第8話 少しのデートを装って
オートヴィリバ第三人工島。
ここは一つの都市をそのままくり抜いたかのように人が求める大抵のものが揃っている。
西側は観光地のような造りでショッピングモールや動物園に遊園地などあらゆる娯楽施設が集まっていた。
対して東側は学校と病院、図書館に住宅街などと社会を構成する上で必要とされる施設を中心に都会をコンセプトとして固められている。
海の青や木々の緑等彩りの少ない街を歩き、ソウとユティは少しずつこの街を理解し始めた。
「監視カメラの数は標準以下、その割に警備は手薄。行き交う人らの表情に曇り一つなし、それどころかクラクションの一つも鳴りやしない」
ほとんど曲がること無く道を進む二人はそれまでに見た光景から疑念を抱いていた。
「不気味なほどに平穏よね、ここ。もしかして誰も体内に血が流れてないんじゃない?」
「元々ここは望眞幸の実験に使われていた場所だ。その可能性がないわけじゃないな」
「もしそうだったなら、私たちの存在は相当浮いてるわね」
「すれ違う中で時折目が合うことがあった。どれも意図せずに起きたことで誰も慌てたり怪しむような感じもなかった」
「泳がされてる可能性は?」
「否定はできない」
信号が赤に変わり、二人は交差点で立ち止まる。
タクシーに乗る人、荷物の運送をする人、右折のタイミングを図る人。その中に違和感を覚えるような行動をした者は一人もいない。
そのせいか、ソウとユティは自分たちの方が浮いているのではないかという不安さえ覚えた。
その時、子どもの泣く声が耳に入る。
「迷子のようだが、どうする?」
「そんなの決まってるでしょ――」
小さな子どもが一人道の真ん中に取り残されて泣いていた。それを見たソウが簡単な推理で結論づけているとその間にもユティが行動に移す。
「こんにちは、どうしたの?」
慣れた様子でしゃがんだユティは目線を合わせて優しい声色で話しかけた。
「ママがいないの……」
「はぐれちゃったのね。なら、お姉ちゃんたちと一緒に待ちましょうか」
そう言ってからソウの方を振り返ると、その子も一緒になって視線を向けてくる。少し反応に困った後、ソウは小さく手を振った。
「そうだ、アメ食べる?」
「いいの……?」
「ただし、何味か当てられたらね」
ユティは一度、右の手をコートのポケットに隠してから軽く握った状態にして見せた。
「……わかんない」
「何色が好き?」
「……あか」
「なら、あなたの好きな色と同じかもね」
まるで決められた一つの答えへと導くかのようにユティはヒントを出していく。
「あとは、名前がかわいい――果物です。……他に何かある?」
「実は果物ではなく野菜だ」
「そんな細かいことこの子に言ったってわかるわけないでしょ?」
「すまない……」
「さ、何味でしょうか」
「……いちご?」
丁寧に情報を開示し、万人が一と答えるように誘導する。まさかその手の中にいちご味以外のアメ玉があるなんて誰も思わないだろう。
そばで二人のやり取りを見守るソウですら答えを一つ以外に想像はしなかった。
でなければただの意地悪だ。
「あたり! はい、このアメはあなたの物よ」
そう告げてから満を持して手を開き、子どもの手を取ってソレを握らせる。見れば赤いシンプルな包み紙に包装されたいちご味のアメ玉があった。
「ありがとう……!」
嬉しそうにお礼を言って早速とばかりに口に放り込む。そうこうしている内にその子の母親らしき人物が慌てた様子で駆け寄ってきた。
何度も謝罪と感謝の言葉を繰り返す母親に連れられ、もごもごとしながら元気よくその子どもは別れを告げる。
その二人を見送った後、こちらの二人もまた青へと変わった信号を渡って進路を戻した。
「随分と扱いに慣れているんだな」
「ん? まあね」
「好きなのか?」
「別に、嫌いじゃないだけよ」
どうやら話題がお気に召さなかったようでユティは顔を逸らして会話を終わらせる。
その時の表情はカフェのガラスに反射していた。
ソウは表情を伺おうとしてガラスへと視線を移す。
結果、ガラスを介して二人の目は合ってしまった。
「…………ん」
気まずい空気が流れ、もう一度顔を向けてきたユティに軽く睨まれる。暫くの無言が続いた後、思い出したようにユティが言った。
「そういえばだけど、ここにも世界システム七号機から生成されたエネルギーが届いてるみたいね。そうでなければ、ただの実験の名残かもだけど」
「そうなのか?」
「さっきのアメよ、子どもにあげたじゃない?」
「……まさか俺まで騙すとはな」
ソウが思い通りに騙されていたことを知り、ユティはご機嫌な様子で笑みを見せる。
「当たり前じゃない、どんな固有世界観の構築にも二人以上必要なんだから――先に言っておくけど、ネタばらしをしたから在庫はゼロよ? アメが欲しいならさっきの子でも連れてきなさい」
「まさかありもしないアメ玉を作る為に、貴重な世界エネルギーが使われるとは誰も思わないだろうな」
「だからこそ簡単に構築できたのよ。特に素直な相手なら尚更ね――ま、これで万が一何かがあったら良くて一時間ぐらいは遡行できるんじゃない? 予定にはない事だけど選択肢が増えるのは良いことでしょ?」
それからアクシデントと言えることには一度も遭遇せずに二人は島の東湾岸に辿り着く。
目立つ白く巨大なタワーへと繋がる赤の大橋。
そこへの道は封鎖されていた。二人はここに来て初めて警備という存在を視認する。これだけ平和な場所でありながらも警備たちは銃を携えていた。
会話を装い立ち止まることなく橋の状況を確認。二人は道を曲がっていく。そこから少し歩いた先へ。ジョギングやら散歩の休憩をしている人々に紛れ、橋とタワーを一度に視界に収められるベンチに腰掛けた。
「どう思う?」
「テックヴォルト製だ。交渉は無意味だろう」
「流石にここからは機械の領域ってわけね」
「厳重だろうな。見える情報以上に隙があるとは思えない」
橋を封鎖するのはアンドロイドの兵士たち。橋の下にはドローンが飛んでいる。どれもこれも安心と信頼のテックヴォルト製品だ。ならば一件何の変哲もない橋にも何かしら仕掛けが施されていても不思議じゃない。
「……内部抗争があったと思うか?」
「機械の反乱? 私たちならともかく、テックヴォルトに限ってはあり得ないはずよ」
「だが、それ以外に考えられるか?」
「想像なんてつかないわよ。何せ望眞幸絡みだもの」
「……既存の常識は通用しないか」
あの先で何が起ころうとも、まずはここを突破して進まなければならない。
「それで、何か思いついた?」
「時間は限られている。今日中に強行するべきだろう」
「奇遇ね、私もそれしかないって思ったところよ」
そうと決まればとユティが立ち上がったタイミングで連絡が入った。二人が共に応答するとスカルが報告を始める。
『白昼堂々ホワイトカラーの戦闘服を確認した――西の端、島の制御施設の周辺で堂々と工作してやがって……生憎装備不足で釘付けだよ。他にも仲間が潜んでるかもしれねぇ』
その通信の合間にも警報と銃声が聞えていた。
「拠点で一度合流したい、撒けそうか?」
『助けに来てくれないのかよっ……! ――って冗談、それなら問題ないぜ。お前の知っての通りに撒くのは得意分野だからな』
「こっちは強行以外ないって結論だから、すぐに戦闘があると思いなさい」
『了解したぜ――って、俺はとっくに戦闘中だけどな!』
通信終了。するとユティが戦闘服の色を黒へと戻して服を脱ぐ。
「私は先に一暴れするから、ダッシュで行ってダッシュで戻ってきなさい。それまでに車は手配しとくわ」
「くれぐれも無傷で頼むぞ」
「あら、優しいのね」
「車の方だ」
「はいはい、善処するわ――」
勢いよく駆けだした後にユティの右手が煌めいた。
それは薬指にはめられていた指輪から発生している。その小さい質量から生み出されたのは数十倍にもなる一本の銀の槍。
異変を察知した人型の警備機が銃口を向けて録音された警告を始める。その時には既にユティはいなかった。高く飛んでいた彼女を見上げ、発砲するよりも先に一体脳天から串刺しにされてしまう。
その槍は耳障りな音を立てることもなく、初めから槍を収めるための穴があったかのようにスッと突き刺さっていた。
抜き取る際にも同様。見れば槍の切っ先からユティの握る手元あたりまでの表面に薄く黒い層が発生している。
ユティは軽く足蹴にして飛び降り、停止した警備機は地面に伏せた。それを引き金として横殴りの鉄の雨がユティ目掛けて襲いかかる。
「――シンプルで助かるわ」
銃声が鳴ってようやく悲鳴が上がり、人々はその場から離れようと逃げ始めた。ソウも紛れてその場を離れ、途中ユティの方に目を向ければ余裕そうに手を振ってきているのに気づく。
ついさっきまで細長い槍の形をしていたソレは傘のように変わっており、彼女はそれをお上品に肩に乗せて銃弾を防いでいた。
傘の向けられた片面にだけその傘よりも大きな分厚い層が生成されている。
「テックヴォルトの高重力場生成技術を実戦用に改良し、ニムハルバのホログラム技術と結合させた武装――そのオリジナルを味方として拝めるのは幸運だ」
呟いたソウは敬意を表し、敬礼紛いで手を振り返した。