第27話 恵好晴
好晴は扉に背を見せて歩き出し、人格者が座っていた椅子へと腰を下ろす。
そして言った。
「ソウさん、わたし……やらなくちゃいけないことが、できちゃったみたいです」
何かを我慢するようにその声は震えていた。
異変に気づいたソウはすぐさま振り返る。
その瞳からは大粒の涙が流れ出ているのに、好晴は目を開いたまま無理矢理に笑顔を作っていた。
「……好晴――」
ある意味でその表情を、感情を見せてくれるのを求めていたのかもしれない。
「教えてくれ、君の願いを」
いつになく優しい声色をしたソウは、跪くように好晴との視線を合わせる。ソウの行動はほとんど罪の意識から生まれたものだ。例えどのような願いであっても、彼に断ることはできないだろう。
「わたしですね、急に、胸が一杯になって、そのせいで二人のお話を全然聞けなかったし、聞いても理解できなかったと思うんですけど、でも、賢くないわたしでも、なんとなくわかるんです」
言語化するのに精一杯のようで、好晴は言葉に詰まりながらもソウに一生懸命に伝えようと思い、口を動かしていく。
「夢を、諦めるのは嫌だって……わたしそんな偉い人じゃないですけど、そんなの可哀想だって、誰に思ったのかわからなくて、でも、きっと誰にでもそうなんだって、だから――」
ただ無言で、好晴を心から励まし応援しようとソウは手を取った。ほとんど無意識にとった行動に、彼自身もまだ気づけないでいる。
それ程までに目の前の少女に強い感情を抱いてしまった。決して恋などではなく、過剰なまでの庇護欲に支配される。
その感覚は以前にも覚えがあった。
「人格者《お母さん》と、そのまた望眞幸《お母さん》の夢を叶えてあげたいんです。それだけじゃなくって、ソウさんの夢も、ユティさんとスエンくんの夢も、スカルさんの夢だって叶えられるのなら――それがわたしの夢なんだって気づいたんです……だから、わたし――」
自ら手を離した好晴は涙を拭って、決意に満ちた表情を見せる。それでもすぐに涙が溜まってしまうが、こぼれ落ちてしまう前に宣言した。
「私は、望眞幸としてこれからの人生を生きて、そしていつの日か、彼女を誰からも愛されるような人にしてみせます。きっとそうなる頃には、誰も不幸にならない世界になってるんじゃないかって――だからその為に、ソウさんの力を貸してください」
突然に見せられたその確固たる意志にソウは驚きを隠せなかった。目の前の少女は本当に恵好晴なのかと疑う程の明確な変化が起きている。
「大丈夫です、私、自分で思ってたより知ってることが沢山あって、なんとなくですけど、こうすればきっと上手くいくんだって思えるので」
「好晴……?」
今度は彼女の方からソウの手を強く掴んで訴えかけてきた。
「私を信じてください。それで、全部余すことなく伝えますから、ちゃんと忘れずに覚えてくださいね? 一回だけしか言いませんよ? 良いですか? 言いますよ?」
念を押すようにそう言うので、ソウは思ったことをそのまま言ってしまう。
「今の君なら、その必要はないんじゃないか?」
すると好晴は何を言っているんだと言いたげな表情で返した。
「知識はあります。アイデアもあります。でも私、そんなに賢くないので忘れちゃうかもしれないじゃないですか? だってみんなそう言ってたし……ソウさんだってね――!」
彼女は別の誰かに変わってしまったのではないかとソウは不安を抱いていた。それこそ、世界システムで構築された人格なのであれば、今までここで繰り広げいた論争から悪影響を受けていたっておかしくはない。
だがそれは杞憂に終わった。
どうやら恵好晴という人間は少し賢くなったことで少々面倒になっただけらしい。むしろこちらの方が作り物らしからず、等身大の少女とも言える。
「私はあまり賢くないのでっ……!」
ずっとそれを根に持っていたのか、好晴は暫くその事について愚痴をこぼし、その様子をソウは微笑ましそうに眺めていた。




