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第29話 旅立ちの日

 白く巨大なタワーからは第三人工島で起きている現象が良く見える。大橋の先に見える一機のヘリはスエンたちが乗っていったものだ。好晴が先に乗せられて、最後に乗り込んだスカルが扉を閉める前にヘリは発進する。


「急ぐに越したことはないが扱いが雑じゃないか?」

「申し訳ございません。可能な限り早くとの事でしたので」


「それとだが、向こうに見えたヘリにはあまり近づかないように頼む」

「何かあるのか?」


「俺はユティに命狙われてるんでな。近くを通り過ぎたの見られたら問答無用でお前らも巻き込まれるぞ」


 敵視されている人間と一緒に行動していたとあれば、同じように敵だと認定されてもおかしくはない。別れ際に言い放ったあの言葉もあるとなれば尚更だ。


 ユティの事情を知らない二人だが、少なくともスカルの言うとおりに視界に入らないのが正解だろう。


 二度目の空の旅も好晴にとっては良好とは言えない。至る所から黒煙が上り、その火元では戦闘が続いていることもあり、その不安は計り知れないものとなっている。


「なんだありゃ……やばくねぇか?」


 外から差し込んだ真っ赤な輝き、それを目にしたスカルがヘリの窓に張り付くようにしてそう言った。


 段々と膨張する火球が東側に生成されている。

 現在位置は島の半分を過ぎてソウら四人が最初に訪れた工事現場付近。


 ヘリ内部では異常を告げる警報と人型モデルから出されるシステムエラーの報告が重なった。


「――ソウ! ベルトを付けろ! 対ショック姿勢だッ……!」


 名前を呼ばれた時には既に行動に移していた。

 どうしたら良いかわかっていない好晴を優先して安全確認を済ませる。


 直後、島の東部で大きな爆発。三人の搭乗するヘリを暴風が襲った。制御を失ったヘリは止まる寸前のコマのようにゆっくりと回転して高度を下げていく。


 このまま墜落すればただでは済まない。


「飛び降りた方が早い……!」

「んな博打みたいなことを要人連れてするんじゃねぇ! 俺がどうにかするからお前も座ってろ!」


 そう言った後、最初にスカルの取った行動は水の入ったペットボトルを開けることだった。


「俺が外に出たら扉を閉じろ! いいな!」

「信じて良いんだな!?」

「たりめぇだ! ここで逃げたら後味が悪いからな!」


 口にペットボトルを加えたスカルがアイコンタクトの後に扉を開く。飛び降りたかと思えば、その下部にある金属製の棒状スキッドに片手で掴まっていた。


 即座に扉を閉めたところでソウはバランスを崩しかけたが、好晴の伸ばした手を掴んで体勢を立て直す。


「選り取り見取りじゃねぇか……!」


 下の状況を見れば工事現場がある。

 高く伸びたクレーンにむき出しの鉄骨と建設途中の工事現場では定番のセットが揃っていた。


 このままヘリで突っ込んでいたら全滅も免れない。


「よしよしよしよし今だ――やべっ……!」


 狙い澄まして手を離せばクレーンから若干外れた方向へスカルは落ちた。危うく自由落下するところを何とか鉄骨に手を届かせるとクレーンが大きく揺れ動く。


 持ち前の頑丈さを活かした常人では為し得ない行動。そこからクレーンを駆け上ると、今の衝撃によって揺られたフックへと飛び移る。今度こそ狙い通りに掴んだスカルは体を使って揺れ幅を大きくしていった。


「最高にスーパーヒーローって気分だッ……!」


 そう言ってから手を離して飛んでいった先にはヘリ上部のプロペラがあった。勢いよく足払いを食らったかのように倒されるスカルはそのままプロペラに掴まる。


 彼の体は切断されるどころか、逆にプロペラの方がひん曲がっていた。その役割を無理矢理阻害されたプロペラは故障する。


「おら曲がれっ……!」


 ヘリの上に乗ったスカルが力尽くでプロペラをねじ曲げて縦にした。それを手すりの棒に見立てて片手で掴む。


 墜落まで秒読みになり、むき出しで一本突き出たままの鉄骨のそばにきた。このまま落ちても鉄骨とは衝突することはなく、ヘリはギリギリ下を抜けるだろう。


 その瞬間をスカルは狙っていた。


 曲げたプロペラのてっぺんを掴んだスカルは鉄骨の上を飛び越える。落下することで全体重の掛かったプロペラがぐんと曲がり、上手くその鉄骨に引っかけた。


「っしゃあ! ……何となるもんだな」


 空になったペットボトルを吐き捨てた後に喜びの声をスカルは上げる。ヘリは暫くゆらゆらとして安定した頃に扉が開かれた。


「失敗したらどうするつもりだったんだ?」


 好晴を抱えたソウは上にいるであろうスカルへ向かって一言声を掛けてから飛び降りる。


 工事中の四階床までの距離はそれ程に高くはない。

 その為、足へと掛かる負担は重力制御で殆ど無いに等しい。


 最初にソウが言ったとおりに飛び降りていれば、流石の重力操作といえど怪我は免れなかっただろう。


 鉄骨から降りてきたスカルがヒーロー気取りで格好付けて着地した。


「信じる者は救われるってな。俺は成功すると思ってたぜ」

「ありがとうございます、助かりました……」


 素で頭を下げてしまった好晴は失態に気づくが、その表情はヘルメットで隠されている。


 それに対して軽く返事をしたスカルはその行動を気にも留めてはいなかった。


「それじゃあさっさと行こうぜ。きっと今の墜落を見て下まで迎えが来てるはずだ」


 そう言いながら四階の高さから飛び降りていく。


「……これも織り込み済みだったのか?」

「――サプライズだ!」


 その間際に聞えたソウの疑問に対してこの上なく素早い返答をした。


「……返事すごい早かったですし、絶対パプニングでしたよね」


 隣にソウしかいないのを良いことに、ヘルメットを少しだけ外した好晴はそれだけ言うと深く被り直して階段から後を追っていく。


 路地を抜けて道路へ出れば、確かに共和国の軍人が車から降りてきていた。


 パワードスーツの軍人が二人。彼らの背負うバックパックから伸びたケーブルにはそれぞれ三機のアンドロイドが繋がっている。


 共和国製の軍用人型ロボのようだ。


「お前は――連邦の……合流は向こうのはずだが」

「見ての通りだ」


 そう言って指し示したのは工事現場から見える墜落したヘリ。軍人は状況を理解してくれたようだが。


「待て、止まれ」


 遅れてやってきた二人を見るや否や軍人たちは銃口を向けてくる。素人の好晴でもわかるこの場合の対応を即座に二人は取った。


 そして両手を上げたままソウが言う。


「人数までは織り込み済みじゃなかったのか?」

「一人は協力者だ。そっちの彼女は――」


 一度好晴に視線を向けた後、考えて出した答えはこうだ。


「そいつのお気に入り、まあ現地妻みたいなもんだ。良くあることだろ? とにかく、この三人でそちらにお邪魔する。問題はないな?」


 上手く取り繕うスカルはそのまま有無を言わせずに携帯端末を軍人の一人に渡す。


「……よし、良いだろう。後ろに乗れ、向こうでは案内に従うように」


 スカルの助力により、これで無事に人工島から脱出することができるだろう。車に乗り込んでそのまま向かったのは島の障壁を管理する施設だ。


 そこには既に何機もの輸送機やら何やらが置かれている。相変わらずに色のない世界なのはニコラの遺子がその中に確認できるからだろう。


 よく見れば残っているのは補給機二つと五人だけのようだ。補給機は先に輸送機の中に移動させられているが、その前では何やら泣いている者に慰めている者、そして怒りを露わにする者などがいた。


 彼女らが輸送機に乗り込み扉が閉じられてから十数秒経過する。その間に車から降りていたソウたちは世界に色が戻って行く瞬間を目撃した。


 気づけば夕暮れ時。だがそれはあくまでも人工島内部に限った話である。空に開かれた穴からは輝く星々と夜空がこちらを覗いてきていた。


 その先で点滅する共和国機の赤いランプが未知の生命の瞳にも思えてしまう。出立の時が来た。好晴に取っては今日が巣立ちの日になる。


「さあ、行こう――」


 変わり果てた島をじっと眺めるのは目に焼き付ける為か。それとも友人たちを想ってのことか。


 別れという実感がここに出て湧き出してしまったのか、好晴は返事をしなかった。


 きっと大丈夫さ、なんてソウに言うことはできない。そんな無責任なことを言うぐらいなら、黙っている方がマシだろう。


「行きましょう――きっと、大丈夫ですから」


 そう信じて、好晴は前へと進んでいった。

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