第19話 前哨戦
ユティはスエンの案内に従いタワー上層のヘリポートへと向かっていた。そこに一機だけ置かれていた白い航空機はクラッキングにより操縦権は得ている。
プロペラは既に回っていて、待機していたスエンは手を伸ばした。出された手を掴みユティが乗り込むとすぐに発進。二人はソウたちに遅れて第三人工島を目指す。
「――状況報告!」
「第二、第四人工島に繋がる橋の封鎖は完了。各島から警備機が向かってるから何とかなった。新型たちもクラッキングなしで僕の情報を元に行動してくれてるから、少なくとも子どもの死者はまだ出てない」
「敵の残りは?」
「二人無力化に成功してる。一人は数の暴力で、もう一人は映像にないからたぶんソウさん」
「へえ、流石は専門家ってところね」
座席に腰掛けたユティはそう感心する。
自分の聞きたい情報を聞き出した後は無言でいた。
対してスエンは祈るように手を組んで何やら考え込んでいるようだった。それを気に掛けたユティがチラリと視線を向けると目が合い、スエンは顔を上げる。
「……僕たちは受ける任務の都合上、ニコラの遺子に出会うことはなかったから、正直一人やれるかどうかだと思ってる」
「私が負けるって言いたいわけ?」
「ニコラの遺子との戦いでは情報がゼロからのスタートで当たり前、今までとは違う……全てがアドリブ、しかも相手はこっちに対応しようと思考するんだ」
「暴走した機械やテロリストの大半だって似たようなものだった。今回はそれに足して超常現象をひっさげてるってだけのことでしょ? あんたは心配性なのよ」
「……僕は臆病だから、常に最悪のことを考えてるだけだよ。それに、僕たちには痛みがないわけじゃない。それが原因で精神がおかしくなった人だっている」
「そんな特例どうだっていいけど。……でもまあ、あんたのことは頼りにしてるから、そうならない為にも全力でサポートしなさい」
大橋を越えてそのまま進めば、道路の真ん中に人影が見えた。膝をついているように見える。近くでは消火栓から水が噴き出しているようだ。
「あれね――じゃ、行ってくるから」
「行ってらっしゃい……くれぐれも気をつけて」
その返事を聞いて微笑んだ後、ユティは一つの深呼吸で気持ちを切り替え、一歩前へと踏み出した。
見えた人影の真上からの降下。片手で槍を強く握って頭上からの一撃を狙う。
落下するほどに地上の様子が判った。
紅い戦闘服を着た黒く短い髪の女。
女のすぐ横には刀がある。置いたのではなく、手からこぼれ落ちたように思える。やはり女は膝をついていた。そして動かずに、ただ一点を見つめている。
その視線の先にあるのは人のような形をした何かだった。直感か、何か異変に気づいた女は空を見上げる。
「っ――!?」
ようやく迫り来る刺客に気づいたらしく、片膝を立てるまでには至ったが完全に対応に遅れてしまう。
そして女は目を見開いたまま串刺しになった。
「同胞の死に慣れていなかったのね」
槍を突き刺したままに数歩進んでから引き抜いていく。仰向けに倒れた女は発火を始めた。ユティの握る槍にも炎がまとわりつく。
「熱っ……!? ちょっと何よこれっ!」
慌てて地面に槍を置いて消火しようとすれば、血液が洗い流されると共に火は収まった。血で濁った水はその色が薄れるまでは燃えたままで流れていく。
「ほんと意味分かんない……! ニコラの遺子の相手なんてこれっきりにするわ……!」
『――姉さん、前っ……!』
「今度は何よっ……!」
燃え上がる女のうなじからケーブルが自動的に外れ、一気に引き寄せられていく。目でそれを追えば、その先からは何かで塞いだようにこもった高めの女性の声が迫ってきているのが判った。
それは電球のような巨大な物体である。
かなりのスピードを出していて、その行く道を阻む乗り捨てられた車を押し退け吹き飛ばしながら一直線に距離を詰めてきていた。
「誰よあんなおかしな兵器作ったの……!」
悪態をつきながらもユティは擬人世界システムとも呼称される電球型補給機と真っ正面からぶつかる選択肢を選んだ。傘は開かれ、高重力場指定生成ホログラムにより黒く分厚い層が生み出される。
「スエン! 全力で迎え撃つわよ!」
『――わかった!』
上空で待機していたスエンが手袋を外し、両手を前に伸ばすと大量の金属キューブが手中より生み出された。
それはソウがクラッキングの際に使っていた拳銃、その弾丸と全く同じ物。自由落下の後、それぞれが意志を持ったように動き始めてユティの周辺に散らばった。
『衝撃吸収構成! 固定開始!』
傘から生成されるホログラムを補強するようにキューブが移動。一層、二層と前へ前へと重ねていき、同じ大きさ計十二層の傘が衝撃に備える。
だが、片腕の機能が停止しているユティではただ押し込まれて受けきることはできないだろう。
それを補う為にも左右で均等に移動したキューブが傘の本体から生み出されるホログラムと結合していき、台座のような形状となって地面に固定された。
『――射出用意!』
左右にレールが引かれ後ろへと伸び、その先で傘を押し出す役割を担う立方体が構築される。組み上げられたのは超大型弩砲、いわゆるバリスタのような物。
それでも今回の使用用途に限っては、別のロマンある兵器に近い運用方となるだろう。傘の持ち手に指だけを添え、ユティは合図を出すタイミングを図る。
「――セット!」
先頭のホログラムと衝突した瞬間、透明に近い波紋が広がった。体に響き痺れる程の衝突音、十二層の傘はあっという間に押し込まれ補給機は目前に。
ずしんと傘の本体で受け止める直前にユティは声を張り上げた。
「――打ち込めッ……!」
手を上げ離れた瞬間に傘の形状が変化。
貫通力を高めた円錐型に本体が変わると十二層の全てがそれに習い、杭は打たれる。
押し返すことはできたがガラス球は無傷。
ケーブル二本が別々の方向へと飛んで建物に突き刺さる。そこで固定されると補給機はもう一度勢いを付けて突進を仕掛けてきた。
対抗するために傘を開いてそれ受け止める。
鉄を切るような騒音が続き、ホログラムが歪み始めた。
『姉さん、敵の増援が来た!』
スエンからの通信を聞いた後、すぐに槍を握って応答する。
「――数は!」
『一人だ! ホログラムを崩して分断しよう!』
「それよりもなんでコイツはこんなに硬いわけっ……!?」
『もう無理だ! この作戦は失敗、これだけやってダメならソイツは後回しにしよう!』
「分かったわ! 距離を取るから足場!」
後方で立方体を形成していたキューブが足場となり、その上にユティが乗ると魔法の絨毯のようにユティを大橋の入り口まで持っていく。
それに反応して補給機から伸びていたケーブルが建物から引き抜かれ、ユティを捕らえようと追いかけてきた。
「――足場を斜めに!」
指示通りにホログラムが動くことでケーブルの攻撃を受け止めた際に吹き飛ばされずに踏ん張ることができる。
一点に集中した二本のケーブルは貫通力を高めようとねじり束ねられた。
『そのまま! 囲って止める……!』
そのケーブルを更に追いかけてきたキューブがホログラムを生成しながら遅れてユティの元まで辿り着く。
傘から生成されるホログラムと結合され、傘を閉じれば筒状のホログラムが完成。それに阻まれたケーブルは突破できずに巻き戻されていった。
「ナイス! よくやったわ!」
余裕を持って視野を確保したユティはケーブルと入れ替わりでやってきた人影を凝視する。鬼のような形相で睨み返してきたのは黒い髪を一本に束ねる紅い戦闘服を着た女。
ユティを見るや否や、ケーブルを引っこ抜いて加速する。一瞬視線が別の場所に動いたのは燃え上がる仲間を見つけてしまったからか。
スエンが操るホログラムの壁に妨害されるも軽々飛び越え、或いは蹴り上がり目にも留まらぬ速さで残されていた刀を拾い上げる。二本の刀を握りしめ怒りにまかせて叫んだ。
「逃がさないッ……!」
「あら、探さなくて済んだわね」
ユティラ、そう名付けたのはエラボライトデザインの産みの親であり、社名、そして土地の名前にまでされた男、ニムハルバ本人である。
人は彼を皮肉屋と呼び、或いはデカイ子どもと罵った。その名にそぐわぬ言動と行動を良く取っていたという。
数あるエラボライトの名もまた、彼の皮肉によって付けられたものだ。ユティラという名に彼は忠義という言葉を込めたとか。
結果は皮肉通りに、ユティラモデルの任務放棄率は群を抜いている。酷い時には敵も味方もあったもんじゃない。
忠義の証明、それと相反する行動を取る麗しの古き令嬢。人は彼女を傍若無人と蔑んだ。
だがそれは視点の違いにすぎない。
彼女の行動原理を理解したのならば、その汚名は必ず払拭されるだろう。
「穿ち、砕き、差し挟む――」
国家最重要機密とされ、ユティラ本人すら知らない情報がある。
ニムハルバ=ユティラとは、安い傭兵アンドロイドの製品名ではない。それはニコラの遺子の中でも最高位に位置する存在。
「今度はこっちの世界観、存分に堪能させてあげるッ……!」
原理不明の超常現象とされるカテゴリーファイブの名である。
「っ……!?」
ユティが槍で地面を叩けば、周辺に黒い靄が現れた。それは段々と確かな形を与えられ、竜巻のように渦巻いて昇り上がると空に広がる。その現象を警戒した女は一度ブレーキを掛けて立ち止まり、空模様を確かめた。
「この世はまだ、知らぬことばかり――」
空から降り注ごうとしているのは真っ黒な槍の雨。
その光景を見た瞬間、目の前の存在に勝てる見込みは万に一つもないと悟った。
相変わらずに空は灰色で、それ以外の色なんてない。もう少し来るのが早ければ、何処かへ隠れてしまったあの見知らぬ色の空を仲間たちと拝めたのだろうか。
そう思い耽って浮かんだのは仲間たちの顔。
走馬灯なのだろうと、女は覚悟を決めた。
「どうせ死ぬなら、足掻いてやるッ……!」
再び走り出す女は声を張り上げて叫び続けた。
降り注ぐ槍の雨を切り払い、いなし、避けては駆け抜ける。体中に切り傷が残り、心臓と頭だけは守り抜き、死に物狂いで一点を目指した。
「……拍子抜けね――」
あと一歩の所まで迫ったその女はユティの前で斬りかかる素振りを見せる。それに釣られ槍で真っ直ぐに突いてきたのを見てから、飛び上がって二本の刀で抑え込んだ。
勢いに任せながら体を捻り、距離を詰め切って体を反る。意表を突いた行動、狙ったはその首一つだけ。
後先を考えないからこそできる芸当ならば、命に届くと女は信じていた。
だだ、相手が悪かった。
相性の問題だけはどうしようとも覆せない。
「そんなっ――!?」
槍の形状が変わり、傘が開かれれば女の目の前に壁ができる。あと少しだったのに、押し退けられた女は無防備な状態で跳ね返されてしまった。
そしてその隙を見逃さずに空から槍が降り注ぐ。
串刺しは免れない。それでも女は急所だけはと刀を振るった。
「っ……ぐ――っ……やっぱり、駄目……だった……」
左腕の感覚がなくなり拾った仲間の刀がこぼれ落ちる。意識が朦朧とする中で女はそう弱音を零した。
赤い雫はてんてんと滴る度に燃え上がっては消えていく。
その時、遠く道の先から狂ったような女の悲鳴が耳を突いた。スエンが何とか食い止めていた補給機、それから生み出された音だとすぐに判る。
持て余されたケーブルの三本は鞭のようにしなり周辺を無造作に破壊し始めていた。ガラス球の中にある薄桃色の球体は震え膨張している。
そしてその悲鳴が途絶える共に、破裂した球体によってガラスの中身は真っ赤に染まった。
「自傷、開始――ッ!」
そのワードに反応して、紅い戦闘服の技術は女の体を更に傷つけ始める。体中から血液が漏れ出して、女は右手に握った刀を首元に添えた。
その手に一切の震えはなく、己の首を切る間際、ただ討ち取るべき相手を見据える。
女の首から火の粉が花火のように吹き荒れると共に、奥で補給機のガラス球が割れた。
漏れ出した真っ赤な液体が炎の波となって広がり、街を炎で飲み込み始める。例えその一帯が水浸しだろうとも、その量の赤を透明な水で薄めきれる訳がない。
そしてその濁った水は下へと流れていく。
『そんな、炎が波のように――ダメだ、このままじゃまずいっ……!』
「何がまずいのか言って! 対応するから!」
『――近くに一つ避難所があるんだ! 入り口の守りは固めるけど小さい隙間まで封鎖した訳じゃない! 今ですら漏水してるはずなのに、あんなものが流れ込んだら……!』
「っ……なら私は何をすれば良い!? 対応するから言って……!」
『姉さんじゃ間に合わない! 僕が何とかする……! だから姉さんは先に――』
炎の波がユティの足下にまで届いたその時、まだ息のあった女が穏やかに言った。
「紅華流、七代目ヨウド……今、参ります――」
体が脱力して刀が地面に落とされる。
水の跳ねるその音の後に、女の体が何よりも赤く輝いた。
その身に付けられた傷の数だけ光の線は生み出され、周辺の炎が女の元へと吸い込まれていく。
「まさか――自爆じゃないでしょうね……!」
「アレは絶対にやばい――避難所がまずい――この際、僕はどうなってもいいっ……!」
女を核として生み出された巨大な火球に、補給機から漏れ出した大量の炎。爆発を抑えるにしても予想される衝撃を防ぎきることは不可能だ。
流れゆく炎を止めるにも範囲が広すぎる。
ならば街への被害には目を瞑って避難所へ先回りすれば濁った水を塞き止められるはずだ。
だがそれでは爆発の被害によって地下自体が崩落する可能性がある。考えられる中で最も良い選択を探すスエンだが、流石に姉の身を守るほどの余裕はない。
『姉さん今すぐ身を守って――っ!?』
大きさを増す火球によって暴風と電磁波が生み出される。その影響をもろに喰らい、スエンの乗るヘリは制御が効かなくなった。
炎に飲まれる前に自ら距離を取り、これから起きる現象を予期したユティは槍を投げる。自らを守るのではなく、弟を守る選択を彼女は取った。
冷静に事を考えれば、その選択はどう転ぼうとも危険な賭であることは火を見るより明らかだ。それでも恐らく火球の中心にいるであろう女を仕留めきれば止めることができるはずだと。
可能性に賭けたが槍はその中を貫通して手応えの欠片もない。そして、色彩を奪われた街を照らし出す巨大な赤が弾けて消えた。




