第35話 拝啓、世界システム
その頃、好晴は大きなモニターの前に立たされていた。十数個の画面に映し出される世界は、好晴が今まで見たことのないものばかり。望眞幸に関する報道では名前だけが報じられている。
振り返った視線の先にはスエンがいて、彼はその場所にあった機材からネットワークを渡っていた。
世界中に配備されているスエンフスモデルたちは各所でクラッキングを行い同時多発的な電波ジャックに備えている。
「テストを始めます。僕の目をカメラだと思ってください」
そう言うと好晴の背後にあった画面の一つにスエンの視界が映し出された。
最終調整を始めてから数分で準備が完了する。
放送開始のゴーサインを出す前に、スエンは聞かなければならないと質問を飛ばした。
「世界に声を届ければ、あなたは望眞幸になる。恵好晴としては生きられなくなる。きっとまた、あなたを殺しに来る組織が現れる。それでもあなたは、世界に声を届けたいんですか?」
そんなことは起きないだろうと。
そんな優しいことをスエンは言わなかった。
目の前の少女がやろうとしていることはスエン自身の希望でもあるが危険すぎる。
本当にそれを理解しているのか、それをどうしても知らなければ気がすまないようだった。それを問われた好晴は少しだけ考える時間を貰う。お腹辺りで両手を組むと、俯いて深く考えを巡らせながら自分の意志をゆっくりと伝えた。
「……私の夢は、望眞幸という女の子が、諦めてしまったその願いを叶えることです」
「それは本当にあなたの、恵好晴の夢なんですね?」
確信を突くようにそう言われ、好晴は顔を上げてスエンを見た。言うか言うまいかと、彼女自身が悩んでいたのだろう。だが、そう指摘されたことによって少し吹っ切れたように見えた。
「……私には、彼女の記憶が無いわけではありません。思い返せば、今の私はわたしらしくないと、自分でも思っています。どうしても叶えたい夢があるんですって、そう求められたような気がして……わたしはきっと、どうしようもない程に救って上げたいと思ってしまった」
「それは自分を殺してまでしたいことなんですか?」
「……いつかきっと、こうして考えを巡らす程に、わたしは何処かへ消えていってしまうのかもしれません。でもそれって、言い換えれば自我の芽生えとか、子どもが大人になるとか、そういうものなんだと思うんです」
「……後戻りはできないと、理解はしているんですね」
その問いかけは意地悪だが、黙って好晴は頷いた。
無意識に目を逸らしていた一つの可能性にもしっかりと向き合わなければならないのだと。
今一度その事と向き合って、自分で答えを定めた好晴は宣言する。
「どんな結末を迎えようとも、わたしは覚悟ができています。けれど、一つだけお願いはあるんです」
前のめりになって懇願するするように、好晴は感情的に訴えかけた。
「どうか、ソウさんにだけはこのことを言わないでほしいんです。……あの人にだけは、私をわたしとして、最後まで見守っていてほしいから……!」
その瞳には涙がにじむ。
それ程までに彼女が望むのであればと、スエンはこの問答を締めくくった。
「分かりました、約束しましょう。――それでは、本番を始めましょうか。あなたの想いを、あなたの言葉を、思うがままに世界に届けてください」
それだけ言い終えればスエンはカウントダウンを始めていく。 気遣ってか若干ゆっくりに数字を数え、その間に好晴は深呼吸を繰り返した。
カウントは五本指へと移行し、とても静かで少しだけ長い五秒間が過ぎていく。最後の指を折る代わりにスエンはどうぞと手を出した。
その瞬間に好晴のバックにあった全ての画面が暗転し、同じ映像に統一される。
世界中では突如として一人の少女が映し出された。
幼さが抜けていない少女が、一目見ただけで判るほどに緊張の面持ちでいる。
「…………皆さん、初めまして――」
音響のせいか、その声は人々の耳を通って脳に響いた。震える声は透き通っている。迫力なんてものは微塵もない。
それでも耳心地が良くて印象に残る。
カリスマとはまた別の、人を惹きつけるものが少女にはあった。
少しの間が空いて、何かを言おうとしているのだと誰もが理解する。緊張でその言葉が喉を通らないのだろう。誰もが思わず口からこぼしたのは、少女への応援の言葉だ。
口を開けたまま強く目を閉じて、その言葉が届いたのか遂に少女はその名を告げた。
「私の名前は――望眞幸。……私は、生きています」




