光の中のあなた
ジュリアンの兄、現クライン辺境伯爵のディートリヒ・クラインは頭を悩ませていた。
隣国、ガルカナン王国から持ちかけられたとんでもない話の結果の期日が迫っている。
「はぁ…………さすがにそろそろ返事くらい出さないといけないよなぁ」
――あのときとは状況が違っている。
ガルカナン王国から提案されたのは、土地が荒れて作物が収穫できず、ガルカナン王国との国境の紛争が起こり、ジュリアンが誘拐されてしまった、まさにどうしようもない状況のときのことだった。
ナランディア王国は、隣国のガルカナンと比べると豊かな土地で、豊富な作物の収穫ができる国ではある。
だが、なぜなのか。
近年は、ナランディア王国の国境から順に土地の荒廃が進んできている。
理由を解明させようと、クライン辺境伯領でも調査をしているが理由ははっきりとしないままで。
どうにもならず、我がクライン辺境伯領はナランディア王家に解明を依頼した。
しかし、ナランディア王家からの返事は、荒廃の調査は実態のみ把握し、その上で必要時は作物の支援をするというものだった。
ロクな調査はされていない。
歴代のクライン辺境伯家の者達は、そんなふざけた結果に当然納得できるはずもなく、何度も原因の追及と、土地の荒廃を止め、また豊かな土地に戻れるように依頼を行った。
(なのに……!!)
ナランディア王家は、我らクライン辺境伯家の要求を悉く突っぱねた。
答えはいつも同じ。
原因を特定しようともせず、現状の把握のみをするばかり。
『このままではクライン辺境伯領は飢えてしまう』、と窮状を訴えても、ナランディア王家としては作物の支援は行うというばかり……
――我らが窮地に助けてくれない王家が何をしてくれる?! どうせ、支援といってもろくなものではない。当てにするだけ、こちらが馬鹿をみる……!
歴代のクライン辺境伯家の者達は、変えられない現状と王家の態度に憤りを感じ、拳を握って耐えるしか方法はなかった。
クライン辺境伯領の者だって、ナランディア王国の国民。
そんな中でも、先祖代々ナランディア王家に仕え、この国をガルカナン王国守ってきた自負がある。今の王家に不満があろうと、その思いは易々と捨てられるものでも、捨てたいものでもない。
けれど、クライン辺境伯が危惧した荒廃は、やはり甘くはなかった。
予想を上回る速度で、クライン辺境伯領の荒廃は進んだ。
ディートリヒの父、先代クライン辺境伯の時代には、その日の食べ物にさえ、クライン辺境伯領の領民が困るようになってしまってきていた。
もちろん、先代クライン辺境伯爵はナランディア王家に食料や作物の依頼を行った。
だがナランディア王国からは、クライン辺境伯領だけを優遇するわけにはいかないと、ガルカナン王国との国境を支えるクライン辺境伯の領民を支えるには心許ない量の『支援』を受けられただけだった。
『これでは、我らは生きてはいけない……!』
支援が足りないので増量を依頼したが、ナランディア王家からの返事は『物事には限度がある』と、つれないもので。
かといって、そんな返事をもらって、『はいそうですか』、と簡単に諦めるわけにもいかない。こちらには、クライン辺境伯領の領民の生活がかかっているのだから。
私たちは、荒廃の原因の究明や改善の依頼とともに、支援増量の依頼を続けた。
そして、クライン辺境伯家の先代達がこんな時を予測して貯めておいてくれた財産をやはり使うことになり、領民達が飢えないように、先代クライン辺境伯爵自ら支援に打って出た。
「だが、私たちだって無限に支援できるわけじゃない」
ディートリヒの両親は減っていくクライン辺境伯家の財産と、進む荒廃による不作、そしてそんなときでも隣国ガルカナン王国の侵攻に対抗しなければいけないことに頭を悩ませていた。
だから、ディートリヒの両親はナランディア王家に直談判に行くと、彼に家を任せて王都に向かったのだ。
――まさか、その馬車が予想以上に進行してきた隣国ガルカナンとの戦いに巻き込まれて、崖から転落してしまうなんて、誰も予想していなかった。
両親を亡くして、急遽クライン辺境伯爵を継承することになったディートリヒは、悲しいのに、現状が待ってくれなくて、悲しむ暇さえ持つことができなかった。
「せめて、ジュリアンだけは……クライン辺境伯領だけは、私がなんとかしないと……!」
――嘆く暇なんてない。
ガルカナン王国の侵攻も、土地の荒廃も、ディートリヒのことなんて構ってくれない。
国境を守る兵士へかかる費用を抑えることはできないのに、先代達が残してくれたクライン辺境伯領の財産は減っていく。
かといって、収入を増やしたいからとこんな状況で増税などを行っては本末転倒なのでできるはずもなく、減税や税の免除を行っているので収入はそこまで頼れないが……
――目に見えて、財産が減るばかり。
焦る気持ちが出てきても、クライン辺境伯領の領民を切り捨てることなんてもちろんできない。
クライン辺境伯領で独自に続けている荒廃の調査もうまくいかない。
そんな時に、唯一残された妹のジュリアンが誘拐されてしまった。
ガルカナン王国が攻めてきているから、ジュリアンの兄とはいえ、クライン辺境伯が自らジュリアンの救出には向かえない。
最低限の食事や物資で持ち堪えている我がクライン辺境伯の兵士たちは、私というクライン辺境伯がいなくなれば、心が折れて、あっという間にガルカナン王国に敗れてしまうだろうことは明白だった。
私自らが救出に向かえない中、クライン辺境伯の者達をジュリアンの救出に向かわせた。
そして、私の中ではもはや明確な嫌悪感も混じるナランディア王家にもジュリアンのために頭を下げて救出の依頼を行った。
(王家など……期待するだけ無駄だ。もう、このまま全てどうすることもできずに……)
追い詰められた中、私は最悪、ジュリアンも、クライン辺境伯領も全て失ってしまうのではないかと最悪のケースですら考えていた。
そのとき、ガルカナン王国から、話を持ちかけられたのだ。
『荒廃の原因は、ナランディア王家にあり。クライン辺境伯領が、ガルカナン王国に寝返るのならば、ガルカナン王国は迎える準備がある。クライン辺境伯領に全面的に我が国が支援を行う。』
――魅力的な誘いだった。
長年悩ませていた悩みが一気に解決できる。
荒廃による食料不足も、ガルカナン王国による度重なる侵攻もなくなる
――それは、クライン辺境伯として領民を支えたくとも支える財源が尽きかけている私には、ナランディア王国を裏切ることになるとわかっていても魅力的すぎた。
(私たちクライン辺境伯領民がどんなにナランディア王国や王家に尽くしたとして、あやつらは私たちに何をしてくれる?! ……永遠の搾取だけだろう!)
少なくとも、ガルカナン王国の提案にのれば、クライン辺境伯領民は助かることができる。
そして私も、自らジュリアンを、唯一の妹を助けに行ける……!!
私の意思は殆ど固まっていた。
最後にガルカナンに返事をしようとしたところで、クライン辺境伯領に急に光がさした。
『ジュリアン様が見つかりました!』
『……っ!! どういうことだ……っ!!』
『ただいまナランディア王家、ユリテウス王子より手紙があり、ジュリアン様を無事に救出したとのこと……! ジュリアン様はもうすぐクライン辺境伯領にご到着とのことです!』
『っ! そ、そうか! それは、良い!』
報告通り、元気な姿のジュリアンがナランディア王家の馬車で帰ってきた。
悪いことばかりだった、クライン辺境伯領にやっと良い知らせが入ってきたのだ。
今なら嫌悪の対象のナランディア王家の馬車ですら視界に入っても我慢できる……!
『お兄様、聞いてくださいませ! 私、とぉおっても、素敵な方に出会ったのよ!』
『ほぉ、それは誰だろうね?』
興奮気味のジュリアンの姿に思わず笑みが溢れる。
『ナウレリア・アインホルン様よ! 私のことを助けてくださったの!』
『っ!! そ、それは……』
――ナランディア王家、ユリテウス王子の婚約者候補ではないのか?
ナランディア王家と聞くだけで、嫌悪感が湧いてきた。
だが、落ち着いてジュリアンの話を聞けば、ナウレリア様に対する感謝の気持ちで溢れてくる。
(……ナランディア王家は信用できないが、ナウレリア様はジュリアンの、ひいてはクライン辺境伯領の命の恩人だ)
もし、あのときジュリアンが助からなければ――
クライン辺境伯は風向きが変わらないままガルカナン王国に攻め落とされていたか、あるいはクライン辺境伯領はガルカナン王国に寝返っていたか、だな。
――どちらにせよ、悲惨だ。
前者の全滅はもってのほかだが、後者だって酷い。
先祖代々のクライン辺境伯や領民に顔負けができなくなってしまうところだった。
ささやさながらのお礼をナウレリア様に行い、婚約式後にクライン辺境伯領への招待を行った。
ついでに、ナランディア王家にも、私の中ではやはりしこりはあるのだが、助けてもらった手前、礼はしておいた。やや不本意なのは否めなかったが。
ナランディア王国も、ナランディア王家も、クライン辺境伯として、私は信用できない。
だが、ナウレリア様がユリテウス王子の婚約者になられ、ナランディア王家の者に将来なるのならば……
何か変わるのではないだろうか?
―――
「お兄様〜! ナウレリア様は何時ごろ来られるのかしら? もうそろそろご到着かしら?」
「落ち着くんだ、ジュリアン。昼過ぎだと手紙に書いてあったじゃないか」
「まぁ! そうだったわ! 私、ナウレリア様に早くお会いしたくって……!」
「ああ、そうだな」
楽しそうに使用人たちとナウレリア様を出迎える準備をするジュリアンは、今まで見てきた中で一番楽しそうにはしゃいでいる。
ジュリアンが生まれてからクライン辺境伯領では両親の死や進み続ける荒廃による不作、減っていく財源と、ガルカナン王国の度重なる侵攻などがあり、良いことはあまりなかった。
こんなに落ち着いてる時も珍しいが、ジュリアンにとっては初めてできた貴族の友達がナウレリア様でもある。
(友達を家に招待してはしゃぐな、という方が無粋だな)
あまりに幸せな悩みに、思わず私も笑みが溢れる。
(あぁ、本当にナウレリア様は我が家の希望の光だ)
私はジュリアンの使用人たちにジュリアンのことを頼むと、一人で散歩に出た。
(…………やはり、荒廃は進んでいるな)
私のお気に入りの森。
クライン辺境伯城からそう遠くない場所に、かつて両親と妹と、よく家族で訪れていた自然豊かで、素敵な森がある。
クライン辺境伯領とはいえ、いまだに爽やかな緑溢れる場所はかなり貴重な場所で、森の中を進むとかつてよりかなり小さくなってしまったが湖が見えてくる。
(……といっても、私が小さい時と比べればだいぶ荒れているが)
地面は乾いていて、まだらに砂漠状になっている。森も前ほど大きくはなく、所々に細い木が点々と生えているだけ。湖なんて、かなり小さくなっており、昔は海のようだとさえ感じたのに、今は湖の端が目視できほどだ。
確か、かなり昔はこの森も湖も、端が見えないくらい広く広大だったということだが、今の現状ではもはや想像すらできない。
「おや?」
失われていく自然に思いを馳せていると、私のお気に入りの場所なのだが、今日は珍しく先客がいた。
「〜〜っ!!」
そこにいる存在を認識した途端、私はそこから目が離せなくなった。
「…………誰かに呼ばれてる?」
この世のものではないかと思うくらい儚げで美しい少女がそこにいた。
なめらかな透き通るような輝く銀色の髪と、優しげで誰からも愛されるような桃色の瞳の少女。
――ドクン……!!
(な、なぜだ?! 目が離せないっ)
縫い付けられたかのように、美しすぎる少女の言動に見惚れてしまう。
――こんな気持ちは初めてだ。
「うーん……ここ、かな?」
おもむろに他より数倍荒れ果てた砂漠のような地面に手をつくと、少女は神秘的な手紙のように光り輝き出した。
(んん?! 輝き出した……だと?!)
目の前の光景が信じられない。
全てのものを闇から救い出すかのように、優しい光は少女を中心に、荒れ果てた大地や湖、森へと徐々に範囲を広げていく。
まるで少女自身の清廉さや可憐さを詰め込んだような清らかで優しい光が私も一緒に包みんでいき……
――目の前の光景は一変していた……!!
私が小さい頃に見た、いやそれ以上に、見渡す限りどこまでも青々と茂った木々。見たことがないくらい太くて大きな木が至る所に生えており、木には美味しそうな豊富な種類の実がたくさん実っている。
つい今しがたまであったはずの地面は砂漠なんてもはやどこにもなく、程よく湿った地面はずっと前からそこにあったかのように苔が生えていて、触ると程よくふんわりと気持ちが良い。
湖はかなり前のクライン辺境伯達が書き記したように、広大で、澄んだ水が端が見えないくらいに広がっていて、波のようにこちらに打ちよせる様は海を見ているかのようだ。
小魚の群れや見えるだけでも色んな魚や貝などの姿を見つけることができた。
(っ! あれ? あの少女は?)
あまりの光景に呆然としてしまったが、これは現実だ。
しかも私の目の前でこんな奇跡を起こしてくれた張本人の少女を見失うなど、クライン辺境伯爵として、到底許されることではない。
先ほどとはあまりにも変わってしまった景色の中で、さっき少女が地面に目をついていた場所に目を向けると、そこに彼女はいた。
(……!!)
だがそれは、あまりにもただの一介の人間が近寄るには近寄りがたい神秘的すぎるものだった。
大木の木に抱かれるようにもたれて気持ちよさそうに眠る少女の周りには、本来なら危険だと云われる肉食の大きな竜や熊、虎、狼などが少女を守るように、甘えるように身体寄せてそばにうずくまっていた。
よく見ると、少女の肩や頭にも小型の小鳥やリスがおり、もたれている木には大型の梟や鷲や鷹などの鳥がたくさんとまって、少女を見守るように控えていた。
「え、あの……っ!」
「ガルルルルルッ!!」
無意識に女神のように美しすぎる少女に声をかけようと踏み出した私は、大きな竜の威嚇の声と、他の生き物達の『我らの主の眠りを邪魔するな……!!』という意思が込められた鋭い睨みにあった。
明らかに少女を私という外敵から守っている生き物達。
(こんな光景は初めて見た)
あまりのことに身じろぎすらできず呆然とすることしかできず、みほれてしまっていた。
「うっ、うぅん……」
神秘的な光景から一転して、ふいに少女が目覚めようと身じろぎをした。
私を睨みつけていた動物達は、少女の眠りに気がつくと警戒をやや緩め、これで夢のひと時の終わりを悟ったかのように、まるで名残惜しそうな仕草をしだした。
それぞれが少女の身体に顔を優しくつけて挨拶をした後は、愛しい存在を傷つけないようにそっと羽ばたいて空へ帰っていく。
彼らにとっての『主』である少女のそばにいたいが、彼女を驚かせるわけにはいかないのだ、という生き物達の思いが私にも伝わってくる。
ほとんどの生き物は遠く、それぞれの居場所に帰ったようだが、何匹かはそれなりに距離をとりながらも、少女のことを影から見守っているようだった。
(胸がドキドキする……なんだこの感情は……!)
この少女を、私だけの人にしたい……!
こんな強い感情を抱いたのは初めてだ。
コントロールの仕方だって、今までクライン辺境伯領のことばかりに集中していて、恋愛なんてしてこなかったからわからない。
だけど、今を逃したら駄目だと、私の本能が告げている。
「あの……っ!」
「ああ、どうやら藪蚊がわいてるみたいだね。もうナウレリアったら、こんなところで無防備に寝たら駄目だよ?」
邪魔者がいなくなって、ようやく私が少女を助けようと歩み出したとき、横から新たな邪魔者が現れて邪魔をされた。
「うぅん、眠たぁい。やだ、まだ寝たいの〜」
「はいはい。わかったから、私に掴まって?」
「ぅ、ん……って、えぇっ?! ゆ、ゆ、ゆりてうすおうじっ?! な、なななんでここに?!」
「ん? なにかな?」
「えぇ…………あれぇ、おかしいな? アーダルベルトに頼んだはずなのに」
「ははは、私とナウレリアを引き裂ける者は誰もいないよ。自分の恋人の多少のおいたには目をつぶるけど、余計な虫を寄せつけそうになったり、君自身が危険な目にあいそうになってるんじゃ、心配で目が離せないよ」
「……虫?」
「ああ、いいんだ。ナウレリアはわからなくて。私が対応するから安心して。ほら、眠いんでしょ? 寝てて良いよ」
「そ、そうかな?」
「私を信じて。ね?」
「そっか。なら、眠くてたまらないし、お言葉に甘えさせてもらいます」
現れた男は寝ぼける少女を慣れた手つきで躊躇いなく抱き寄せて、軽くあやしながら縦抱きにした。
あまりのことに呆然とする私の目の前で、目の前の男は安心しきって眠った少女を桃色の雰囲気を醸し出しながら見つめ、「可愛すぎる……!!」と口を押さえて感極まったのか僅かに震えていた。
私を余計な虫に例えるとは! これでも、私はクライン辺境伯で、断じて虫などではないというのに……!
(なっ、なんなんだこの男は! ……いや、待て。絹のように艶やかな黒髪に、理知的な光の宿る黒い瞳だと? そんな髪と瞳の色を持つものは……)
――あの憎いナランディア王家の者しかいないじゃないか!!
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その子をどこに連れて行く気だ!」
私にとって長年の犬猿の仲のナランディア王家の者。そんな者に、ジュリアンの命の恩人を、この森を蘇らせてくれた美しい功労者である少女を連れ去られるわけにはいかない……!
「……うるさいね。婚約者同士の語らいの邪魔をするなど、無粋な真似は控えた方がよろしいでしょう」
「!!」
少女に向けていた優しい雰囲気を放っていた者と同じ人物とは思えない、身体の底から恐怖で震えるほどキツく睨みつけられた。
なぜかわかる。
(アレに逆らってはいけない)
逆らったら、消される……!
恐怖で身体中から嫌な汗が止まらない。
「うぅ……」
「〜〜っ! ああぁっ、ごめんねナウレリア! うるさかったよね……っ」
男の腕の中で少女が身じろぎをしながら寝苦しそうに声を出すと、途端に男はまたしても甘ったるい雰囲気をだし、蕩けるような優しい瞳で少女をあやし始めた。
「…………クライン辺境伯。私のナウレリアの眠りの邪魔をしたくないので今回は咎めはしないが、分をわきまえた行動をされた方がよろしいかと」
「…………はい」
これ以上余計なことを話せば殺される……!
冗談などではなく、目の前の男は本気で私に殺意を向けていた。
話の流れから、ナランディア王家のユリテウス王子は、あの儚げで私の胸を高鳴らせてやまない美しいナウレリア様という少女の婚約者らしい。
(今回はナウレリア様の安眠のために見逃されたようだが……)
私の中にともったナウレリア様という唯一無二の輝く光はすでに消えそうにない。
大事な宝物を守るようにナウレリア様をしっかりと抱えて立ち去るユリテウス王子の後には、王子が連れてきたのだろう複数の従者が付き従ってこの場を立ち去って行く。
その中のやたらガタイのいい筋骨隆々とした騎士の一人の男がなぜかやけに顔や身体に怪我を負っているのが気にかかったが、私の瞳には徐々に小さくなって遠ざかっていく、目を惹きつけてやまない少女のことでいっぱいになった。
そして、私は気づく。
ああ、そうか。これが世にいう、『恋に落ちる』ということか、と。
現クライン辺境伯爵のディートリヒ・クラインは、ユリテウス王子の婚約者のナウレリアに恋に落ちた。
(とにかく、ガルカナン王国から持ちかけられた話は、もうさっさと断るに限るな)
私はナウレリア様のことを考えながら、迷っていたガルカナン王国への対応に結論をつけた。
『ガタイのいい筋骨隆々とした騎士の一人の男がなぜかやけに顔や身体に怪我を負っている』、と本文中のディートリヒの発言にあったのは、アーダルベルトのことです。
ユリテウス王子が、『私と愛しいナウレリアを引き離すなんて許せないよね〜?』なんて黒い笑みを見せなら、アーダルベルトに軽くお仕置きをした結果です。(もちろん、ユリテウス王子が本気でやったら、さすがのアーダルベルトもやばいので、怒りつつも、ちゃんと手加減はしてあげてるユリテウス王子はやっぱり優しい……!)
アーダルベルトも、『まぁ、ちょっとでも姫さんに貢献できただろうし、しゃーねーな』とはなからユリテウス王子をずっと押さえ続けるのは難しいと変わってたので、案外叱られてもあっけらかんと満足気だったりしてます。




