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第28話 交渉

 銃声が聞えた。それと共に扉の前に並び立っていた好晴が強くソウの手を掴んだ。今まで塞き止められていた感情が溢れ出ているのか、彼女は怯えている。


「本当に良いんだな?」

「……はい、大丈夫です」


 好晴が提案した策の中で一番最初にやるべきことは生存することだった。今まさに望眞幸の役目を担っていた人格者が殺され、直に世界システム七号機も破壊される。


 退路は一つ、地上にはニコラの遺子が、空には S.I.N.共和国の飛行艦隊が待ち構えているはずだ。


 ソウからの情報の共有によって幾つか結論付けた好晴は生存する唯一の方法を実行に移す。繋いでいた手を離して扉を開き、その大部屋で一人取り残されていた男の元へ。


「なんだ、もう顔を隠さなくていいのか?」

「その必要はなくなった」

「へえ、それでそっちは……嬢ちゃんか?」


 片膝立てて座ったままのスカルはその隣にいた少女を見て疑問を抱いた。やけに凜々しいように思って確証を持てなかったらしい。


「いいえ、私は望眞幸ですよ――スカルさん」


 だがそこに転がっている死体はと、疑いの目を向けられるのも当然だ。好晴からはその死体が見えないようにソウが立っている。


 顔は確かに似ているが、声は殺した方に比べて少し柔らかい。それでも恵好晴とは言い切れない雰囲気だと、一先ず答えを保留してスカルは立ち上がる。


「それで、わざわざ悠長に会話をするってことは、何かあるんだろ?」

「あなたと、交渉をしたいんです」


「……交渉か。それはこちらに対して旨みのある内容なんだろうな?」

「――世界システム七号機の破壊はしてもらっても構いません」


 その言葉の意図をすぐに読み取ることはできない。

 スカルは目を鋭くさせ、率直に聞く。


「望眞幸にとって、世界システムプロジェクトの完遂は悲願じゃないのか?」

「確かに、それは理想的なことです。ですがそれよりも、人として誰もが望むべきことがあります」


「……生きる為なら夢すら諦めると? 十年も費やして、あと一歩のとこだってのにか?」

「死んでしまえばそこで終わりですから」


「――だがその先で同じ事を繰り返さないと言い切れるか? それを踏まえた上で両国は望眞幸の死を望んでいる」


「――両国の目論見は理解しているつもりです。それに、私の脳を手中に収められるのなら、それ以上の理想的な結果はないはずです」


 互いに一歩も引かず、言葉に言葉を重ね続けた。

 スカルに比べ、好晴の表情には少しの苦悶が見え隠れしている。二大国家による計画、それを一人で担ったその男。彼がどちらかの国家に肩入れしているのであればと、好晴は希望を伝えた。


「……私は、亡命を望みます」

「それだとあんたに利益があるとは思えないが」


「――ノンゼロサムゲームだ」


 そこでソウが割って入った。

 たった一言の助け船だが、ソウがそれを言ったことに意味がある。彼がそう言ったことで、スカルは耳を貸したのだ。


「利益を得たいという訳じゃないか……事前に聞いていた望眞幸とは随分と印象が違うな」


「真実なんてものは、自分の目で確かめなければ意味がない」

「確かに、そうかもしれないな……」


 腰に手を当てたスカルは暫く考え込んだ。


「……なら、こうしよう。亡命は S.W.O.R.D.連邦にするんだ。今この島に攻撃を仕掛けているのは共和国。世界システム七号機の破壊が完了次第、俺の身柄は一度共和国に引き取られる予定だ。それにお前ら二人も同行しろ。望眞幸に関しては顔を隠せ、そして連邦の迎えが来るまでは民間人の恵好晴と名乗るんだ。異論はないな? これ以上の譲歩はしかねる」


「それで一向に構いません」

「交渉は成立だな――なら、そのケースを渡してくれ」

「破棄するのか?」


 ここまで来て事を荒立てようとは誰も思わない。

 スカルの言う通りにケースを受け渡したソウは尋ねる。


「ここでソイツの本領発揮ってところだ」


 ケースを床に置いて開き、その中から時間遡行装置を取り出すとその場でねじり、青白い輝きがあふれ出す。


 携帯用の端末を取り出したスカルが入力を始めながら世界システム七号機へと近づいていった。


「コイツはテックヴォルト製の特注品、世界システム七号機を破壊する目的で作られた爆弾だ。時間遡行装置っていうのは嘘だったんだよ。お前たち三人が当たり前だと疑いもせずに信じ切っていたお陰でタイムトラベルは実現はしたがな」


 そうネタばらしをしながら七号機のお膝元に爆弾を置き、セッティングを完了する。


「この端末と一定の距離を離れたらカウントダウンが始まる。起爆後はコイツを暴走させてオーバーヒートさせるんだが、これだけの装置が爆発したらこの島もただじゃ済まないだろうな」


「……本当にそんなことが可能なのか?」

「それは歴史が証明している。お前だって知ってるだろ? 全ては織り込み済みだってな」


 二人の元へと戻ってきたスカルは改めて望眞幸を名乗る少女を見た。風貌はやはりどちらとも言えない。

 そこで目に入ったペンダントを指差した。


「それ――それだ、預からせてもらう」

「……どうしてですか?」


「あんたの所有物は何でも危険物に思えちまうんだよ。それにあんたは俺の一存で殺すことだってできる。信頼を得る為だと思って渡すんだ」


「スカル、ただのペンダントだ」


 好晴にとってそれは形見のような物だとソウは認識している。だからどうにか彼女の手元から離さないようにと思った。


「そうかもしれないな。だがそれは自分で確かめたい。スエンフスモデルの受け売りを知ってるか?」

「……わかりました。お預けします」


 スカルの言い分は納得できると、好晴は冷静に判断をして大事そうにペンダントを手渡した。


「ヘリがまだ余ってるだろ? それで第三人工島西部の仮拠点へ向かおう」

「それも全て織り込み済みか?」

「その通りだ。案内してもらえるか?」


 そう言われた好晴は困ってしまった。

 当然だが、この場所へ初めて来た好晴がそんなこと知っている訳がない。突然に思い出すことができたら別ではあるが。


 動揺している様子を見られないようにと背中を見せて無言のまま歩き出す。彼女の歩幅なら時間は稼げるだろうが、意識したことで普段のペースがわからなくなり、結局少しだけ早歩きになってしまう。


 向かった先は、人格者の元だった。

 ソウは一瞬止めようとする。その姿を見せるべきではないと。


「……大丈夫です」


 そう言って血だまりのそばで屈んだ好晴は、人格者の目を隠すようにと手を重ねる。


「…………ありがとう」


 そこで駆けつける人の群れがあった。

 それはテックヴォルト製の人型モデルたち。


 幾つもの足音を耳にした好晴は彼らの元へと先頭を切って歩み寄った。そして先頭の一機が言う。


「眞幸さま、ご無事ですか――」


 口をぽかんと開いたままにそういえばと思い出したのは、初めてその人型モデルと会話をした時のことだ。


 あの一連の流れから情報の更新をまだしていないのには不満が残るが、今の発言に関してはこれ以上にないサポートである。


 好晴は後ろの二人には見えないように小さくガッツポーズをした。


「ヘリの準備をお願いします。後ろのお二人は私の客人です」

「それでは、どちらまで?」

「第三人工島の西部へ。詳しい座標は彼に――」


 そう言ってスカルに手を向けて命を下すと、すぐさま人型モデルたちは行動に移す。


 一時だけ目が合ったソウは静かに頷いて、良くやったと、言葉を交わさずともしっかりと好晴に伝わっていた。


 彼女自身も我ながら上手く立ち回れたと思っていることだろう。


「それでは、行きましょう」

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