第26話 世界システムの人格者
「望眞幸は、この世界で計画を企てた時にはその末に辿り着く答えを知っていたんだ」
突然に、まるで他人事のように彼女はそう切り出す。
「だから、端からこの計画は失敗させるつもりでいた。その代わりとして、他にやりたいことはないかと書き出したのが、彼女が死ぬまでにやりたいことを記した一枚のメモだった」
好晴の元に近づくと愛おしそうな目を向けて優しく微笑みながら頭を撫で始めた。撫でられる本人も満更ではもなさそうで少し恥ずかしそうに身を任せる。
「その中で、一つだけ黒く塗りつぶされたものがある。それは、誰からも愛される少女になりたいという、最も平凡な願い。だがそれは、決して叶えられないと確信できる理由があった」
目の前でそう語られているというのに、好晴はもう話を聞いていなければ、理解しようという素振りすら見せない。
そんなはずはないと疑ってしまうほどに、作られたような反応にも思える。それではまるで愛玩動物だ。
「望眞幸は歴史に目を付けられてしまった。世界システムというこの世の真理に辿り着いてしまったが故に、純粋だった心は純白のままではいられなくなってしまったんだ」
彼女は哀れむような目をしていた。それは好晴を介して誰かを見つめるように。
「そして望眞幸は得られた結果から、その集大成として人類が追い求めた進化の果てに辿り着いた。無から人間を作りだしたんだよ。正確には人格をね」
好晴の肩を掴むと、くるりと半周させてソウと対面させる。
「その中で最も望眞幸に近かった人格に、全ての役目を押しつけて彼女は事実上の自殺をした。そしてその役目を押しつけられたのが、この私――世界システムの人格者さ」
「……既に、望眞幸が――だが、事実上というのは?」
「肉体だけは殺すことができなかったんだよ。そうして綺麗なままに体が保存されていたのを私は見つけてしまった」
まさか、いやそれはあり得ないとソウは自問自答を心の中で済ませる。
「……ありえない」
それでもその考えは口に出てしまった。
「哀れに思ってね、自分の創造主を。だからこうしたんだ。彼女が黒く塗りつぶした願いを叶えてやろうと……そしてこの子が生まれた。彼女は望眞幸の追い求めた偶像――恵好晴もまた、世界システムによって構築された人格という固有世界観にすぎない」
「――だが……! 固有世界観は、世界エネルギーがなければ維持することはできないはずだ。ありえない、不可能だ……!」
ソウは否定する、今までになく声を上げて。
そこでしまったと思いすぐに言いつくろう。
「違うんだ、好晴――君は……!」
「焦る必要はない。恵好晴はそんなに賢くないよ」
「ん……? いまわたしのこと馬鹿にしましたか?」
「ほら、この子は話を聞いてすらいない、というよりかは恵好晴である以上は聞えないようになっているんだ。だから君が心配したようにはならない」
そう告げられることでソウは胸をなで下ろした。
心底安心したのだと、その表情と溜息から伝わってくる。
そこで熱くなっていたソウはクールダウンする機会を与えられた。冷静になることができて、思考も鈍ることはなくなったことでやはりと疑問が浮かんでしまう。
「世界エネルギーはこの島の全てに満たされているのか?」
「その通りだ」
「……だが、七機ある世界システムは単体では理論上充分に満たすことはできないと、そう語り、各国家に証明までさせたのは君だろう? そして世界をエネルギーで満たすための方法が、発端である世界システム計画のはずだ」
「その通りだ」
全てに肯定されるがそれでは矛盾が生じる。
世界システム計画は完遂されてはいないし、彼女は失敗させるとも言っていた。
ならばならばと堂々巡りをするかと思えば、ソウは気づきを得てしまう。
「…………あの装置は一体なんだ?」
「あれのことか? あれは望眞幸が作ったオブジェクトだよ。私の為に作られた贈り物なんだ。綺麗だろ? 気に入っているんだ」
「……世界エネルギーとは、一体なんだ?」
「望眞幸が真理を独占し、その上で実用可能な状態にする為に定めた概念だ。まんまと騙された人類諸君は私の言葉を鵜呑みにして、上澄みだけを分け与えられたというのに気づきもしない」
「……この世界は、初めからエネルギーで満たされていたのか?」
「その通りだ。あり得ないと決めつけたのが我々人類の祖先であり、そしてそれがこの世界の常識、世界観として定まった。それは同時に、高度な知能を持ち思考する生命体が人類以外には存在しなかったという証明にもなる。残念なことだよ」
反論をする術を全て失い、言い負かされたソウは遂に諦めた。辿り着いてしまったこの世の真理を前にして、全てを言われたがままに納得してしまう。
「……どうして、こんな結果になったんだ?」
「私が望眞幸を襲名した後に時間という曖昧だった概念に解を定めたからだ。真理を独占し、思うがままに、世界の常識を上書きした。全ては彼女の願いを成就させる為に」
「……なら、人格者としての君の理想はなんだ? このままじゃ、君は死ぬんだぞ?」
全てを納得した上で浮かび上がる最後の疑問。
それはこの世の生命にとって最も優先されるべき課題だ。望眞幸として役目を全うする彼女は、初めからそれを受け入れているようだった。
「それを語るにはまずどこからが私で、どこまでが望眞幸であったのかを教える必要がある。世界システムをこの世に見出し、オートヴィリバ人工島群を完成されるまでが望眞幸本人だ。その後、望眞幸の役目を託された私が生まれ、世界システムについてを世界に公表するに至る」
それは紙一枚の原稿用紙に記された台本のことだ。
それが世界システムの人格者である彼女にとって、最初の望眞幸としての務めだった。
「あの原稿を書いたのは私だ。その頃には既に望眞幸は自殺していたから、正真正銘の私の理想だった。私の掲げた理想というものは、人類が到達するべき一種の終着点だ。それを停滞と解釈するのは人類の愚かさ故、致し方のないことだろう」
彼女はいま起きてしまっている出来事を踏まえてそう諦観する。
「環境問題、自然災害、不治の病、そして戦争。それらの問題を解決することはあくまでも理想であり、実現してはならないんだ」
身につけていたペンダントを外して抱きしめるような形で好晴の首に飾った。卵形のそれは世界システム七号機が放っていた輝きに酷似している。
一つの小さな宇宙のようで、好晴はそれを両手で大切に包み込むと悲しそうに見つめた。好晴をその場に置いていき、彼女は部屋の扉の前まで歩くと背中を向けたまま振り返らない。
「環境が汚染されるから、災害が起きるから、病を患うから、争いが起きるからこそ、我々人類の文明社会は成立する」
それはどこまでも現実主義な意見だった。
そしてその答えこそが、望眞幸の暗殺と世界システム七号機の破壊を決行した二大国家の考え方なのだろう。
「知っての通りに、私の理想は叶わず終わる。ネタバレを喰らったからね。だから別の理想を教えよう」
振り返ると優しく朗らかな表情のままソウを見つめ、託すように言った。
「私の今の願いは、我が子の理想を叶えることだ。その為ならば死んだって構わない。だからキミに、その子のことを任せたいと思っている。私のことは諦めろ、やるべき事が欲しいのなら、新たな役目としてそれを成せばいい」
そして彼女は返事を待たずに扉を開いて去ろうとする。余りにも卑怯な方法で、呪いになりかねないことを言い残して。
ソウは好晴が何も言おうともしないのに耐えかねて、望まれてもいないのに止めようとした。だが肝心の言葉が思いつかず、悩んだ末に言い放つ。
「他に何か、言うべきことはないのか? 言い残したことは?」
ソウの問いに対して可笑しそうに笑った彼女は、顔だけを少し二人に見せた。
「なら最期に、私たちが一番嫌いなことを教えて上げよう」
それが最期の言葉なのかと呆れるほどに、捻くれたことを彼女は告げる。
「私たちは同じ事を繰り返すのが何よりも嫌なんだ。そう、何事にもね――」
彼女は死を選んだ。彼女が生存を望んでいたのなら結果は変わっていたのかもしれない。
最期に見た彼女の背中を、未だに求めていたのはソウだった。




