第9話 奇襲
その頃、掃除も終わり室内に残された好晴とスエンは勉強会を切り上げていた。誰から連絡が来たというわけでもないが彼は銃を取り出してテーブルに並べ始めている。
お手洗いから帰ってきた好晴は勉強会を始める前に制服から着替えていたようで、髪のお団子が解かれると賢そうな印象が強まっていた。
印象だけである。
リビングまでちょこちょこと戻ると、スエンの行動を目撃して目を点にしたまま問いを投げた。
「あの……何してるんですか……?」
「準備ですよ、自分の役割を果たしているんです」
「えっと、さっき何か喋ってましたか……?」
「独り言ですよ」
「そうですか……そうなのかも……」
両手の指と指と合わせてその場に立ち尽くしているとエレベーターから音がする。やってきたのはソウとボロボロの衣服を脱ぎ捨てたスカルだった。
「スエン、出発の準備――ってもうできてるじゃねぇか!」
「銃のメンテナンスも済ませてあります。簡単なスキャンですけど」
「通信に出なかったのはどうしてだ?」
「すみません、近くに掃除の方がいたのと、自分の役割に、頼まれ事を片付けるので手一杯でして――お陰で期待には応えられそうですよ」
そう言ってスエンが一枚の画像を送ってきた。
それを受信したスカルも端末で確認する。
「おい、これって――」
「ソウさんに依頼されていた十年ほど前に出回りフェイクとされた望眞幸の写真です」
「当時見たときに随分と印象深く思ったのを覚えていたんだ。任務が始まる前はだいぶ薄れていたんだが、彼女を一目見た途端に記憶が掘り起こされてな」
「じゃあ、後はその確証が必要だったと?」
スカルの問いに無言でソウは頷く。それを見ながらも再び疑問をぶつけてきた。
「でもよ、あまりにもそのまんまじゃねぇか? 十年だぜ? 人間のクローン技術なんて最近も失敗したばかりだろ?」
「それに彼女は生身です。何一つとして機械化されていません」
その反論を補強するようにスエンが続いた。どうやら二人の意見は同じ、恵好晴は写真の人物と瓜二つではあるが望眞幸であることはありえない、のようだ。
「未発表のコールドスリープでも使ったか? だが人格はどう説明する? 演技にしてもあほの子がすぎるぜ?」
「望眞幸であれば、それぐらい世界システムで実現可能なはずだ。人格に関しては可能性を上げればキリがない。少なくとも判っているのは彼女が十年前の望眞幸そのままである、ということだけだ」
「え? あの……わたし、お邪魔ですかね……?」
様子を伺うように小声で言いながら好晴はその場から離れようとしていた。
「好晴――」
「――はいっ……!」
ソウに呼び止められ、背筋を真っ直ぐに伸ばしながらしっかりと返事をする。一瞬、言葉を選び直したソウは改めて好晴を見つめた。
「君の――望眞幸との関係について教えてくれないか?」
問うべき事はそれだけで良い。そこに脅迫とも取れる言葉など含むべきではない。
これから起きることを伝えるべきではない。
これから行うことを悟らせるべきではない。
恵好晴という人物と対面し、真っ直ぐに言葉を投げかけようとした途端にだ。彼女に悪しき感情を与えてはならないという先入観がソウを支配した。
「それは……えっと、わたしは――」
好晴が何かを告白をしようとしたその時だった。
スエンが図ったかのように音もなく距離を取り、そっと、屋上への扉を開く。
男共の視線は好晴へと集中していた。
だから彼の行動に気づけたのは好晴だけだった。
その場から待避したスエンと入れ替わるように室内へは筒状の金属物質が投げ込まれる。
それが床とぶつかって跳ねた音を聞き、ようやく全員が危険を察知した。それとほぼ同時、ソウは真っ先に好晴の元へと向かい庇うようにして姿勢を下げる。
飛び込むようにソファを超えたスカルはテーブルに並べられた自動小銃を手に取りつつ衝撃に備えた。
「っ……ってなんだよ!」
その場に発生したのは爆発や閃光でもなく真っ白な煙幕。だが一つでは部屋に充満させて視界を遮るには至らない。それならば一方的に不利な状況にはならないはずだ。
無駄に広いリビングが功を奏したのかもしれない。
煙を探知したことで警報器から耳障りな音が鳴り響き、煙が吸い上げられる。その音に掻き消されないようにと、屋上への扉を注視するスカルが叫んだ。
「装置と嬢ちゃんを連れて先に行くんだ! 向こうで合流しよう!」
言われるまでもなく行動していたソウはコートだけを脱ぎ捨てた。好晴に時間遡行装置の入ったケースを持たせ、銃を構えて背中のすぐ後ろに付かせる。
ほんの数秒、それだけの時間があれば敵が何かしらのアクションを起こしてくるはずだと好晴以外は考えていた。
「……詰めるぞ」
一向に現れない敵の影、進路を確保するためにとスカルが扉へと進んだ。それに続くソウは怯えきった表情でいる好晴の袖を左手で掴み、片手でスカルのカバーに入る。
頭を少しだけ出して階段の先までを確認してもやはり敵は見受けられない。一先ずとソウたちを先に進ませる間もスカルは階段の先を警戒した。疑問ばかりが残る。スエンの行動は何の為だったのか?
裏切るにしても行動が一貫していない。
ソウたちがすぐに扱えるようにと銃を並べて簡単なメンテナンスも済ませていた。スエンフスモデルの特徴である情報収集能力からしても敵の侵攻を許したのは彼自身とも言える。
「状況は常に最悪だと想定して行動するべきである――」
これはスエンフスモデルの広告に使われている常套句だ。白い戦闘服の男がそう吐き捨てた後に屋上から飛び降りる。スエンが完全な敵であると仮定するならば、最初の煙幕は択を与えることでソウたちの行動を遅らせる為のものだろう。
爆発に巻き込んで傷を負わせるなら一つで良い。
閃光で目を眩ますのならばそれもまた一つで事足りる。煙幕で視界を遮るならば部屋の大きさからしても複数投げ込むべきだろう。
だがあえて一つにすれば二択になり、相手は煙幕だとも思わず回避行動を取らざるを得ない。択が外れれば疑問を抱き、警戒心を強めて慎重になる。そして意識は一方向へと集中して死角が生まれれば完璧だ。
「きゃあっ――!?」
ガラスが割れた音に思わず好晴が悲鳴を上げる。
スカルが目撃した白い戦闘服の人物と共に、五機のドローンがガラスを突き破って侵入してきた。
「クッソそっちか……! 行けソウ――っ!?」
屋上に繋がるその通路に身を隠しながら応戦しようとした直後、階段の方からも一機現れた。
窓を突き破った浮かぶ円盤型とは違い、こちらは丸いボディで六脚の小型機。攻撃を咄嗟に銃で受け止めたものの射出されたアームに押され、勢いよく吹き飛ばされて食器の砕ける音が連鎖する。
「スカルッ……!」
テックヴォルト製の対人拘束に特化した小型機は建前上殺人を想定されていない。それでもその三つ指アームの開き具合を調整して出力を上げておけば、多様な殺人手段を確保できるだろう。
「テックヴォルト万歳ッ……! あとその銃寄こせお釈迦になった!」
伸ばされたアームとその導線を潜り抜けて姿を見せたスカルがボロボロになった銃を放り投げる。代わりに手に握っていた弾倉を小型機の射出口に入れると、手応えがなかったことで引き戻されるアームに挟まれ破裂音が重なった。
それが致命的なダメージになったらしく、小型機は機能を停止して丁度良い遮蔽物となる。
エレベーターが締まる直前、床を滑らせるようにしてソウは銃を受け渡した。
最後に見えたスカルの表情はいつもの調子の笑み。
浮遊感、下の階への移動が始まり銃声が遠のいていく。ソウに残されたのはアンチマシナリーとして開発されたニムハルバ製の拳銃とただのナイフ。
戦闘服に備えられたテックヴォルトの技術は僅かな重力制御と優秀な防御力だ。これだけあれば充分に戦える。そうなるようにと彼は鍛えられてきた。
「心配するな、安全な場所へ必ず連れて行く」
ケースを抱きしめて震えている好晴を安心させるためにと宣言する。少なくとも彼女は望眞幸に関係する人物で間違いはない。
何らかの情報を抱えている上に場合によっては望眞幸との交渉手段にもなる以上、恵好晴はソウにとって保護対象に含まれる。
「あの、さっきに言いそびれたことなんですけど」
「聞かせてくれるのか?」
「はい、ただその前に……ソウさんたちがその人を探している理由を聞かせてくれませんか?」
少し考える素振りを見せたソウは結論を出す前に好晴の様子を伺った。
「だめ、ですか……?」
「……望眞幸の保護が俺の任務だ。彼女は近いうちに危険に晒されるだろう」
「っ……お母さんが、どうして……?」
今までになく酷く怯えた声でそう零す。
求めていたその答えはとても平凡だった。
望眞幸という名に惑わされたことを馬鹿らしく思うほどに。