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第2話 五道外より

※第16話と第17話の間となる物語を先行して公開しています。


   ◇◆◆◆◇


 夕陽に見紛みまが暖色だんしょくが街を彩っていた。

 あれは炎に違いない。そう思わせたのは二人の頭上がまだ青くんでいたから。


 西の空が灰色に染まるほどの大火災が起きているのかもしれない。そこまでは視界に映る情報から予想はできる。


 だが、どうしても理解できないことがあった。

 明確な違和感がその景色にはあったのだ。


 五つの人工島の中央にある白く巨大なタワーより、湾上越えて第三人工島へ。


 テックヴォルト製の大型バイクを操縦する青年に一人の少女が必死にしがみつくようにしていた。


「ソウさん! あれって――街がっ!」

「ニコラの遺子が世界観を上書きしたんだ、避けては通れないだろう」


「ど、どういう原理!? どうするんですかっ!?」

好晴よはるはどうすれば良いと思う?」


 黒い戦闘服を着た青年と、デートにでも行くかのような淡い桃色と白の上品な衣服に着られているその少女。焦った素振りすら見せないソウに問われ、対照的な態度で好晴よはるは答えた。


「よくわかんないですけど飛ばして突っ込めばいいんじゃないですか!?」

「ならそれにしよう。上手くいけば敵を轢くことで戦力を削げるかもしれない」


「えっ――あ、うそうそ! 嘘でーす! 撤回っ! 安全に行きましょう! というかソウさんが決めてくださいよわたし素人ですよ!? 普通の女子高生なんですけど!?」


「冗談さ、少しは気が楽になったか?」

「わたしの気を緩める前に速度を緩めてっ!? 曲がれるんですか? この速度で道を曲がれるんですか!?」


 あっという間に大きな橋を渡りきり彩りを失った街へ。そこで二人は世界に残された色が赤に近いものと肌の色だけと気づかされる。


「しっかり掴まるんだ、ケースから手を離してくれ」

「どっち優先ですか!? わたしシングルタスクなんですっ!」


 どうやら好晴よはるは空気抵抗で引き剥がされないように体をくっつけるので精一杯の様子だ。それでもソウの体を掴んだ先で握っていたケースから手を離す。


「カテゴリースリーの投入、殲滅が狙いか……」


 ソウの視線の先にはぽつんと人の影が見えていた。

 それとぶつかるよりも早くに体勢を整え、好晴よはるがオーダーを完了し安堵する頃には二人の体が宙に浮かんでいる。


 好晴よはるを担ぎ上げたソウはバイクを進路の直線上に乗り捨てて高く飛んでいた。


 それとほぼ同時に前方にいた人物をバイクが襲う。

 結末を見届けずとも耳障りな音が聞えていた。


「もう一度ケースを持ってくれ。あの路地をここから百メートル進んだ先で待機だ。敵は決まった間隔を開けて索敵しているから心配はいらない。できるな?」


「あれケースいつの間に……あ、バイク真っ二つじゃないですか! あれ、わたし地上にいます、どうして?」


 バイクと同じくテックヴォルト製の戦闘服に備えられた技術により、強い衝撃が予想される場合は自動的に重力制御が僅かな間だけ発生する。それによって着地時の衝撃は大きく軽減されていた。


 好晴よはるは降ろされた後、数秒間の記憶が飛んでいるようで状況を把握できていないようだ。その後も何も理解できないままに背中を押されて路地へと向かう。


 進路だった方向へ視線を戻せば、その先でバイクをいなし一刀両断した人物がそれを不思議そうに眺め、首を傾げているのが判る。


 何を物珍しがっているのか、その答えは彼女の言葉を耳にすれば誰でも気づけることだ。


「燃え上がるということは血が流れている……? 以前にも似たようなことがありましたけど、人間、ということなのでしょうか? ――え? 違う? あれは乗り物?」


 誰かと会話をするように意味不明なことを口にするので、一瞬だけ彼女を理解するのにソウは遅れてしまう。


 見えている世界がそもそも違うのだ。


 目が隠れるほどに長いその黒髪を邪魔にならないようにと、ひとまとまりに結ったその女。暗く紅い戦闘服、そのうなじの辺りからは長いケーブルのようなものが遙か道の先にまで続いており、海にたゆたうように緩やかに揺られて浮かんでいる。


 右の手には黒い刀身を持つ刀型の武装を握り締め、左の手には息絶え絶えの男が掴まれていた。


「はあ……この世もまた、斬るほどに鬼が生まれるのですね――」


 拳銃とナイフを抜いたソウを横目に、女は刀の切っ先を男の口に入れる。ゆっくりと、じっくりと、男を鞘に見立てたかのようにして刀を納めていった。


 血に溺れもがく男の最期。ひたひたと満たされた血液を刀身にたっぷりと付けてから引き抜いていく。


 ソウは血飛沫が上がるのだろうと思っていた。

 だが、それよりも先に男の体が発火する。


 一拍置いて吹き上がったのは火の粉だった。

 それはまるで花火のようで、途絶えると共に命の儚さを知らせる。


 火だるまの鞘から引き抜かれた刀身は物の見事に燃え上がる炎の刃と化していた。女は頬を火照らせて、惚けたような表情で男の死骸を見下ろす。


「ああ、なんて色気のある焔なのでしょう……」


 今見ている世界には燃えさかるべにと人肌の色以外にはない。それは彼女が生きてきた世界では当たり前だった。


五道外曼荼羅ふるさとに比べ、やはりこちらの人々は健康的で勢いも段違いですね……」


 世界システムにより常識を上書きした固有世界観。


 この世にその二つしか色彩がないのであれば、紅に惹かれ強く刺激されるのは必然なのだろうか。


「随分と悠長だな。だが、お陰で簡単な考察はできたよ」


 ソウは左手の手袋を外して親指をナイフで少し切った。そしてその親指でナイフの腹をなぞっていく。


「目には目をってやつだ――」


 例の如く、ナイフに付着した血液だけが面白いほどに燃え上がった。それは血液の所有者から離れることが発火の条件であるということ。


 そしてもう一つの条件。

 血液の所有者が死亡し、所有権が放棄された場合だ。


 対ニコラの遺子特殊戦闘部隊に所属していた彼はそう結論を出す。


「君のその世界観、利用させてもらうぞ」

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