第7話 賢くなかった
好晴の小さな歩幅に合わせて東西の区切りとされる大通りを行く。この島の中央とされる一際目立つ高層マンションへと向かいメインホールへ。一番左にあるエレベーターを選び、そこで三階、二階、一階と順に押していく。
「扉が開いてる間にさんにーいちって早押しするのがコツなんですっ!」
仕上げに背伸びをした好晴が最上階のボタンを押した。最上階特有の特別なセキュリティも好晴の手に掛かればお飾りと化す。
「何よ、スキちゃんとんでもなく良いところに住んでるじゃない!」
「えへへ、未だに落ち着けないですけどね……」
道中でより仲を深めたユティは愛称を呼びながらそう驚きを露にする。エレベーターの扉が開かれるとすぐに部屋へと繋がった。
驚くほどに広いシックな空間。
一面ガラス張りの窓から見えるのは絶景。
リビングには屋上へと繋がる扉も有り。
「拠点にしては出来すぎてねぇか……?」
「掃除とかどうしてるんでしょうかね……」
二人のやり取りを聞いたソウは近くの棚やキッチンで人差し指を滑らせた。
「手入れは良くされているようだな」
「スキちゃん、お掃除とかって自分でしてるの?」
「いえ、決まった時間に担当の人が来てくれるので、わたしは何もですね」
「それって何時ぐらい?」
「えっと……今何時ですか?」
そう言われてそれぞれが腕時計を確認する。
「十六時よ」
「あっ、じゃあもうすぐですね」
好晴の言葉の後、四人の後ろでチンと音が鳴った。
エレベーターが開かれると、そこには三人ほどの女性が立っているのが分かる。
「……あ、あれ?」
気がつけばその場には好晴とスエンの二人だけ。
屋上へと繋がる扉が丁度今閉まり、微かにだが階段を駆け上がる音が聞えていた。
「あら、そちらの方は?」
「え? あーえっと……」
好晴から視線だけで助け船を求められ、スエンはすぐに取り繕う。
「今日から、恵さんの家庭教師をすることになってまして――数学、それと化学の方を」
「あー! そういえばこの前、好晴ちゃん赤点取ったって言ってたからそれで」
「え――賢くないんですか?」
好晴の成績についてを知りスエンは信じられないものを見るように小声で聞く。
「え、なんでそんな目で見るんですか? というか初対面ですよね!? 失礼ですよねっそれっ……!」
「まあまあ、私たちはいつも通りに掃除してますから、あちらの方でじっくりとお勉強しててください。あ、それとおやつにケーキがありますから、お勉強が済んでから、食べてくださいね」
「そんなに釘を刺さなくても我慢できますからねっ!?」
女性たちとは顔見知りらしく、好晴はそのようにして良く可愛がられているようだ。
決められた手順で仕事を熟し始める三人を静かに眺めたスエンは呟く。
「同族ではないみたいですかね……」
一挙手一投足に既視感は無い。重心の向かう方も定まっている訳ではなく、力加減も非効率的だと見て分かる。実に人間味のある三人の女性であった。
「えっと、スエン、くん? どうかしたんですか?」
「いえ――とりあえず、一端外の空気を吸いに行きませんか?」
そう言って指を上に向けると好晴はその意図を汲んだ。
「あ、屋上ですね……!」
力強く、だが小声でそう言った好晴はスエンの考えを理解できたのが嬉しかったらしく、両手で小さくガッツポーズをして見せる。
「ちょっと外の空気吸ってきますね!」
先程の小声の意味は何だったのか。
馬鹿正直に大きな声で元気よくそう伝えた後、困惑するスエンを連れて屋上へと向かっていく。
階段を上りきると風が吹き、吹いた風の方を見れば三人がそれぞれ島を観察している様子が目に入った。
「で、上手くやり過ごせたの?」
「まあ何とか、危険もなさそうだったよ」
「えっと、一応注意なんですけど、屋上は外からだとわたしだけしか扉を開けられないのでストッパーで閉めきらないようにしてくださいね!」
好晴はこの家での注意事項を説明する。
四人を家に泊めることに関しては何も気にしていないようだ。
「ソウさん、ちょっといいですか?」
ソウを呼んだ後、今度はスエンが耳打ちをする。
二人の目は好晴へと向けられていた。
「どうやら彼女はあまり賢くないみたいなんです……」
「……妙だな」
風の流れに乗ってきたその会話をキャッチして、好晴は意義を唱えた。
「何ですか! その賢くないのが可笑しいみたいな言い草っ! 苦手なのは理系だけですから! 他もほどほどですけどねっ!」
どんなに怒りを露わにしようとも持ち前の愛嬌で迫力が相殺されている。そんな彼女を余程気に入ったのかユティはずっと甘やかしていた。
「ほらスエンくん勉強教えてくださいっ! 戻りますよっ……!」
腕を引っ張られるスエンは再び好晴に連行されていく。好晴に気を遣ってか離れていたスカルが相変わらずに水を飲みながらやってきた。
「掃除が終わるまで時間が掛かるんだろ? なら俺たちは街に出てデートコースの下見にでも行こうぜ」
「そうね、荷物のことはスエンに一報入れておくから階段の下にでも置いておきましょ」
「それとリビングから別の部屋への誘導も頼んだ方がいいんじゃねぇか?」
「いや、その必要は無い。反対側の階段は最上階ではなく一つ下の階に繋がっている。関係者のみと制限はあるが、そっちを使うべきだろう」
「おっ、流石の観察力だな。頼りになるぜ、うちのソウは」
時間を無駄にしないためにと次の行動を定めた三人は動き出す。誰かに怪しまれることもなくマンションを出た後にスカルが提案した。
「俺は西側を中心に怪しい輩がいないか探りを入れる。二人は東側を、あのでっかいタワーへの経路も確認しておいてくれ」
スカルが指し示すのは白く巨大なタワー。
望眞幸の居場所はあのタワーであると事前に情報を受け取っている。
「了解よ、何かあったら連絡は忘れずに――」
ユティは右手を銃のような形にして一度耳の位置に添えた。その指先をスカルに向けると彼の持っている端末が何かを受信する。
端末を手に取り確認した後、連絡先を受け取ったことを手を振りがてらに画面を見せて知らせてきた。
そのままスカルが去って行く様子を見てから、ユティがソウの顔を見上げて言う。
「じゃ、私たちも行きましょ」