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第17話 ニコラの遺子

※『第2話 五道外より』の続き



 ニコラの遺子と呼称される存在、その特徴は固有世界観を構築して元ある世界を上書きし、問答無用で自分たちの常識を押しつけてくることだ。


 彼女たちによって構築された固有世界観は既に一定の範囲から色を奪っている。白と黒、そして灰に欲求を満たすほどの価値はなく、その肌とその内に秘められた赤にこそ価値あり。


 中央タワーより大橋越えて第三人工島。

 ソウは暗く紅い戦闘服の女と対峙する。


「お手並み、拝見しますッ……!」


 視界に入ったソウを敵として認識した女は上段の構えから燃えさかる刀を振り下ろした。


 真っ黒な刀身に付着していた血液が刀の軌道をなぞるように飛び散ると、斬撃を象るように三日月状の炎が生み出される。


「なるほどな――」


 その現象を目に焼きつけてソウはナイフを横に振るう。同じく血液が飛ぶがそれほど大きな炎にはならない。


 二つの炎撃がぶつかりあうと小さな爆発が起こり黒い煙で視界が悪くなる。ソウの持っているナイフからは既に炎が途絶えていた。


「飛沫した血液量で差が出るわけじゃないのか?」


 黒煙の中を突っ切って姿勢を低くした状態で女は距離を詰めてくる。今度は下段の構えか。刃は地面とすれすれになるほど低い位置にある。


 炎は依然として衰えていない。


「火力は付着量こそが全てだな」


 考察を続けながら左手の拳銃で狙いを定めて引き金を引く。当たり前のように女の頭に目掛けて弾丸は飛んだ。


 目を見開き殺気立つその女は血迷ったのか、あまりにも早くに刀を振り上げて力強く踏み込んでいた。再び上段の構え。だがソウを斬るわけでも、炎撃を飛ばすわけでもない。


「っ――!?」


 弾丸を確かに捉えていたわけではない。

 それでも女は振り下ろしたその刃で弾丸の軌道をずらした。女の取った行動と起きた結果を前にしてソウは目を見張る。


 そこからの一連の流れは芸術の域に達していた。

 頬を弾丸が掠めれば血液が後方へと飛ぶ。

 血液の軌道は弾丸とほとんど変わらない。


 女の持つ刀が血液の飛んだ方へ先回りするように動いた。円を描くように刀を回転させるそれは西洋剣術に近い。確かに飛んだ血液を刀身で受け止めれば、薪をくべたかのように刀の炎は火力を増した。


 今一度刀を正しく持ち替えて一歩大きく踏み出せばソウの目前に迫る。僅か数秒でその全てを難なく熟した女は笑みを浮かべていた。


 称賛の意を込めてソウは言う。


「――現実こちらに来てからそれなりに長そうだな」


 大振りであれば素人でも見切れる。

 ソウはナイフで受け止めるがつばぜり合いなんてものは起こらない。振り下ろされた刀は止まらなかった。


 幾ら炎を纏っているとはいえ、ほんの一秒触れただけでナイフの刀身が溶けるはずがない。


 整えられた理論や証拠で否定しようともそれは現実に起きてしまっている。世界観を押しつけられるとはこのことだ。


異世界こちらの方々は隙あらば言葉を交わしたがるようで……っ!?」


 ナイフを溶かし進む刃。その様子を少し見てからナイフを横へと力尽くで振るった。建材を重ねたように固定された事と体重がソウの方へと向いていたことから女は簡単によろけてしまう。


 力負けもしてバランスを崩した女は無防備になり、その隙を見逃さないようにと透かさず顔面に肘打ちを決めた。


 怯んだのを見て追い打ちを、拳銃の持ち手で頭を強打しようとする。だが、女の意思とは関係なく首後ろに接続されたケーブルが動いた。ケーブルは女を引っ張り上げ、そのせいで十分なまでの距離を取られてしまう。


「っ……! つぅ……助かりました」


 誰かにそう感謝を述べながら、女は曲がった鼻を元に戻す。可憐で麗しいその容姿とは裏腹に、その程度では泣き言を上げない逞しい女性のようだ。


「血液が炎に変換されるわけじゃない……」


 相手が体勢を立て直す間、短いながらも考察の時間が出来た。女から目を離さず動向を伺いながらも導き出した結論を口に出すことで情報を整理していく。


「炎はあくまでも血液から発生するだけだ。そして実際に起きた現象の数々は――」


 ぶつかりあった炎撃は大きさや火力に関係なく同様に弾けて爆発していた。そして炎の刃をナイフで受け止めた時、炎は滴るかのようにして浸食しナイフを溶かす様子が確認できている。


「血液に起きる変化によって左右されている。付着すれば燃え広がり、飛沫がぶつかり合えば弾け、燃え続ければ血液は乾き炎は消え去る……」


「得物が無くなれば先程のようにはもういきませんから、心配はいりません」


「こちらのナイフは溶けるが、むこうの刀は溶ける気配がない……ここは一度、この世界観を利用する前提で選ばれた金属だと納得しよう。後は――」


 互いに睨み合いならが一人で喋り続けている。


「ほんの一時、結合状態を解除します。過剰かもしれませんが念には念を、三十秒後にまたお話しましょう――」


 それを最後に会話を取りやめ、女はケーブルを自分で引き抜いた。女の視界には一瞬だけノイズが入り、良好になると共に女の表情も晴れ晴れとする。


「自傷開始――」


 戦闘服に組み込まれた技術がそのワードに反応して動き出した。目を閉じて口を紡ぐその表情、ソウの目には痛みに堪えるように映る。女の両の手首周辺に白い光の線が浮かび上がった。


 そこから滲み出るように一筋の赤が伝う。

 両の前腕を覆う戦闘服が膨れ上がり、一粒ぽつりと血液が落ちると女は構え方を変えた。


 型に嵌められたその動き、右手は頭よりも高い位置に置かれ、左手は前へと力強く出される。


紅華こうか流、三代目イチカ。いざッ――」


 迫力が一段と増し、名乗りを上げた女が迫った。


「――参るッ……!」


 手始めに縦と横に二度空を切れば、残る血液が飛び散って十字の炎撃が前を行く。余裕を持って右横へと回避したソウは返しとして二度の発砲。


 二発とも外れ、だが弾丸は直線上にあった消火栓に命中する。水が噴出するのに目もくれず、女は充分に助走をつけての一歩で地面を蹴ると飛び上がった。


 対してソウは女のいる方向とは真逆に狙い定め更に別の消火栓に二発撃ち込む。その頃、女は体をそり上げて左手を後ろに向けた。


 そして左前腕から溜め込まれた血液が一秒ほど噴き上がる。それが炎へと変わり放射されれば、女は背中を押されて瞬きする間もなくソウの目前で着地。


 間合いに入った。


「――必殺……ッ!」


 低く低く構えられたそれは居合いの型。

 遂に両腕から吹き荒れた血液が、腕も刀も全てを包み込むまでに強大な一本の炎刃を象る。


 女は必殺と言った。それにふさわしい一撃が来る。

 高く飛ぼうとも、後ろへ逃げようとも、どう足掻こうとも免れることは叶わない。


 さあ、どうすると言わんばかりに女は強者と認めた男の最期を見届ける。


 そのつもりだったのだが。


「甘いな――」


 右の膝を胸の位置にまで上げてから女が振るう炎刃、その根元に当たる刀身を狙って踏み下ろす。足裏と刀がぶつかる直前、ほんの僅かに重力制御が働いた。


「なっ……!?」


 テックヴォルト製の戦闘服に組み込まれた技術によって完全に勢いを相殺された女は、そのままいとも容易く刀を踏み落とされてしまう。


「君は世間知らずが過ぎる」


 地面には消火栓より噴出した水が溜まり始めていた。それによって血は洗い流され、それに準じて炎もまた弱まり薄れ消えていく。


「正直、君にはまんまと騙されたが、冷静に見れば出血多量で貧血にならないのはおかしなことだ。まさか現実こちらの人間じゃない君が血糊を利用するとは思いもしなかったよ。企画者に恵まれたな」


 言葉を失っていた女は銃口を額に突きつけられたことでようやく顔を上げた。表情に覇気はない。死を悟ったか、敗北を認めたのだろう。


 辞世の句などは残さずに、細い声でただ尋ねた。


「あの、空の色は――?」


 炎はずっと下にあった。だから彼女たちは下ばかりを見ていた。空を仰いでもあるのは灰。何処へ行こうともそうだった。だからこうしてまじまじと、空を見上げたのはいつぶりか。


 彼女が最期に見た景色は、男の背中のずっと先に広がる見たことのない空の色。


「……青色さ」

「……なんと、美しい――」

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