第24話 空色の瞳
窓ガラスを突き破ってソウが侵入すると同時に、屋上へと繋がる階段から六脚の警備機による拘束攻撃がスカルを襲う。
そのアームは確かに体を捉えていたが、すぐに体内から押し出される様子を六脚のカメラを共有するスエンが目撃した。
『対人を想定していたら仕留めきれることはなさそうですね……』
エレベーターが閉じ、点滅する数字が一つ下がったのに合せて円盤型の警備機が射撃開始。
普通ならば頭すら出せない状況だが、スカルは迷わずに立ち上がり近づいてくる。左手を前に出し、そこに自動小銃を固定して白い戦闘服を身につけたソウを狙った。
「いい加減にしつこいぜ! 諦めたらどうだ?」
遅れて援護にやってきたのはスエンが生成したキューブの群れ。ソウの前でホログラムが生成され盾となった。
「スエン、ホログラムの生成を利用した物質の切断はできるか?」
『流石にそこまで万能じゃないです。同じ要領で拘束はできますけど、動く相手だと囲った方が早いですね』
「ならそれでいこう」
ソウの言葉通りに動き出すキューブたちはスカルの四方八方に広がり始める。そのキューブを正確に狙い当て妨害をするが、流石にその数を捌ききることは叶わない。
「おいおい、俺はモルモットじゃねぇぞ?」
スカルは諦めたのか持っていた銃を後ろに放り投げる。為す術無しと言わんばかりに両手を広げたスカルはそんな状況に陥っても相変わらずの調子だった。
「ドローンを全て、あの中で自爆させてくれ。火力を上げた場合の状態を知りたい」
腕を組んだまま非人道的な検証内容を淡々と口にする。ソウの中ではその程度でスカルが死ぬことはないのだろうという確信があった。だから以前に比べて気が楽だと感じている。
冷静に自分を分析すれば狂っているとしか言い様がない心情だろう。殺したいのか、殺したくないのか。
自分でもそれが分からないままに、今まで敵に対してやってきたことをスカルに行う。
高重力ホログラムにより六つの正六面体ブロックが生み出された。中央にスカルを置いて前後左右に頭上含めて十字を造り出す。中身のない空いたブロックにはそれぞれ警備機が待機した。
それぞれの境目が無くなった瞬間に中央のブロックへとホログラムが凝縮されて正六面体は一つとなる。
激突と共に爆散、黒煙に満たされて中の状況は分からなくなった。ホログラムの上部だけが天井へ伸びてそのまま煙を吸わせれば、段々と薄れて中の様子が見えるほどに。
「消えた……?」
床が抜けた訳でもなければ、スカルだったものが散らばっている訳でもない。完全に消えている。元々そこには存在しなかったかのように。
「脱出マジック大成功だな――!」
その声は突然キッチンの方向から聞えてきた。
警報やら銃声で生活音なんて聞える訳がない。
いつの間にかにジョッキを手に持っていたスカルが姿を見せる。それに至るまでの行動は何一つ見ることができなかった。
「分析のほどはどうだ? ……ソウ――」
ジョッキ一杯に入った冷水を一気飲みして氷をほおばりながら突きつける。
「お前、時間遡行しただろ? それで俺を襲う当たり、任務は上手くいかなかったみたいだな」
その言葉の途中に背後からも声が聞えてきたかと思えば、ソファに座ってリラックスしているスカルがいた。
「歴史の修正力ってやつだろうよ。俺を殺せないのもその所為さ……きっとな」
ソウの周辺に次から次へとスカルが現れる。
かと思えば姿を消して、また別の場所で姿を見せた。ソウが刀を抜いて構えた時、ジョッキが投げ込まれる。
「っ……!」
気配を感じて切り下ろしたのはそのジョッキ。
「――諦めろ、ソウ」
振り向きざまに刀を振るったが、鬱陶しいと思うほどに沢山いたスカルの影が微塵もない。まるで今まで見ていたもの全てが幻視だったかのうように。
それでも確かに、何かに刀身を掴まれている。
全ては嘘偽りのない現実なのだと、それを思い知らせるように刀を掴んだ手の方からジワジワとスカルが姿を現わした。
「貧乏くじを自分で引いちまったのはお前だ。諦めて、いっそ運命の赴くままに身を委ねろ」
「……断るッ――!」
そう言い放って刀を勢いよく引けば、肉を断ったような感触が確かにあった。今までとは異なる結果。斬られた手には傷があり、そこからは血液ではなく水が漏れ出している。
だが今のソウにそこから何か糸口を見出すほどの冷静さはなかった。
『ソウさん、こっちの準備は整いました! いつでもタワーへ迎えますがどうしますか?』
スエンからの通信は耳に入っていたが、ソウは答えずにスカルをただ睨んでいる。互いに動く気配はない。だが、下ろされた手から漏れ出している水滴が不自然に移動していた。
その時、窓の外で何かが落下するのが見える。
「っ――おい、なんだ……!?」
それは六脚の警備機だった。
落っこちてきたかと思えばアームを射出してスカルの腰へと命中させる。
前脚二本を限界まで伸ばしたものの、塀を掴みきれずにそのまま更に落ちていった。それによってくの字で吹き飛ぶようにスカルは引っ張られていく。
『――ソウさん戻ってください! 倒せないなら引き離せば良い! 敵は一人です!』
はっと、その言葉を聞いたソウは刀を収め急いで屋上へと向かった。スカルを殺さずに、望眞幸を救うことができるのならそれに越したことはない。
「急いで――!」
スエンの手を掴んでヘリに乗り込む。
操縦席側にある座椅子の中央に好晴が座って待っていた。それと向かい合うように座ったソウはヘルメットを外して息をつく。
離陸後も好晴は強張ったように整った姿勢で固まっていた。空の旅が初めてならば無理もないのかもしれない。少しばかりの疲れを露わにしたソウはうな垂れるようにして頭の中を整理する。
「ソウさん、どうしても聞いておきたいことがあるんですが」
前触れもなくそう尋ねたのはスエンだった。
「どうした?」
「その……ソウさんにとって、スカルさんはどのような存在なんですか?」
流石情報のプロと言うべきなのか、それとも野暮ったいと突き放すべきか。的確に弱いところを突かれ、ソウは結局顔を逸らすことしかできない。
「僕はこの任務が始まってからあなたという人間を知っていきました。冷静沈着なのだと、そう思った矢先に感情の起伏が初めて見えて、それも敵としてスカルさんと対面した時だけに見受けられた」
ただ分析の結果を黙りこくって聞いていた。
それはソウだけでなく、好晴も同じだ。
早くこの時間が終わってほしいと思うほどに、空気は重々しく感じられる。
「あなたはきっと天秤に掛けられているんでしょう。あなたの人生を左右するほどのことなのかもしれません。でも、それは僕たちにとって芳しくない」
言い進めるほどに逃げ場はなくなっていく。
ソウの答え次第ではこの場で戦闘になってもおかしくはない。最悪墜落を想定したのであれば機械であるスエンに利がある。
機械化が進んでいるとはいえ生身のソウは不利だ。
何よりも護らなければならない人もいる。
それは本人も良く理解していることだろう。
この問題は、はっきりとしなければならないのだと。
「教えるよ……俺にとって、あいつがなんなのか――」
俯いたままに、ソウは観念したのか切り出した。
「連邦西部、ネルーファが統治するその土地は広大な農地と牧場しかない田舎だと知られている。だがそれは表向きで、その土地の地下には連邦初の世界システムに纏わる研究所が作られていた。今はもう解体されているだろうがな」
手を祈るように組んで、ソウは告白する。
「俺はそこで養殖された世界初のニコラの遺子。そしてあいつは、そこから俺を連れ出してくれた――俺にとって唯一無二の、ヒーローなんだ」
明かされたソウの過去、スエンはなるほどと呟いた。
「……少なくとも僕たちにとって彼は共通の敵です。必ずしもあなたが排除しなければという訳ではありません。せめて、敵に加担しないことを祈ります」
邪魔をするなら容赦はしない。その考え方は姉とそっくりだった。この二人の任務は同じスタート地点でもゴールが違う。
世界システム七号機の防衛と望眞幸の保護。
それぞれ目的が果たせるのであれば、細かいことがどうであろうと問題はないはずだ。
タワー上層のヘリポートに着陸すると、第三人工島からタワーへと繋がる大橋で黒い龍に見紛う何かが天にまで昇り始めた。その正体はユティが生み出した高重力ホログラム、長槍の束だ。
ヘリから降りてタワー内部へと繋がるゲートへ向かい、そのすぐ横にあった端末にスエンが手を当てながら言った。
「ヘルメットはいいんですか?」
「もう顔を隠す必要はない。それに情報は直接得るに限るからな」
お得意のクラッキングで生体反応を探しだし、セキュリティを支配することで廊下の幾つかを閉鎖。ソウと好晴の進むべき道を一本に絞ってから手を離す。
「タワー内部の生体反応は一つ。その判別はかなり特殊な方法のようですが、恐らくその一人が望眞幸なんだと思います。ルートの分岐はありません、ただ前に進めば難なく辿り着けます」
「悪いな、何から何まで」
「構いません。僕たちは互いに、課せられた役目を果たすだけですから」
「……俺はユティの言葉がなければここにはいなかった。仇で返すつもりはない」
「なら、せめて姉の期待にだけは応えてください。じゃないと後が怖いですよ」
スエンが言うのだから冗談ではないのだろう。
肝に銘じたソウは好晴を引き連れて開かれたゲートを抜けていった。二人を見送るスエンだが、最後に見えた好晴の様子が自然と目についたのに気づく。
ヘルメットで顔は見えていなかったが、彼女の視線が動く時は大抵頭も連動していた覚えがあった。そのことから考えると好晴のヘリでの様子は緊張していたように思える。
それに関しての解釈は様々だろう。気にしすぎだと一蹴りすることも可能だ。ただ、ついさっきの様子から判断するに何かを警戒しているように思えてしまった。
島中の警備機を管理するコンピュータのクラッキングと、これから起きるであろう惨劇をまとめた情報の伝達。
それ以外にも様々なことを同時に熟していたスエンは、近辺で起きていた些細な変化には目を留めようとすらしなかった。
ここは安全なのだと、機械にはない人間的なバイアスによって近すぎたが故に見失っている。
「ご苦労さん――」
その声は既にゲートの先へと向かっていた。
不気味に、姿のない何者かの足音と共に。




