幽霊姫は愛を知る
思いつくままに書いているので粗ばかりだと思いますが、温かい目で読んでいただけると有難いです。
『離宮の幽霊姫』
それが巷での私の呼び名らしい。
生きているのかいないのか、本当に存在するのかしないのかも分からない名ばかりの妃には打って付けの呼び名かもしれない。
私の名はシャリオン・ザルトバルン。
旧ノーバン国の第二王女であり、現ザルトバルン王国の第一王子の妃である。
夫であるイニス・ザルトバルンと結婚したのは三年前。
ノーバン国との和親の為に私はこの国に嫁いで来た。
しかし私が嫁いですぐにノーバン国の王である我が父がザルトバルン国に攻めてきてノーバン国は滅んだ。
ノーバン国の王族の生き残りである私はその時に一緒に処刑されてもおかしくはなかったが処刑される事もなく離宮に追いやられた。
離宮から出る事は許されず、結婚したものの殿下の渡りも一切なく、ただ生きているだけ。
ただこんな風に生きていなければならないのならいっその事父達と共に処刑して欲しかった。
日に三度の食事は年数が経つ毎に運ばれてくる回数も質も落ち、三年経った今では日に一度冷めきった上に使用人すらも口にしないのではないかと思う程に質素な物が運ばれる様になり、離宮に来た当初から身の回りの世話をする者も離宮を管理する者もいない。
そんな状態であるのだから当然小遣い程度の金銭すら貰えないので自分で何かを買う事も出来ない。
時折殿下から贈られて来るドレスは全くサイズが合わずブカブカで、デザインも二昔前を思わせる程に古びた物だった。
世話をしてくれる者がいないので、私は身の回りの事を自分で何とかする様になり、今では離宮の掃除も多少の修繕も出来るまでになった。
料理は些か苦手ではあるが、離宮の庭園にある名も知らないが口に出来る物を茹でたり炒めたりする事は出来る様になった。
一度、食すと食当たりを起こす草を食べてしまい一週間程苦しんだのだが、その時も医師すら来てくれなかった。
囚人に比べたらマシな生活かもしれないが、ノーバン国で王女として生きてきた私にはそれでも苦痛で辛い日々だった。
何時の頃からかここを出たいと考える様になったが、離縁を願い出たくても言伝すら頼める者がおらず、当然先立つ財産もない身の為何の行動も取れない。
離宮と王宮を繋ぐ回廊の入口には常に屈強な兵士が二名おり、勝手に王宮に出向く事も叶わなかった。
食せる草を摘みながら澄み切った空を眺める。
どこまでも続いている空は羨ましい程に澄んでいて、漂う雲は風に運ばれながら自由に形を変えている。
自由になりたい。
例え明日死んだとしても今日一日が自由で満ち足りていればもうそれだけで良いとすら思える所まで来ていた。
例え切り殺されてもいい。
一度頼んでみよう。
そう思い立ち、私は初めて回廊の入口を守る兵士に声を掛けた。
私に声を掛けられた兵士はとても驚いた顔をしていたが、私が書いた手紙を殿下に届けてくれると約束してくれた。
手紙は直ぐに届けられた様で、何故か殿下が酷く狼狽えた様子でやって来た。
「どうして?!私は待っていてくれと頼んだではないか!」
「待っていてくれ?それはどういう事でしょうか?」
「離宮に追いやらねばならなくなった際に君の侍女に言伝を頼んだ筈だ!必ず王宮に、私の元に戻れる様にしてみせるから待っていてくれと!」
「何も聞いておりません」
「侍女はどうした?!」
「侍女等この離宮に来た時からおりません」
「どういう事だ?!」
「どういう事と言われましても、離宮に来た時から身の回りの世話は疎か離宮を管理する者すらおりません」
「何故そんな事に…」
立ち話も申し訳ないと思い離宮で一番まともな自室にお招きしたら殿下は愕然とされた。
埃こそはないがあちこち傷んだ室内や、替えなど与えられず、何度も洗った事であちこち擦り切れたシーツやテーブルクロスにすっかり古びて色褪せたソファーはとても王族の住処とは思えない有様だった様だ。
「茶葉もございませんので、よろしければ白湯をお飲みになりますか?」
そう言うと益々驚いた顔をされた。
「父が約束したのだ…私が王太子となれた暁にはシャリオンを敗戦国の王女としてではなく、この国の正式な王太子妃として据える事を許そうと。それまでは会う事も許さんと言われ、私はその事をシャリオンの侍女に伝えてくれる様頼んだのだ…」
「そうだったのですね…存じ上げませんでした」
「王太子になる事が決まり、父にも君に会いに行く事を許された矢先に君から離縁したいとの手紙が届いて我も忘れてここに来ていた…」
「…」
「君は今までどんな生活をしていたのだ?私の所には君は何不自由なく暮らしているとの報告が来ていたが、嘘なのだろう?」
私はこれまでの三年間を包み隠さず話した。
段々と苦痛に歪んでいく殿下の顔を見ても心は動かなかった。
「私は何も知らず、君をこんな苦しい環境に追いやっていたのだな…すまない…」
「どうして殿下は私をあの時父達と一緒に殺して下さらなかったのですか?」
「…君は死にたかったのか?」
「分かりません。でもここでこの様に生きて行くのならば死んだ方がマシだったと思っていました」
「こんな事は望んでいなかったんだ…君には不自由を押し付けてしまう事になるが、ここで穏やかに過ごしていて欲しかったんだ…そして私を信じて待っていて欲しかったんだ…」
「どうしてそこまで私を?」
「君は覚えているだろうか?君がノーバンから我が国に来た日の事を」
ノーバンからこの国に来た日、空は澄み渡り、どこまでも綺麗だった。
私を国境まで迎えに来た殿下は私を見て微笑んで下さった。
そこで言葉を交わしたがあまり覚えていない。
あの日の私は緊張と同時に、初めて見る美しい殿下に心を奪われていたのだから。
「初めて君を見た時、美しい人だと思った。そして言葉を交わすうちにノーバン国の王女だと言うのにあの国に染まっていない君を知り、強い女性だと思った。それと同時に自分の未熟さを思い知らされた気がした。だから君に相応しい男になろうと思った」
そこまで言うと顔を上げ真っ直ぐに私を見つめた。
空の様に澄んだ青い目に見つめられて初めてどうにも落ち着かない気持ちになった。
ノーバン国は王女という立場の私から見ても腐りきった国だった。
感情の起伏の激しい父は所謂暴君であり、大して大きな軍事力も持たない癖に近隣諸国に難癖を付けては戦争を仕掛けると言う子供の様な人だった。
戦争が起きると苦しむのは国民だと言うのに、その国民にはさらに重税を掛けて搾取ばかり。
母や兄、姉達は国民から搾取する事を当然と思っていて自らを飾る事にしか興味がなく、国庫の状況は日々逼迫していたにも関わらずその点には無関心。
私は父にも母達にも再三注意をしていたが「生意気な娘」と言われて忌み嫌われてしまった。
それでも私は父達を何とかしたくて孤立無援の状態でも踏ん張っていた。
救いたい一心で種すら買えなくなった国民の為に私財を全て使い支援を続けた。
しかしそれが父達からして見れば目障りだったのだ。
その結末がザルトバルン国との和睦の為の結婚だった。
和睦等と聞こえの良い言葉を付けて生意気で口煩く目障りな娘を国から追い出したのだ。
私と殿下が結婚した事ですっかり油断していると踏んだ愚かな父は結婚直後に攻め入って来た結果敗れた。
攻め入った事で娘が、国がどうなるかなんて考えもしない愚かな父であり王であった。
例えその場で敗れなくても結果的にノーバン国は滅んでいただろう。
ザルトバルン王国はこの世界で一番の軍事力を有する強国なのだから、攻め入った事への報復は火を見るより明らかだ。
愚王だったのだ。
「私はこの三年間、君を必ず迎えに来る事だけを心に誓って頑張って来た。君だけが支えだった。シャリオン、私の妻として、王太子の妃として共に歩いてはくれないか?君を愛している」
「この様な私でよろしいのですか?私等よりももっと相応しい方がいらっしゃると思いますが?」
「私はシャリオン、君がいいのだ」
「私を傍に置くと苦労しかしないと思いますが?」
「君がいるならばそんな物は苦労だと思わない。私こそ君に苦労を掛ける事になると思うが、もう理不尽に君だけが苦しむ事はないようにすると誓う。だからシャリオン、離縁等と言わず私と共に歩んで欲しい。お願いだ」
私の隣に座り直した殿下は私の手を取り、初めて会った時よりも疲労がありありと滲む顔を苦しそうに歪ませて懇願していた。
「私を、望んで頂けるのですか?」
「私は君しか望んでいない。君以外を妻に据える気など最初からないのだ」
「愚王の娘でも?」
「そんな事は関係ない。私は君だから欲しいと思い、君だから愛しているのだ。君と過ごした期間は短い物だったが、その間に見知った君は私の知る限りどんな女性よりも素晴らしく、どんな女性よりも私の心を奪って行った。今の君からしてみれば虫のいい話かもしれないが、それでも私は、私の隣にいるのは君であって欲しいと望んでいる」
苦しそうに顔を歪めながらも激しい熱を感じる瞳で見つめられて愛の言葉を並べ立てられ、私の心は激しく揺れ始めた。
殿下を好きだと思っていた気持ちが今更ながらに顔を覗かせる。
「きっと国民の多くは私を敗戦国の生き残りだと許さないでしょう」
「ノーバンは我が国に吸収された。元ノーバンの国民達が君の離宮への幽閉を解除して欲しいと陛下に自分達の身の危険も顧みず嘆願を出した事で君がノーバンでしていた善行が明らかになり、今では君を愚王の娘等と考える国民はいないだろう。賢姫、聖姫と吟遊詩人が君を讃え、君の写絵が出回り、君をモデルにした美しい姫が救い出される物語が飛ぶ様に売れている」
「信じられません…」
「では私と共に実際に君の目で見てみないか?」
殿下に促されて立ち上がった私を嬉しそうに目を細めて見つめる殿下の視線がソワソワと落ち着かない気持ちにさせた。
「所でどうして君は私が贈ったドレスを身に着けてはいないのだ?」
「これは殿下に頂いた物だと記憶しておりますが?」
「…それは私が贈った物ではない。君にその様な物を着せたいと思う訳がないだろう。…私からだと届いた物を見せてはくれないか?」
クローゼットを開けて私宛に届いた物をお見せすると殿下は深い溜息を吐かれた。
その目には怒りがありありと浮かんでいた。
「どうやら私は臣下の者を信じ過ぎていたようだ」
そう言うと何かを決意した目をして私の手を引き歩き始めた。
回廊を抜け久方ぶりに足を踏み入れた王宮は驚く程に明るく華やかで、時代遅れのドレスを身に纏い、化粧もせず、痩せ細ったこの身には実に不釣り合いに思えた。
殿下と私を見て怪訝そうな顔をする者達の視線を浴びながら、美しく整えられた部屋に通された。
「君の部屋だ。君がいつ来ても良いように常に整えさせていた。本来ならは君の好みを反映させたかったのだが」
申し訳なさそうにそう言う殿下に私は首を振った。
「こんなに素晴らしい部屋を用意して頂けていたなんて夢にも思っておりませんでした。私には勿体ない程に素敵な部屋です」
「そう言って貰えると嬉しいよ。少しの間この部屋でゆっくりと休んでいてくれ。直ぐに君に侍女を付けよう」
そう言うと殿下は私を抱き締めた。
「君がこの部屋を使う日をいつも想像していた。実際にここに君がいる日が来るとは…こんなに嬉しい物なのだな」
耳にかかる殿下の息が熱く、その熱が私にまで伝播した様に顔が一気に熱くなった。
「今後の事はもう少し落ち着いたらゆっくりと話し合おう。私としては君を離す気など毛頭ないが、君の意思は最大限尊重したいと思っている」
「殿下…」
「イニス、と呼んでくれないか?」
「その様な事は恐れ多いです」
「私達はこれでも夫婦なのだ。夫婦ならば当たり前の事だろう?」
「ですが…」
「敬語も必要ない。どうかイニスと呼んでおくれ、我が愛しの妻シャリオン」
抱き締められる手に力が籠った。
どんどんと殿下の熱が私の中に溶け込んで来て頭がボーッとしそうになる。
絆されてしまう。
心臓はこの上なく煩く騒ぎ、自分の息すら熱く感じる。
「イ、イニス、様…」
「様はいらない。もう一度呼んで、シャリオン」
「イニス…」
「あぁ、シャリオン…あぁ、夢の様だ…」
暫く私を抱き締めていたが、殿下は用があると部屋を出て行った。
抱き締められた体は暫く火照った様に熱かった。
程なく、初老の女性が部屋にやって来た。
私を見るなり目を見開いて驚き、その後涙した。
「私、イニス殿下の乳母をしておりましたラリー・モントレオと申します。まさか奥様がこの様なお姿になっておられるとは露知らず、お救い出来なかった事を心よりお詫び申し上げます」
膝を突いて頭を下げるラリーを立ち上がらせて「大丈夫です」と伝えると、ラリーは更に涙を流した。
「殿下にお聞きしていた通り、大変お優しく寛大なお方なのですね…今は私しか奥様のお世話をする者はおりませんが、この私が誠心誠意お仕えいたしますので、遠慮なく何なりとお申し付け下さい」
「ありがとう」
私が笑顔を向けるとラリーはクシャッと顔を歪めて笑った。
「それでは奥様、早速ですが湯浴みを致しましょう。ドレスは予め用意していた物がございますので、その様に奥様には不似合いのドレス等暖炉の薪としてくべてしまいましょう」
そう言うと浴室に連れて行かれ、ドレスを剥き取られ全身を磨かれた。
「手が随分と荒れていらっしゃいますね?湯上りにたっぷりと軟膏を塗りましょうね」
久しぶりの温かい湯に私の意識はトロトロと微睡みの中に落ちて行った。
「奥様?あら、お眠りになったのね?困ったわ、私では奥様をお運び出来ないわ…」
そんな事を言っているラリーの声は微睡みの中に溶けて行った。
目が覚めると私は柔らかいベッドの中にいて、隣には殿下が私を優しく見つめながら寝そべっていた。
「目が覚めたかい?」
「え?どうして?」
「湯浴み中に眠ってしまった君を運べないとラリーが駆け込んで来てね。申し訳ないと思いつつここまで運ばせてもらったよ」
「た、大変お見苦しい物を見せてしまいましたよね?申し訳ありません」
「とても美しいと思ったよ?ずっと見ていたい程に」
「そ、そんな…」
「照れているのかい?頬が赤く染まっている」
殿下の手が私の頬を優しく撫でた。
ただでさえ熱くなっていた頬が更に火を吹きそうな程に熱くなる。
そのまんま抱き締められると自分の心音と殿下の心音が混じり合い、異様な程に熱を帯びる。
「ずっとこのまま私の腕の中に閉じ込めておきたいが、君を待ち望んでいる者達が待っている。身支度をして会い行こう」
殿下が出て行くと入れ替わる様にラリーが入って来て身支度を整えられた。
三年ぶりに上質なドレスに身を包み、丁寧に化粧を施され、髪を整えられた。
鏡に映る自分がどんどんと美しく飾り立てられていく様子は不思議な気分だった。
「本当は最新の流行り等を取り入れられれば良かったのですが」
申し訳なさそうにラリーは言っていたが、そんな事は謙遜に過ぎないと感じる程に先程までの自分とは違って美しくなった姿は気恥しさすら感じる変貌ぶりだった。
「元がお美しいので少し手を加えるだけで光り輝くのですよ」
そう言うラリーはどこか満足気であった。
着飾って見違える様に変貌を遂げた私を見た殿下はドキッと鼓動が高鳴ってしまう程の蕩けて熱を帯びた笑顔で私を見て「やっぱり綺麗だ」と呟かれた。
「こんなに美しいシャリオンを知られてしまったら、君の美しさに惹かれた羽虫が君を攫ってしまうのではないかと心配になる」
「そ、そんな、大袈裟な」
「大袈裟ではないよ。飾り気のないシャリオンも愛らしかったが、私の色を纏い、美しさに磨きをかけたその姿は誰の目にも触れさせたくない程に綺麗だ」
私が身に纏うドレスは殿下の瞳の色を想像させる様な爽やかなブルーのグラデーションになっていて、ネックレスやイヤリングは殿下の髪色に似たリラの花を思わせる薄紫色の石が配われていた。
殿下は私の髪色である淡いクリーム色の正装着を身に纏い、カフスやタイピン、ポケットから覗くハンカチーフは全て私の瞳の色であるワインレッドで統一していた。
「私は案外独占欲が強い様だ。君が晴れて僕の妻としてあれると分かった途端、君を僕の色で染めてしまいたくなった。狭量な男だろう?」
そんな言葉が嬉しいと感じる自分がいる事に驚いた。
そのまま私は国王陛下の元へと連れて行かれた。
陛下のプライベートルームでの謁見は穏やかな物だった。
しかし最後に陛下は「この国の膿を出し切る為にそなたを利用した私を許してくれ」と頭を下げた。
後で知ったのだが、この国は一枚岩ではなかったようで、イニス殿下の正妃の座を狙い私の死を願う者や少々短絡的で流されやすい第二王子を王太子にして背後で己の傀儡として操ろうと画策していた者、他国と手を組み王の座を狙う者がいたのだそうだ。
私への離宮での仕打ちはイニス殿下の側近であるエスタニール侯爵家の画策で、本来私に支給される筈の離宮の維持費や私の生活費は全てエスタニール家の者達により着服されていた上に、私が飢えて死ぬか、生活に耐えかねて自殺を図ってくれればいいと思って行われた行為だった。
エスタニール侯爵家の長女は私が死んだらイニス殿下の後釜に納まるべく教育を施されており、イニス殿下が正式に王太子となった際まで私が生き長らえていた時には私が離宮から逃げ出したと見せかけ秘密裏に殺す計画まで立てられていた。
今回の事でその全てが明るみになり、エスタニール家はお取り潰しの上、一家全員が処刑される事に決まった。
それを聞かされた私は思わず震えてしまい、殿下に暫くの間抱き締められると言う事態に陥った。
陛下との謁見の後、私は既に日が沈み始め、空がオレンジと藍色を混ぜ始める中馬車に乗って王城を出た。
大勢の国民が集まる中ゆっくりと進む馬車の窓からは笑顔で手を振る民の姿が見えた。
馬車の窓を開けて殿下が手を振ると歓声が上がった。
「シャリオン様!」
「王太子妃様!」
「おめでとうございます!」
「聖姫様!」
皆が口々に嬉しそうに声を上げている。
「これは皆、君を待ち望んでいた民達だよ」
「何故…」
「君がして来た事をノーバンの民は忘れていなかったのだ。例え愚王の血族であろうと、シャリオン、君だけは民を思う真の王族だった。我が国は敗戦国の民も自国民も分け隔てなく扱う。そう言った偏見や差別は禁止しているんだ。貴族ともなると話は別だが、戦争で傷付いた民を更に苦しめる事に繋がる物は不要と考えている。その結果、君がノーバンで行っていた努力が正しく伝わり、ノーバンの民だけではなく我が国の民までもが君を讃えるようになった。君の行いは正しい物だったんだ」
「私は、民を救えていたのですか?」
「あぁ、少なくともここに集まっているノーバンの民達は君に救われたと思っているし、君を愚かなノーバンの王族だと感じている者は一人もいない」
「私は、許されるのですか?」
「君は十分に許されているよ、シャリオン」
自然と涙が溢れた。
胸が押し潰されそうに苦しいのに、聞こえてくる歓声が、人々の優しい眼差しが、イニス殿下のこの上なく優しい言葉と眼差しが胸を満たす。
嬉しいのか苦しいのかもう自分でも分からない感情が渦巻いて涙となって溢れている。
そんな私を殿下は優しく抱き締めてくれて、背中を撫でてくれた。
「シャリオン、君は正しく愛されているよ」
泣きじゃくる私に殿下は優しく声を掛ける。
「私財を全て投げ打って民を救おう等、生半可な気持ちでは出来ない事だ。ましてや家族である国王達に疎まれながら女の身である君が一人で戦い続ける事は大変な苦しみも伴っただろう。この細い体でどれだけの物を背負おうとしたのか私には想像もつかない。だがこれからは私がいる。君が背負う物は私が共に背負って行こう。君が共にあり続けてくれる限り、私は君を愛し守り抜くと誓おう。シャリオン、私と共に生きてはくれないか?」
「本当に私でよろしいのですか?」
「私には君しかいない。誰よりも民を愛し、正しく勇敢で、この上なく美しい君を心から愛している。どうか「はい」と言ってはくれないか?」
返事の代わりに殿下の背に手を回して抱き締めた。
「これは…返事だと受け取っていいのだろうか?」
そう訊ねられ腕の中でこくりと頷いた。
「ありがとう」
呟く様に絞り出された殿下の声は微かに震えていた。
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その後シャリオンの功績は後世にまで語り継がれる事になる。
シャリオンは国母と呼ばれるのに相応しい慈愛に満ち、民を心から愛する、民に寄り添う王妃として民が最も信頼と親愛を置く王妃となった。
イニスも国王として国を正しく導き、イニスとシャリオンは誰もが理想とする素晴らしい夫婦としても賞賛された。
イニスは生涯シャリオンを寵愛し、側室や愛妾を持つ事はなかった。
二人の間には二男一女が授かり、そのどの子供も後に名を馳せる功績を残した。
シャリオンが没した日、ザルトバルン国全土に悲しみの雨が降ったと伝えられている。
手厳しいご感想はかなり凹みますのでお手柔らかにお願いします〇┓ペコッ