのいい朝だわ〜」
晴れ渡る青い空、白い雲。
窓から入ってくる風が気持ちが良いったらしょうがない。
はしゃぎすぎて、チュンチュンと鳴いている小鳥達にも窓から手を振って、「おはよ〜! 今日もいい天気ねぇ!」と挨拶をしてしまった。
「…………。まぁまぁ、お嬢様は昨日帰ってこられてから、随分とご機嫌ですわねぇ」
それはさすがにリリーに半ば呆れられてしまっていた。だが、私はひと時の解放感に浸って幸せを噛み締めていた。
(ああ、幸せっ! なんて素晴らしい朝だろう)
…………なのに。なのに、だ。
なぜこうなるのだ!
「ナウレリア〜、すごいぞぉ! 今度は国王陛下からの手紙が届いたぞ〜」
「おめでとう! ナウレリア!」
清々しい朝を満喫している私の元に、おめでたいことがあったみたいなテンションの両親がやってきたのだった。
「〜〜〜〜っ!!」
(げぇっ!! はぁあああっ。また、このパターンですか……!?)
「良かったね、ナウレリア! なんと、国王陛下は保留期間でも王子妃教育を施してくださるそうだ! 婚約者になれる第一歩だぞ! 良かったな〜!」
「早速、素敵なドレスを仕立てないといけないわ! どんなデザインにしましょうか。ふふふ。」
「…………」
2人は保留だと言われてしまったが、ユリテウス王子の婚約者を諦めずにすんで良かったな、と私を励ましながら自分のことのように喜んでくれていた。
そして、王子妃教育で失礼がないように、私のドレスや髪飾りなどを新しく誂えようと気合い充分に打ち合わせてくれていた。
(ああ゛あああああっ! さっきまでの私の平穏、カムバーーーーーック!!)
私は心の中で叫んだ。
―――
「――――まぁ、合格ですわね」
あれから、私はユリテウス王子の婚約者候補として、なんと、なんと、わざわざ王妃様直々にご指導をしていただいていた。
『婚約者だって断りたいのに、王妃様からの直々のご指導だなんていりません!』と言いたくなったのだが、ありったけの理性の心のブレーキを働かせて耐えた。
――めちゃくちゃ、耐えた。
引き攣った笑顔でなんとか「ありがとうございます」と伝えたのだ。
(だってさ。それ伝えてきたの、国王陛下なんだよ? 無理! 無理無理無理。言えない!)
私の素直な気持ちなんて、『不敬』と『忖度』の前では見事に崩れ去りましたよ、この野郎。
引き攣ってようと笑顔を保っていただけ『合格点』だろう。
(そもそもさ。私、ユリテウス王子ですら、不敬を働いてしまわないか怖いんだよ?
なのに、なぁ〜んで、王妃様とか国王陛下とかが、そんな簡単にポンポーンッと出てきてしまうのだろうか)
――出現頻度が高すぎではないだろうか?
(いやね。だって、国王陛下とか王妃様とかユリテウス王子ってさ、前世でも今世でも貴族って言ったって、そんなホイホイ会えたり、お話をできるはずがない、レアキャラさんだったはずなんだよ?)
それなのに、どうなってるんだ?!
でも、そんな王族の方々に接する機会が多い私は、あることに気がついたのだった。
それは、――――王族の皆様って、なんか仲悪くないですか?!!、ってこと。
(あ、ちなみにこんなこと王宮で大声で叫んだら、『不敬罪』だよ?
どんなに衝撃を受けて叫びたくなっても、あとが怖すぎるから、お口にチャックをしないといけないやつだ)
もちろん、人付き合いが苦手でビビりの私も、前にならえ、で黙りましたとも。
ハイ、もちろん速攻で黙りました。
特に不仲だったのは、国王陛下と王妃様の仲だ。2人は、ギスギスしているというか、特に冷めているようだった。
「ナウレリアに王子妃教育を頼んだぞ、王妃」
「……ええ、わかりましたわ」
私への王子妃教育を国王陛下が王妃様に伝えた時、2人が視線を合わせたんだけど、空気が凍るかと思った。
あ。
ついでにその時に、『わぁ……、私への王子妃教育、めっちゃ王妃様に嫌がられてるやーん。私、やっぱし、嫌われてますよねぇええええ?!!』と、なったのは、この際しょうがないと思う。
――不可抗力だ。
ただし、国王陛下と王妃様はそのあとのどんな会話でも、氷点下以下の空気を出しながら会話をされていたのだ。
怖い。普通に怖いよ。
だから、この2人の関係は良好じゃないんだなぁ、ってわかったわけ。
――ただし、予想外なことが起こった。
私はこれまでの関わりから王妃様に嫌われてそうだから、王子妃教育って言っても、ロクな教えてもらえなかったり、少し早いが姑からのイビリなどもあると思っていたのだ。
それなのに、まっっっっったく!、なかったのだ。
「ナウレリア、あなたは自信がないようなので心配していましたが、テストを見る限り、かなり出来はよろしいですわね」
「…………」
「聞いていますの?」
「っ!! あ、申し訳ありません!」
(……………………あれ、いいの? 私をイビらないんですか?)
覚悟していた分、初めは予想外の高待遇にポカンとなっていたものだ。
まぁ、あいかわらず視線は冷たいんだけど。私に合わせてちゃんと教えてくれるし、わからないことへの質問も受け付けてくれているのだ。
(あらら? 王妃様って、――――案外優しいのでは?)
そう思い出した頃から、私はさらに気がついたことがある。
――それは、『国王陛下と王妃様が本当は相思相愛なのに、なぜかすれ違っている』、ということだ。
これは、気がついてみるとあからさまだった。
国王陛下も、王妃様が見ているときは厳しい目をされているが、王妃様が見ていないときは視線で王妃様を追いかけてあるのだ。
そして、それは王妃様も同じだった。
2人はお互いに見つめあっているときはつれない態度をとっているのに、本心では思い合っているようなのだ。
(なんだなんだ、この典型的なすれ違いカップルはっ……!)
こういう典型的なカップルには、これまた典型的なお約束を施せば仲良しになれる、っていうのが定石なんだよねぇ〜。
私はすぐさま行動に出た。
頼んでもいないのに、なぜか王子妃教育が終わるとお茶に誘いにきてくれるユリテウス王子。彼を捕まえて、解決に導こう!、という作戦だ。
「わぁ〜。ナウレリアから僕に近づいてくれるなんて、初めてだよねぇ。
いっつもは、僕が近づくと怖いものを見たかのように、ぷるぷるとうさぎみたいに可愛く震えて逃げちゃうのにねぇ〜?」
「ゔっ……! そ、そんなこと、ありませんわぁ?」
「そう? 僕の勘違いかな? まぁ、怯えて逃げている可愛いナウレリアを追いかけるのも楽しいから、いいんだけどね。」
(まずい。今までユリテウス王子が苦手すぎて、彼の姿が視界に入ったらすぐに逃げていたけれど、あからさますぎたかもしれない……っ!)
けど、すれ違いカップルをほっとくのも気がひけるし……
(くぅ〜っ! ユリテウス王子に協力を仰ぐの嫌だよ〜!)
「そ、そそれよりも! ユリテウス王子、私、今日はお願いしたいことがあるのです!」
「あ、……今誤魔化したね? けど、あんまり可愛いからって、ナウレリアをいじめすぎるのもかわいそうだからね。
いいよ、お願いってなに?」
「あのっ、国王陛下と王妃様に2人っきりになる時間を作って差し上げたいんです!」
「? なんで?」
「えっ、と、それは……ですね」
私は口籠った。
(2人の不仲を改善したい!、とか言ったら不敬になってしまうかな?)
しまった。
ユリテウス王子を捕まえてお願いするってことまでは考えていたけど、理由を聞かれたときの返事を考えていなかった。
(準備が足りなかったーーーー!!)
私は変な冷や汗が大量に吹き出てくるのを感じた。
「ねぇ、黙ってないで答えて。 な ん で ?」
「〜〜〜っ!!」
ユリテウス王子が私を壁際まで追い詰めて、さらに片手で壁に腕をつきながら私の耳元で囁いてきた。
(色気がヤバイ!)
その、やけに艶めいた声を囁きかけられたせいで、前世も夫のダミアンとは白い婚姻だった男性経験のない私の顔は真っ赤に染まっていた。
(し、失敗したー!! こんな、人っ気のない場所にユリテウス王子を連れてきた、さっきまでの私の馬鹿ぁ〜〜!!)
「ナウレリア?」
「あ、ああ、あの、そ、それは……」
経験のない場面すぎて、自然と目に涙が溜まってくる。
(やめてぇ〜! そんなイケメンなご尊顔は、もっと他のステキ女子の皆様に見せてあげてください〜っ!!)
「…………顔を真っ赤にして震えているね。そんな風に目をうるうるさせて、私を見つめるナウレリアも良いよ。
でも、良い子だから、そんなに可愛い顔は私以外には見せたら駄目だよ? いいかい? ――――もし約束を破ったら、お仕置きだからね?」
「〜〜〜〜っ!!!!」
またしても耳元で囁かれて、私は沸騰しそうになった。
意味もわからないまま、ただ解放されたくて、頭を縦にコクコクと頷いていた。
「うん、いい子。じゃ、私に秘密はなしだよ。――――どういうことか説明してくれるよね?」
「……(コクコク)」
気がついたら、国王陛下と王妃様について考えていたこと、やりたいことを、洗いざらいユリテウス王子に話していた。
「ふぅ〜ん、そういうことねぇ……?」
「お願いします、ユリテウス王子」
(今の私にやましいことは何一つない! すべてゲロったからね!)
「なんで? ナウレリアには2人が不仲のままでも不都合はないでしょう?」
「え?」
「だって、母上はナウレリアにちゃんと王子妃教育をしてくれているんでしょう?」
「はい。王妃様は優しいです」
「う〜ん、ならいいじゃない。もし母上がナウレリアをイビったりしてたなら、私は許さないけど。けど、今のところはナウレリアにはなぁんにも、被害はないんでしょ?」
「そ、そうですけれど」
「ならいいじゃない。ほっとこ〜?」
「え…………っ!?」
(なぜですか! ユリテウス王子?!)
自分の両親のことなのに、案外ドライなユリテウス王子の対応に驚きを隠せない。
(それに、私に被害があるとかないとかじゃないんだよ。本当は愛し合ってる2人が、何かですれ違って不仲になってるってわかってる。それで、私はその解決策もわかってるのに、放置して見なかったことにするなんて、そんなのしたくないんだよ!)
「…………いや、です」
「ん?」
「私、このままほっとくなんてしたくない」
「どうして?」
私の反応を見て、ユリテウスが興味深そうに聞いてくる。
「そんなの、私が嫌な気持ちになるからです! このまま、2人のことを見て見ぬフリをするなんて、…………気分が悪いじゃないですか!」
ユリテウス王子に追い詰められた極限状態で、つい本音が出てしまった。
(やべ)
こういうのは、言うにしても建前とかを考えて、ですね。こう、なんというか、聞こえの良いように伝えたほうが印象が良いのが鉄板だ。
本音を言うなんて、ナンセンス!
(ヤラカシテシマッタ。トホホ……)
「…………へぇ〜」
「あっ、申し訳ありません! 私、なんて失礼なことを……」
冷や汗が止まらない。
「いいんじゃない?」
「え?」
(こんな浅ましいことを考えてる私に幻滅しないのだろうか?)
「だって、ナウレリアは父上と母上を放置したら気分が悪くなっちゃうんでしょ?」
「……はい」
「なら、しょうがないよ。ナウレリアが嫌な気持ちになっちゃうなら、私は協力するよ」
「っ! ありがとうございます!」
(サイコーだよ、あなたは! もうっ、神様と呼びたいほどだよ!)
ニヤニヤが止まらない。
そんな気持ちの悪い顔をした私の頭を、ユリテウス王子がよしよしと撫でながら仕方がないなぁ、とばかりの苦笑いで引き受けてくれていた。
(器の広い男だよ、ホント)
「いいよ。まぁ、私だってタダで動くわけじゃないからね。」
「へ?」
(え、何その不穏ワード。求めてないです。すぐに撤回してほしいぞ。)
「私もナウレリアにご褒美をもらう予定だからね。」
「っ!! ……ご褒美、ですか?」
「そう。すべて、上手くいったら、ね? ――――あ、それとも、やっぱりやめて2人のこと見捨てる?」
「っ!! そんなこと、しない! 見捨てるなんて、私がそんなことするわけないじゃない! あ…………も、申し訳ありません!」
「ふふふ、うん、そう言うと思ったよ。じゃ、私にあとは任せておいて?」
「〜〜〜〜っ!!」
(やっぱり、さっきのは撤回! ユリテウス王子が神様だなんて、ありえないっつーの!)
興奮して色々とボロが出てしまったが、ユリテウス王子はなんだか嬉しそうに微笑んでいた。
そして、私の髪にちゅっ、と口付けを落とすと、手をヒラヒラと振りながら、行ってしまった。
(ゔっ。私、なんだか、ユリテウス王子の手の上で踊らされているような気がする)
どっと疲れた気がして、私はその場に座りこんだ。
―――
――そして、その後の国王陛下と王妃様のことだが、2人の不仲は解消された。
めでたし、めでたし。
今では、どこからどう見てもアッツアツで、近寄る者が火傷しそうなくらいのおしどり夫婦におなりにならせられましたよ、トホホ。
(けど。私はここまで2人が仲良くなることまでは、望んでいなかったんだけどなぁ)
遠い眼をしながら激アツ元すれ違いカップルの2人を見つめる。
「ナウレリアぁ〜、一緒にお茶でも致しましょ〜?」
「おぉ、そうだぞ、ナウレリア。ユリテウスも呼んで、一緒に茶を飲んで過ごそうではないか。」
「ふふふ、いいですね。ナウレリアが参加するのなら、私ももちろん参加しますとも。」
「もぉ〜。ユリテウスったら、つれない子でねぇ。ね、ゼバスティアン?」
「ああ。そうだなぁ、ブリュンヒルデ。ハハハハハッ!」
「…………」
目の前で私をお茶に誘う仲の良い王族の方々がいた。
逞しい国王陛下の腕に寄り添うのは、あの前までは氷のような冷たいオーラをビシバシ放っていた人物とは思えないほど甘ったるいオーラを出した王妃様だ。
あの日、私が伝えた方法をユリテウス王子はちゃんと実行してくれたようだ。
国王陛下と王妃様に、息子のユリテウス王子から見ても相思相愛なのに、なぜ不仲になっているのか?、と尋ねてもらったのだ。
そして、しばらく2人っきりで、お互いの思いを話し合ってもらった。
――すると、どうだろうか?
誤解が解けた国王陛下と王妃様は、こちらが火傷しそうなほどラブラブのカップルになられていたのであります。
あー、ホントめでたい。
ちょっと火傷気味だけど、めでたいですよ、ほんともうっ。
けどさ、イチャつくのは他所でやってほしい。
熱々カップルに当てられる私のことも考えてほしいものだ。
なんでも、王妃様はつり目できつい印象の目の自分は、国王陛下の番だけれども愛されていない、と思っていたようだ。
好きな国王陛下と夫婦になれたが、それは本当に愛されているわけではなく、龍の番を求める本能なだけ、と辛い思いをされていたらしい。
そして、国王陛下も、王妃様のつれない態度から愛されていないと誤解していたらしく、無理矢理、王妃とさせてしまったことへの罪悪感があり気まずく距離ができたらしい。
「ユリテウスから聞きましたわ。今回の1番の功労者はナウレリアなのよ、ゼバスティアン?」
「おぉ、ユリテウスは素晴らしい妃を連れてきてくれたものだ。ハハハハハッ!」
「ええ。私もナウレリアを愛していますので、早く正式に妃に迎えたいものです。」
「まぁっ! それはいいわ!」
「そうだな、ブリュンヒルデ。保留期間が終われば、すぐにでも婚約式を挙げるように手配させよう!」
「父上、母上、ありがとうございます」
「…………」
私の目の前で、なぜか!、望んでいなかった婚約者の保留期間後の婚約式まで手配するように取り決められてしまっていた。
(えぇ〜っ!! どうして、こうなるのぉ〜!!)
私は、ただ私のために動いただけなのに、国王陛下と王妃様には気に入られてしまうし、余計にユリテウス王子の婚約者を断りづらくなっちゃっていた。
私は目を背けたい現実から目を逸らそうと、目の前にある高価なお菓子を一心不乱に貪るように食べた。
――なのに。
「ナウレリア、今回、私は頑張ったよね? ご褒美、期待してるからね?」
ユリテウス王子がそんな期待をこめたような囁きをしてきたことで、私はまたしても現実逃避が、したくなったのだった。
(ああ〜っ! どうしてこうなったー!)
微笑むユリテウス王子の横で、私は頭を抱えたのだった。