第3話 顔合わせ
望眞幸が保有する世界システム七号機の破壊と彼女の失踪が報告されてから丸一日が過ぎた。
安否は未だに不明、破壊計画を企て実行した組織も不明。十年にも渡るプロジェクトの完遂まで後一歩の所での出来事。その情報を知らされた人々の頭の中には共通の予感があった。
――戦争が始まる。
「随分と暗い顔をしてるじゃないか」
そう言ったのは大柄の男だった。
浅黒くツヤのある肌には短い髪と整った髭の白が良く映える。液晶型の端末を持ち真っ白なソファに腰掛けた男は続けた。
「もっと気楽に行こう。そんなんじゃあ、いざという時に失敗するぜ? 俺が昔そうだった」
「これから戦争を止めに行くんだ、緊張なんてして当然だろう」
その隣で腕を組んで背もたれに寄りかかっているのは青みを帯びた黒髪の青年。彼はただその場で何もせずに時が来るのを待っているようだった。
「真っ白な部屋にソファが二つ、テーブルが一つ、で観葉植物が少々……かれこれ三十分だ。何もない部屋で何もせず、ただ待ち続けるだけじゃ落ち着かないだろ?」
「あんたがしつこく喋り掛けてこなければもっと落ち着けたんだがな」
「つれないねぇ……これから一緒に仕事する仲間のディティールには興味がないタイプか?」
その問いかけに青年は答えなかった。
「ソウ、お前の呼び名はソウだな。で所属はS.W.O.R.D.連邦の対ニコラの遺子特殊戦闘部隊、出生地は連邦東部のネルーファと、全部俺と同じじゃないか! 奇遇だなぁ、俺たち良いチームになれそうだ」
資料に目を通しながら見た物すべてを大袈裟な声で口にし、いちいちソウの顔を確認してくる。
「丸一年同じ部隊にいたんだ、わざわざ確認する必要もないだろう」
「丸一年同じ部隊にいても一度もプライベートなこと話さなかったじゃないか。ただ共に任務を熟すだけの関係……ま、お前みたいな無口なちびっ子を昔相手してたから慣れっこだけどよ」
「互いに腕は確かなんだ。それさえ知っていれば支障はない」
「クールだねぇ、お前モテるだろ? 可愛い顔してるし年上にも好かれそうだな」
目を瞑って微動だにしないソウに男は口をすぼめていた。
「にしてもねぇ、お前みたいな何事にも関心を持とうとしない仕事を熟すだけのロボットみたいなヤツがなんでこの任務に立候補したんだ? 英雄様になりたいって訳でもないだろ?」
「……予感がしたんだ」
「何の予感だ?」
「それは判らない」
「……何言ってんだお前。あ、ジョークか今の! 分かりにくいなぁ」
するとドアがスライドする音が耳に入り二人は視線を同じ一点に向ける。そこにいたのは銀の髪の少女と同じく銀髪の少年だった。
少女の立ち居振る舞いからはプライドの高さが垣間見える。長い髪を払う仕草はまさに高飛車な女のテンプレートと言えるだろう。
対して後ろにいる高身長の少年は恐る恐るソウたちの様子を伺っていた。遅刻をした自覚は少年にだけはあるようだ。
「これまた対照的なご家族で……」
「先に言っておくけど私が姉よ」
そう釘を刺すように言った少女が先に部屋に入ってソウの前に座った。遅れて弟の方が着席するその前に姉が切り出す。
「私はユティ、こっちはスエン。ニムハルバから派遣された兵士よ、よろしく」
「えーっと……最高級ニムハルバ製のエラボライトデザイン、穿つ雨やパラグランザと名高いユティラモデルにその付属品とも云われているスエンフスモデル。ニムハルバ製の共通の特徴として白銀の髪と真紅の瞳があり、生殖機能は備わっておらず命令には忠実と……見たところ感情ありのオリジナルか? なら命令通り事が進むことはなさそうだな」
会話もせずに資料を読み始めたのを見てユティは何だコイツと言いたげな表情でいる。
隣のスエンは男と姉を交互に見てどっちを先に止めるべきかを悩み続けていた。彼が答えを決めるよりも先にユティが呆れた様子で促す。
「本人を目の前にしてよくそれが読めるわね……というかそっちも名乗りなさいよ、形式上の礼儀ってやつよ」
「ああ、このクールなのはソウっていうんだ。そして俺はスカル、透き通った空色の瞳がチャームポイントの色男さ」
「そ。それで任務の内容についてはちゃんと目を通したのかしら?」
足を組んで軽く流し、視線でソウにだけ返答を求めた。
「三十分も待たされたんだ。こちらはとっくに把握済みだよ」
「何よ、レディを待つのも殿方の仕事でしょ?」
「なら弟についてはどう思う?」
「それなら好きなだけ咎めなさい」
「姉さん……?」
嘘だろと言わんばかりの表情でスエンは初めて声を出した。やや感情的に何かを言いたげだったのが今の一瞬で一つ結論に辿り着く。
余計なことは言わないでおこう。
すぐにクールダウンをして反論は身の為にならないと喉元まで来ていた言葉を飲み込んだ。
「ちなみに俺はどこも機械化されてないんで今確認してるぜ」
「そんな自信満々にオールドタイプアピールしないでくれる? というかやけに緊張感ないわねこのチーム」
「主に右隣のせいだな」
「気楽な方が絶対に上手くいくさ」
「あの、作戦開始まで時間がないので本題に入りませんかね? 遅れて懲罰とか嫌なんで……」
三人の顔を伺いながらスエンはそう提案した。
言われてから三人は腕時計を確認していく。
この場に集まる段階で既に全員が支給された装備に身を包んでいた。腕時計もその一つで、作戦開始時刻までのカウントダウンも搭載されている特注品だ。
指で端末を操作して何枚かページを飛ばした後、スカルはソファの横に置いていた真っ黒なケースを取り出してテーブルに置く。
大きさはバスケットボールが丁度二つ収まるほど。
ケースを開き、その中にある装置を見せてから自分を含めて全員に問いかけるように言った。
「この装置についてそれぞれ知っていることを教えてくれ」
「時間遡行装置、今回の任務で使用するその装置は国家最重要機密とされている為、ここにいる四人の命よりも遙かに重く、特例を除いて他者に存在を認知させてはならない」
「望眞幸によって時間にまで条約が適用されたからバレたら一発で戦犯扱い、各国に大義名分を与えて集中砲火を喰らうわね」
「つまり全員がこれを時間遡行装置だと理解している、ということだな?」
無言のまま小刻みに数回頷くスエンを確認し、スカルはケースを閉じてから話題を変える。
「なら次だ。俺たちはチームとして時間を遡行するが、それぞれに与えられた詳細な任務は異なっている。それについてそれぞれ把握できているかの確認をしよう。まずはソウからだ」
「優先事項は望眞幸の保護だ。その為、戦闘が始まった際には参加せず望眞幸の安全確保を優先することになる」
「私の任務は世界システム七号機の破壊を阻止することよ。だから望眞幸の安全確保が出来てなかったとしても敵性存在への対応を優先するから」
「僕はまあ、作戦領域での情報収集がメインですから安全な場所で基本待機ですかね」
「――嘘こいてんじゃないわよ、あんたも基本私と同じでしょ?」
「いやでも僕は戦闘好きじゃないし、姉さんの獲物奪っちゃ悪いしさ……あと可能な限り死にたくないんだよね」
「――だからって私が戦闘狂みたいな印象付けるのやめてくれる?」
静かにキレるユティと静かにそう告げるスエン。
どうやらスエンは先程のことがまだ納得出来ていなかったようで、その仕返しをしたようだった。その仲睦まじい姉弟のやり取りに微笑みながらスカルは続けた。
「じゃあ最後に俺の任務だ。俺は時間遡行装置の管理を任されている。さっきソウが言ったようにこいつは俺たちの命よりも重い。全ての任務が成功してもこれがバレちまえば台無しだ。保険として任務が完了するギリギリの所までこれを保持し、最終的には破棄することになっている。それ以外に関しては特にないから状況に応じてそれぞれの任務をカバーすることになるだろう」
互いに任務内容を教え、把握することで準備は整った。最初に立ち上がったスカルは士気を高めようと思ったのか大きな声を出して右手を出す。
「さて、ざっとだがこれで事前にやるべきことは終わったな。それじゃあ、人類の未来を救いに行こうじゃないか――!」
手を前に出して皆がその上に重ねてくれると信じて待っていたのだが。
「なにかっこつけてんのよ。ほら、さっさと行くわよ時間ないんだし」
「えっ――いやでも遅れたのほぼ姉さんのせいだしさ、これぐらいは……」
「しょうがないじゃない、ただでさえ度重なる不慮の契約違反でフットワーク重くなってるし、海渡るにしても連邦機認定される私が領域侵犯したら生産数減らされるじゃないの。それに多少の遅刻ぐらい情勢配慮の遠回り分でチャラにしなさいよね」
唯一スカルのノリに合わせてくれそうだったスエンはそう姉に押されていく。
「――ソウ? ってあからさまに顔逸らすなよ」
結局誰もそれに合わせてはくれず、全員が冷めた様子で部屋を後にした。
「……ノリが悪いなぁ、大丈夫なのか? このチーム」