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第31話 成すべきこと

「…………俺は、何がしたいんだ?」


 思いの丈を吐き出した後に残ったのは清々しさではない。自分という存在への疑問だった。

 追うべき背中を見失い、言い渡された任務には失敗してしまう。ソウという人格を構成し支え続けたものの全てが無くなった。


 今の彼を突き動かすのは何か?


 それは恵好晴という少女に対して船を出る準備を促さなければという義務感だ。


「好晴、船を出る前に着替えを済ませておいてくれ」

「っ――! あっ、ソウさん! えっと、そうですね、着替えますっ……!」


 何やら慌ただしくしながら敬礼をして好晴は元気よく返事をする。


「緊張してるのか? ……まあ、それもそうか」

「はい……まあ、それもそうかと……」

「……着替えが済んだら教えてくれ」


 それだけ伝えて扉をそっと閉じる。

 好晴のことを見れば、自然と心が落ち着くのを人工島にいる間も薄々と感じていた。


 彼女は世界システムによって構築された人格だ。

 望眞幸が憧れを抱いたという、誰にでも愛されるような少女像。


 それを世界システムによって具現化させたのが恵好晴というのなら、一種のニコラの遺子として何かしらの影響を周囲に振りまいていてもおかしくはない。


 彼女を傷つけてはならないという先入観はそうやってすり込まれたのか。自分が好晴に対して思い抱いたことすらも、嘘なのではないかと疑ってしまう。


「俺は、自分の意志で行動したことなんてなかったのか……」


 それなりに長い時間を過ごしてきた。

 それでも平均寿命の四分の一程度ではあるが、若者にとってのそれは充分な長さだと言える。


 言い換えれば、それしか人生を歩んでこなかったのだ。その短い時が自分という存在の生きた証である。


 それの全てが否定されたとしても、認めることなんてできるわけがない。


「空っぽだな……」


 笑いが零れた。楽しいわけではない。

 哀れんだわけでもなく、ただわからない。


 人格者の言葉がよぎる。

 人類というのは、それを果てだと認めることができない生き物だ。行き止まれば停滞と決めつけて、その状況を打開しようと思考する。


 人の言葉では、第二の人生というものがある。

 それは老人にばかり使われる言葉ではあるが、それだけと決まっている訳ではない。


 人は誰しも何処かで行き詰まる。そこで諦めた者は死を選ぶのかもしれない。

 恵まれた人間はそれを転機だと諭すだろう。


 そこが終着点なのだとすれば、またそこが始まりの地にもなり得るのだと知る必要がある。


 それは言われた側の人間が気づかなければならない。失った者にしか見出すことの出来ない特別な概念だ。どんなことでも良い。きっかけはなんだって構わない。真っさらになって最初に浮かんだ事からしてみれば良い。


「……好晴――」


 支給された衣服に着替えている途中、考え込んでいたソウの中で好晴の笑顔が浮かんだ。それをもう一度見たいと思ったのなら、求めるがままに動き出す。


 彼はやるべきことを見つけられたようだ。


「好晴――!」

「――わああーっ!? ソウさん私まだ着替えてますけどっ!? 着替えたら教えてって言ったのソウさんですよねっ……!?」


「あ――いや、すまない……!」


 一糸纏わぬ姿で片足立ちのまま戦闘服と格闘していた好晴にそう叫ばれて、ソウは慌てて目を逸らして謝罪をする。


 急ぐほどに苦戦する好晴は背中を向けて、ようやく戦闘服を着ることができた。


「おっ――やっぱなれない……」


 衣擦れの音、缶詰の中から回収されていたお気に入りの私服に着替えて好晴の方から声を掛ける。


「……もう、どうしちゃったんですか? 急に賢くなくなったんですか? もう……」


「すまない――ただ、その……伝えなきゃならないことがあるんだ」


 ちょっと怒り顔だった好晴はすぐにいつも通りになって小首を傾げる。


「望眞幸の、人格者からの依頼――君の夢を叶えるという任務を破棄したいと思ってる」

「んー? …………えっ!?」


 口をへの字にしてその言葉の意味を長々と考えた好晴は濁点が付いたような声を出した。


「う、裏切りですか!? ここにきてっ……!?」

「そうじゃない。俺から言いたいと思ってな」

「えっと……何をですか?」


「俺は君のことを任された。それは命だけでなく、君の夢のこともだ。だがそれは目的を失ったから、言われたからやろうとして、自分の意志もなく、ただすがっていただけに過ぎない」


「っ……そんな――そんなことはっ……!」


 好晴はすぐにそれを否定してくれた。

 それ程までに嬉しいことなんて、きっと今の彼にはないだろう。だがそれではいけないのだとソウは否定を重ねた。


「俺は君を救おうとしたんじゃない。君を、望眞幸を保護するという任務を通して自分のことを救おうとしたんだ。誰かを救ったという事実こそが、きっと俺のことを認めてくれると――」


 自分の人生を振り返ることで、追い求めていた背中に並び立っていたことに気づかされる。

 望んでいた形ではなかったが、間違いなく今のソウは憧れのヒーローと同じだ。


 それではダメだというのは理解している。

 だからこそ、その答えを見つけることができた。

 それは彼自身がこの人生の中で初めて定めた成すべきこと。


「頼みがあるんだ。……聞くだけでも構わない」

「……聞かせてください」


 彼の様子を見て何かを察したのか、好晴も真剣な面持ちでその気持ちに応える。

 その優しさに甘えてしまった自分に気づき、不思議な感情を抱いたソウは告げた。


「どうか俺に、君の夢を叶える手伝いをさせてほしい。例えこの命に替えても、必ず果たしてみせるから」


 好晴は優しい笑みを見せていた。

 彼の姿を微笑ましく思ったのか、歩み寄って彼の手を小さな両手で包み込む。


「……良かろうです。でも、絶対に死んじゃダメですよ。それが、私の夢を手伝うということなんですからね」

「肝に銘じるよ」


「……いきなり難しい言葉使われても意味を理解するのに遅れるだけなので、私のそばにいる時は気を遣ってください」

「約束する」


 雰囲気をぶち壊すように好晴はそう言うとニコッと笑った。そんな彼女を見て、ソウも思わず微笑んでしまう。想いをはっきりと伝えることにずっとマイナスの印象を持っていたソウは考えを改めた。


 必ずしもそうではないと、心の底から彼はそう思う。手を離したソウは拳銃を取り出し、弾倉を抜いて一発の弾丸を取り出した。

 そしてそれを好晴に渡す。


「宿題は熟せたか?」

「はい、一応……たぶん、大丈夫かと」


 弾丸を受け取ってそう言った好晴はヘルメットを深く被る。備えられたシステムを操作して右手を銃に見立てた形へ。耳元より腕を振るって弾丸を指し示せば、データが送信される。


 受信の完了と共に弾丸の形状が変化。突然の出来事で驚いたように銀蜘蛛が飛び跳ねた。遅れて好晴からのメッセージを受信したソウが内容を確認していく。


「……これで充分に作戦内容は把握できるだろう」

「三日三晩考えましたからねっ……!」


 ヘルメットを外すと好晴は片手でガッツポーズをして自信ありげな表情でいた。

 印刷すれば一枚にしかならない文章量ではあるが、簡潔でわかりやすい内容となっている。


「ソウさんの言う通りなら、ニムハルバ製エラボライトデザインの全ては各国に配備されているんですよね?」

「ああ、君ならば多少統率の取れていない行動を取っても怪しまれないだろう」


「そうですね……やっぱり面と向かってそれ言われると刺さります」

「君の魅力の一つだよ」

「はたしてそうでしょうか……」


 目を閉じて悲しそうな表情をした後に好晴は言った。


「スエンくんと同じモデルにこの子を渡せば、情報はすぐに共有されるんですよね?」


 人差し指を使い、手の上に乗せられた銀蜘蛛を突きながら作戦の内容をさらっていく。


「マンションで君が見た通りだ。そこからオリジナルへ情報が送信されれば、後は上手くやってくれるだろう」


「やっぱり……戦闘は避けられない、ですよね?」

「共和国の港付近には軍事基地がある。連邦大使館で一暴れしたとあればすぐに駆けつけてくるだろう。大国同士の直接的な衝突をさけるつもりなら、止めざるを得ない」


「……上手くいくと思いますか?」


 心配そうな顔をして上目遣いで好晴は問う。

 ソウから見れば、好晴はまだ幼さの抜けていない少女でしかない。そんな彼女が望眞幸という人間に成り代わって、歴史に挑むというのだ。


 不安がない、なんてことは決してありえない。


「大丈夫だ。君はただやるべきことをすればいい。それ以外のことは俺が片付ける」


 安心させるようにと、事が上手く進むように祈って彼女の頭を優しく撫でる。


「それでも不安だと言うのなら、俺を信じてくれれば良い。必ず、君ならやり遂げられるさ」


 口を紡ぐ好晴はソウの腕を両手で掴んで離した。


「髪が崩れるのでやめてください」

「っ……! すまない……」


 ソウをからかった好晴はぱっと花咲くような満面の笑みを浮かべる。


「なんか大丈夫な気がしてきました! だってソウさんが言ったことは全部上手くいってましたもん」


 そのまま握手をするように手を繋いだ好晴は宣言する。


「私はソウさんを信じます。思う存分に頼りにします。だから、これからもどうか未熟な私を助けてくださいね」


 強く手を握り返したソウは一つ頷いた。


「さあ、行きましょう! 歴史に一泡吹かせてやりますよっ……!」


 そう意気込んだ好晴は拳を突き上げて勢いよく走り出す。そして部屋の扉が内開きであることを忘れて激突した。

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