第32話 共和国
膝を軽く痛めた好晴は手ぶらで船を降りていった。
ヘルメットや刀などはまとめて一つのバッグの中に入れてソウが運んでいく。
共和国の港で最初に目に入ったのは山へと向かってずらりと並ぶ暖色の建造物だった。
至る所に桜並木を模した人工物が配置され、ホログラムの花びらが空へ舞い上がり続ける。
綺麗な青空にその桃色は良く映えていた。
好晴は足の痛みを忘れてしまうぐらいにその景色に魅了されてしまう。そこから振り向けば今まで乗っていた空母だけでなく沢山の艦隊が停まっていた。
ここはまるで山を真っ二つに割ったかのように西と東に街が分かれている。大河のように海から奥へとずっと水場が続き、大木から枝分かれするように水路が街の方へと幾つも続いていた。
きっと空から見たらもっと綺麗なのだろうと、好晴は思わず声を漏らす。
「すごく、すごいっ……!」
好晴は観光気分でキョロキョロと辺りを見渡すが、ソウに視線を向けられていることに気づき咄嗟に口にする。
「ど、どこかなーっ……!」
後付けでそう言えばなんとかなると思っている好晴は今度こそ本当にスエンを探した。二人を挟むようにして監視役を務めるのは共和国の軍人二名。
彼らはヘリ墜落後に遭遇した軍人だ。
「もう一人、大男を見なかったか?」
「ん? ああ、先に大使館へ向かったよ」
「そうか……」
スカルは既に船を出ていたようだ。
最後に聞いたスカルの言葉を思い返せば、必ず二人の元に現れるだろう。スエンフスモデルを探すのも重要だが、それ以上に警戒はせねばならない。
スカルの扱うあの能力のことがあれば尚更だ。
「あっ――行ってきますっ……!」
そこで好晴が突然にちょこちょこと走って列から抜け出した。後方にいた軍人がその奇行を見てすぐに止めようとする。
「おい待て! 勝手な行動は後が面倒だから頼む……! 早く休ましてくれ!」
勘弁してほしそうに本音を漏らすとその邪魔をする者が現れた。
「まあ落ち着け、あの子はずっと望眞幸の作った隔離された場所にいたんだ。少しぐらい楽しませてやってくれないか?」
軍人の進行方向へ割って入るソウは説得を試みる。
「いやだがな……これも仕事なんだ――すぐに連れ戻すから先に行ってくれ」
前を行く仲間にそれだけ告げると走って好晴を追いかけていった。ほんの僅かではあるが時間を稼いでもらったことで好晴は銀髪の少年の元に辿り着く。
「あのっ――こんにちは……!」
呼ばれたことに気づいた少年は振り返った。
その顔は好晴が知っている人物と全く同じ、ニムハルバ製エラボライトデザインのスエンフスモデルで間違いない。
「どうかなさいましたか?」
やはり彼は好晴のことを知らない様子だった。
他人行儀で丁寧に対応されると、少し複雑な感情を好晴は抱いてしまう。首を横に振って気を取り直すと左の手を開いて見せた。
「手を貸してください!」
「具体的なご用件はなんでしょうか?」
「ハンドシェイクっ……!」
「ああ……どうして?」
疑問に思いながらもそれに応えてくれたスエンはすぐに手を離されてしまった。よくわからない事をされて困惑するスエンはさておき、好晴は握っていた右手を彼の手にぽんと乗せる。
その中にあったのは銀色の蜘蛛だった。
「ふんっ……!」
言葉では伝えるつもりはないのか自信ありげな表情で謎の少女が見てくる。何かを期待されているのだろうと、その何かは明白だったのでとりあえずスエンは応えることにした。
銀蜘蛛を乗せられた手を握って目を瞑る。
情報を読み取り、一瞬でそれらを把握していった。
目をぱっと開いたスエンは無表情のままに好晴を見つ直す。そこから少しの動揺を見せて目を逸らした。
「……僕を含めて三機、手厚い保護はできません」
そこからのスエンは好晴の知っている彼そのものだった。今の彼からは感情が見て取れる。本当にオリジナルではないのだろうかと思うほどに。
「どうか、お願いします」
彼女の強い思いをひしひしと感じたのか、小さく何度か頷いたスエンは振り返ってその場を後にした。スエンは気持ち早足で人混みを進んでいく。他の場所にいる同機たちへと向かって情報の伝達をしながら。
「おい君! 全く何をしてるんだ、勝手な行動はよしてくれ」
「あっ――すみません! ちょっとぉ……気になることがあって」
不審な行動に気づかれていないかと少し落ち着きなく誤魔化した好晴だが、視線のせいで何を目的としていたのかはバレバレだ。軍人はその視線を辿っていき、その先のスエンフスモデルに気づいてしまう。
「ん……? なんだ、あれは連邦製の人型便利ロボットだよ。というかせめて、あんなのよりもっと良い物があるんだからそっちに興味を持ってくれないか? ここ俺の地元なんだよ。……そうだな、折角なら俺が案内するけど――」
「――間に合ってます! 戻りましょう!」
好晴をナンパしようとしたらしいが呆気なく轟沈してしまう。そそくさと退散していく好晴に振り回され、その軍人は溜息をつきながら後を追った。
無事に最初のタスクを熟せたのだと帰ってくる好晴の表情を見ればよくわかる。横に並んであるくと少し距離を詰めてから小声で言った。
「スエンくんは三人だそうです……!」
「そうか……ならこれ以上は離れないように」
「任せてくださいっ……!」
その言葉に律儀に従う好晴は連邦大使館に着くまで本当にそばを離れなかった。それも何度か足を踏んでしまうぐらいに。
一つ橋を越えて中央の水路から離れていくように進めば坂を楽に上がれるリフトがある。それに乗って行きながら鮮やかなアーチを幾つも潜る中でニュースの内容が目についた。
それは望眞幸に関する事件の概要。
未だに安否はわからず、攻撃を仕掛けた組織も不明と情報が発信されていた。それに続いて報道されるのは世界情勢についてだ。世界に暗雲が立ち込めている。戦争が始まってしまうのだろうかと。
リフトが止まったのでソウの手を取りながら降りていく。視線は足下から前方へ、するとこの街の中ではかなり目立つ部類の建物があった。
上から数えて二番目の高さか、青に白と国のカラーが反映されているせいか悪目立ちしているとも言えなくはない。
だからと言って景観を損なっているというわけではなく、大使館の周辺から他の建物に掛けてはグラデーションにより色の変化がホログラムによって表現されていた。
建物を中心に渦巻くようにして街の地面を彩っていた橙色が白へと変化。周辺の綺麗な白は建物を上るほどに深く青へと変わっていく。
一つの芸術作品として見れば悪くはない。
後はその近辺の山を崩して整備が終われば完成といったところらしい。完成図が描かれているパネルを歩きながら流し見して好晴は唸った。
「うーん……パフェにしたら良さそう」
率直な感想が近くにいた数名から共感を得る中でようやく大使館に辿り着く。
「俺たちの案内はここまでだ。待機の部屋とかは受付で聞いてくれ――現物の身分証明書だ、紛失させるなよ」
二人は先導していた軍人から手の平サイズの身分証を受け取る。軽い会釈だけをして去って行くソウに対して好晴は丁寧に一礼してから手を振った。
「お世話になりました……!」
ホールへ入ると大理石の床の中央に連邦の象徴とされる一匹の竜が反射しているのがわかる。天井を見上げながら進む好晴はソウの背中にぶつかった。
受付で渡されたばかりの証明書を提示すれば、足下から光の線が延びていきエレベーターへと繋がっていく。案内に従ってエレベーターに乗ると全てが自動で済まされて十三階へ。
廊下へ出るとその階は十数部屋ほどあるホテルのような場所となっていた。ここからも光の線に従っていき部屋の前に立つとドアが開かれる。
その一室は好晴の住んでいたマンションと比べれば小さく感じるが、二人で生活するならば充分な広さであった。
「ソウさん見てください! 絶景ですねっ……!」
「スエンから連絡が来るまでは待機だ。今のうちに服は脱いでおいてくれ」
「了解です……!」
そう言いながら服を脱いでベッドに放り投げたソウはバッグの中身を取り出していく。
自分の服を畳み終えた好晴はソウの分も畳むと窓のそばにあった一人用のソファに腰掛けた。




