第30話 ソウ
腕時計を確認して思うことがある。
この時間は果たして意味があったのかという疑問だ。
世界システム七号機の破壊によって電子機器等への被害が想定される。その為、ソウらが隔離された空母を含めて全ての飛行艦隊は海を行くことになっていた。
長い船旅になっている。向かう先が共和国なのもあって陸に着くのには余計に時間が掛かるだろう。
「そろそろ俺らが過去へ向かう頃だな」
かれこれ三日ほど顔を合せていなかったスカルが現れた。艦内の隔離された区域には同じ間取りの真っ白な部屋が廊下を挟んで二つ。大小二部屋がドアで遮られ、窓一つない小さな一室を好晴が使っている。
ノックもなしに入ってきたスカルは水を飲みながら肘掛け付きの硬い椅子に腰を下ろした。
「……何のようだ?」
その向かい側に座っていたソウは足を組んだまま要件を聞く。シャツ一枚に半ズボンとラフな格好に着替えたスカルに対して、ソウは相変わらず戦闘服に身を包んでいた。
「そろそろ着替えろよ、休めてないだろお前」
「要件はそれだけか?」
冷たい対応を取られて口をひん曲げたスカルはお手上げの様子で手を広げる。
「まあ、別に良いけどよ」
もう一口だけ水を飲んだ後にペットボトルをそっとテーブルに置いて切り出した。
「ソウ、良く聞け。単刀直入に言う――望眞幸は死んで然るべきだった」
そこまで言うとソウの表情を伺うように暫く黙り込む。変化は何もなかった。彼の視線は初めから鋭いものであり、異論を唱えようとするわけでもない。ただその視線に確かな理由付けがされただけだ。
「それとこれについても先に言っておく。あの子をこれ以上歴史のゴタゴタに巻き込むな」
話の始まりと共に組んでいた足を広げ、少し前のめりになっていたソウは背もたれに寄りかかる。
目を瞑って溜息を一つ。スカルの目を見た。
「気づいていたのか?」
「確証はなかった。さっきまではな――」
ポケットから取り出して机に置かれたのは好晴から取り上げたあのペンダントだった。小さな宇宙を閉じ込めたようなそれを指で差して今度はスカルが問う。
「お前はこれを何だと思う?」
「……ただのペンダントだ」
「過去に失敗した実験の中で心当たりはないか?」
その問いはペンダントの状態と似たような現象を引き起こした実験に心当たりはないか、というものだろう。
失敗という言葉を添え、それ以上のヒントを与えずに答えを求めてくることからソウは簡単に答えを絞って口にする。
「……テックヴォルト、随分と批判的に報道機関で取り上げられていた」
「そうだ。前代テックヴォルトが自殺する前に残そうとした功績、その最後の実験。余命宣告された嫁さんのバックアップを取って自社製の機械の体に入れようって実験だ」
「……失敗したんじゃないのか?」
「お前の知っての通りだ。当時の実験中の映像記録を見たことは?」
心当たりがあるようで、それを踏まえて否定を続ける。
「だが――」
「――これの持ち主は誰だったと思う? 望眞幸だよ。あの女は成功してたんだ」
やけに望眞幸に対して辛辣になっているように思える。それは言葉が連なるほどに確かだと判った。
「これは望眞幸の記憶の全て、要するに縮小化された脳みそだ。この三日掛けて解析してやろうって思ったんだが、流石にこの程度の端末じゃ容量がでかすぎて軽く摘まんだだけでこの有様だ」
感情的に黒く焦げて使い物にならなくなった携帯端末を叩きつける。ソウにとってもここまで怒りの感情を見せるスカルとは初めての対面だった。
「……それで、何か判ったのか?」
「幸いなことに一番重要なことだけが判明したよ」
残っていた水を全て飲み干してから一息ついて、その内容を語り出す。
「こいつの目的は環境汚染や自然災害、それだけでなくあらゆる問題を制御し、人類に平等な幸福を与えることじゃない。こいつは人類を利用して一つの仮説を立証しようとしたんだ。それも、自分を犠牲にしてまでな」
「なんだって言うんだ?」
「宇宙と人間の脳の構造について、それが限りなく同じであることの証明だ。計画が完遂すればこの星も、やがては宇宙の果てまで世界エネルギーで満たされる。そしてそのエネルギーは、それを生み出す世界システムは、望眞幸の人格によって管理され、その精神の影響をモロに受けていた」
その言葉に偽りはないのだろう。
ソウは既に望眞幸によって生み出された世界システムの人格者を知っている。
そこから先に関しては仮説でしかないが、それでも一つの答えしかソウは導き出せない。
その答えあわせをするようにスカルが言う。
「それでどうなるかって? あの女が更にどういう仮説を立てたと思う? あのまま装置を破壊しなけりゃ、俺たちはアイツの頭ん中の妄想に成り下がって、自由なんて奪われてよ!」
声を荒げて遂には立ち上がり、知ってしまった事実を全て言い放つ。
「宇宙そのモノを作り替えれるとか、神の存在を証明できるとか、そんなことの為に全人類消えちまったら信仰もクソもねぇってのによ! 全部自己満足の為にやろうってんだ! そうなったら何もかも終わりだろ……!?」
そこから先なんて常人に想像できることではない。
それでも可能性なんてものは考えれば浮かんでくるものである。問題は、これまで語られた情報からどう考えても良い可能性が思いつけないことだ。
「変わっちまった世界をどう直すってんだ!? それで消えちまった人間はどうなる!? あの女に認知されてなきゃ元にすら戻れねぇ! 戻ったとしてもそれは望眞幸の妄想の産物だ!」
「落ち着け、スカル」
「っ――……ああ、そうだな」
ソウに言われてから自分のむき出しの感情に気づき、行き場のない拳を収めてペットボトルを掴む。
水を飲んで気持ちをリセットしようと考えたのだろうがその水は既に自分で飲み干していた。悪態をつき握り潰したペットボトルをそのまま部屋の隅に投げ捨てる。
「……とにかくだ。望眞幸の生存は人類の為にはならない。お前らがやろうとしてることなんて想像はつく。あの子が望眞幸に成り代われば、計画は中止にならずに世界が希望を持っちまう」
座り直したスカルはどうにか説得をしようと真剣に訴えかけた。今度こそは冷静にと、きっと言葉は届くはずだと。
「世界システムプロジェクトは、少なくとも連邦と共和国以外にとっては理想だ。だから望眞幸が生きているのなら是が非でも実現させようとするだろう。あの子にその期待をはね除けられるほどの勇気があるとは思えない」
「……そうかもしれないな」
「望眞幸が生きている限りは人類に未来はないんだ。あの子は何も知らずに計画を完遂して、自分のしていることが人類の滅亡に繋がるなんて知りもしないで――そんな残酷なことあっちゃならねぇ……お前もそう思うだろ?」
ソウが人格者によって気づかされたこの世の真理と、スカルが知ってしまった望眞幸の目的。そして彼女らによって突き動かされた恵好晴という少女。
これら全てが望眞幸という人物の思惑通りなのだとしたら、一体彼女は何を目的として死を選んだのか。
その問いかけに答えることのできる本人は既にこの世にはいない。
「お前の目的はなんだった? 望眞幸の保護か? ならどうして保護しなきゃならない? 戦争を止める為だろ? じゃあ戦争を止めなくちゃならねぇのはどうしてだ?」
「戦争が起きれば人は死ぬ。人の死は悲劇だ。統計上の数字なんて一言で片付けられることじゃない、だから建前だとしても、人類は戦争を回避しなければならない」
ソウが志願したその任務は何故この世に生み出されたのか。元を辿れば、人々を護る為だろう。
「そうだ。戦争なんてない方が良いだろうよ、でも滅亡しちまうよりはマシだろ? それに戦争たって大国同士がやり合うんじゃねぇ、代理戦争だ、紛争ビジネスだ、沢山死ぬわけじゃねぇよ。お前のやろうとしていることは、お前が阻止しようとしていることよりも沢山の人を殺すことになる、わかるだろ?」
その言葉からスカルの立ち位置が見えてきた。
彼にとって守るべきは連邦、或いはそこに住まう家族や友人。その為であればどんな犠牲でも払うと、割り切った考え方だ。
「もう諦めろ、ソウ。……そしてもう、この歴史に関わろうとするな。あの子と連邦のどっかで、平穏に暮らせ」
その言葉が耳に入り、俯き掛けていたソウが顔を上げた。
「……何を、言っているんだ?」
「このままいけば、俺はお前ら二人を殺さなくちゃならねぇ――だが、俺はそんなもん望んじゃいねぇんだ」
「――今更……」
「俺がお前を助けたのは、こんなクソ見てぇな現実に巻き込む為じゃねぇ」
「――なんだよ……」
「お前にはただ普通に生きて欲しかったんだよ」
泣き出してしまいそうな顔を、ソウはしていた。
両手を強く握りしめて、体を震わせて。
「今ならまだ間に合う、だから――」
「――おせぇんだよッ……!」
立ち上がったソウは怒鳴りつけるように言った。
一度たりとも見たことのない彼のその表情と怒りを前に、スカルは言葉を失う。
「今になって俺のことを思い出したのか? それとも思い出した振りをしてるだけか?」
「違うんだ、ソウ――」
「――違わねぇだろ! どっちにしろあんたはずっと俺のことなんて覚えていなかった! あんたにとって所詮俺は救うべき人間の一人でしかなかった! だから救ったらそこで終わりだ、平穏に暮らしてほしい? なら最初っからそう言ってくれよ! 俺は――っ!」
心臓の位置を掴むようにして苦しそうな顔を見せたのは、素直になることにためらいが生まれたからだ。
自分をさらけ出して哀れまれては意味がない。
その先にあるのは全てを思い出しての優しさではなく、ただの同情だ。
「俺はあんたに憧れたせいでこうするしかなかった! 誰かの為に生きるヒーローでありたかった! 俺が任務を熟すだけの意志のないロボットに見えるか? あんたの背中だけを見てきて、まともに生きてこなかった俺に正しい生き方なんてわかるわけがないだろ……!?」
スカルはもう、目の前の青年に顔を向けることが出来なかった。それ程までに彼の言葉が胸に突き刺さってしまう。
振りかざしてきた善意は自己犠牲によるものだったはずだ。だがそれは結局、利益を求めなかっただけの偽善に過ぎない。
ファーストフードのように人を救って、残ったものをちり紙のように捨てていただけ。救った後の事なんて一度も考えたことはなく、ただひたすらに救い続けてきた。
それがヒーローの在り方だと、当たり前なのだと。
スカルはそんな自分に酔っていただけなのだと痛いほどに気づかされる。
「…………すまない」
「っ……何もかも遅いんだよ、あんたは」
その後に沈黙は続かなかった。
艦内でアナウンスが入り、共和国領土内の港に着いたことが知らされる。
「……時間だ」
そう言ったスカルは立ち上がってペンダントを手渡した。ソウが受け取ったのを横目で確認すると、そのまま部屋を後にする。廊下へ出てすぐに立ち止まり、扉が閉まる間際に告げた。
「ケジメはつける――」
スカルのその一言は、確かな決意に満ちていた。




