第12話 白く巨大な
白く巨大なタワーへは平均的な成人男性の背丈三乗のゲートをくぐり抜ける必要がある。ユティとは違い招かれざる客と認定されなかったが、それはあくまでもプライバシーが保障される高級車の中だけ。
銃を持った外部からの人間であるソウへの扱いは二つに一つ。毒物とネコを同じ箱の中に入れた実験のように行動しなければ答えは判らない。例えどちらに転ぼうとも、ここまで来て進まないという選択肢はない。
ソウは車を止め助手席に置いた自動小銃を手に取り、好晴を車から降ろした。既に疲労が溜まっているのが彼女の表情から見て取れる。もしやと思い手を取れば、やはり好晴はバランスを崩し危うく車から転げ落ちそうになっていた。
「この先へ行けば君の安全はそれなりに確保できるはずだ」
「充分な安全じゃないんですね……」
「望眞幸がこの問題をどのように捉えているか次第だ――ケースは引き続き君に任せる」
「大切な物じゃないんですか?」
「少なくともこの先で君の隣以上に安全な場所はないはずだ。戦闘がないとも限らない。何よりも君を傷つけようとする者はこの先にいないだろう」
そう言って左手を好晴の前に出す。
言葉足らずではあるがなんとなくで意図を考えた好晴は握手をしてみた。にんまりとしていると手を離したソウが今度は逆手にして差し出してくる。
「握手じゃなかった……」
手を引っ張られる好晴は常に自分の歩幅の二倍を行くソウに小走りで着いていった。
「君と手を繋いでおけば友好的な関係だと思ってやりすごせる可能性がある」
「それならまず銃を捨ててみたらどうですかね?」
冷静にそう指摘していると二人の前に複数名の迎えが現れた。短い髪に整った顔、ベストスーツを着こなすのは全てが白で統一された中性的な人型の機械たち。
表情がデフォルトで固定されているせいか余計にその黄金の瞳が際立っていた。橋を越えるまでに見てきた機械とは見るからに技術差がある。前代テックヴォルトの遺作たちを目の当たりにしてソウは即座に引き金から指を離した。
「流石にこちらはアップデート済か」
「要人の護衛、及び避難誘導のご協力に感謝致します。これより先は我々が安全を保証しますのでご安心を」
言葉を発する一機が手の平を見せて差し出す。
「……急ではあるが望眞幸に会わなければならない用事がある。彼女の身に危険が迫っている」
「存じ上げております。ですので、お引き取りいただけますでしょうか?」
その言葉にすぐ不信感を抱いたソウは眉をしかめた。
「――ですから! えっと……この人も一緒に会いに行くとかって……」
「申し訳ありませんが、ご理解の程をお願いいただけますでしょうか?」
好晴はソウの目を見て自分の取るべき行動を求めた。目を閉じて息を一つ。ソウは抵抗はせずにそれに応じる。
「くれぐれも、彼女のことを頼む」
「お任せください」
その表情に相変わらず感情はない。それらは精巧な人型の機械だ。思惑があるように見えなくもないがそこに裏は微塵もない。生きているように見せるその立ち居振る舞いにはランダム性もない。
所詮は人間の命令に従うだけの道具の域をでない完成された製品。これがテックヴォルトの集大成であり、限界だった。
だからこそ、機械の反乱が起きたとは到底考えられない。望眞幸の管理下にある限りは好晴と装置の安全は確実だと言えるはずだ。どちらにせよ選択肢のないソウは自分に言い聞かせるようにして受け入れる。
「…………」
過剰なまでに隙のない護衛に連れられて好晴は大きなエレベーターに乗り込んでいった。エントランスに残ったのは左右と前方に各一機。瞬き一つせずにソウの監視を続けている。
引き返すようにと告げられるかと思えばだんまりを決め込んでいた。我慢比べをするようにソウはその場に留まり続ける。エレベーターの停まった階層を確かめ、通信を始めた。
「俺は左をやる――」
『――なら奥のが私で右は轢き潰すわ!』
遠くから近づいてくるその音。扉のセンサーが反応しないほどの速度でガラスを突き破り、一機の車輪型警備機に乗ってユティが遅れを取り戻した。段差を超えてからバウンドを始めた車輪がソウの背面を通過し右の一機に追突する。
その直前にユティが飛び降りて奥で身構えたばかりの機体に目掛けて槍を投げた。事態に対応しようとする残された一機に向けてソウは持っていた銃を投げ渡す。
迷うことなくそれを受け取りスムーズにユティを狙ったが、それよりも早くに拳銃を引き抜いたソウが発砲した。車輪型は依然健在。最新の人型モデルを一機確保して戦力の補強が完了。
「三十三階、好晴と装置はそこへ向かった」
「同じ階に渡り廊下があるはず、そこを進んだ先に世界システム七号機があるわ」
「それなら望眞幸もそこだろうな」
「てか、なんであんたが装置持ってないわけ?」
「一番安全な場所があったからさ」
人型に命令を出してセキュリティをくぐり抜ける。
難なく三十三階へ向かってエレベーターが動き出した。
「もう一機はどうしたんだ?」
「っ……壊れただけよ――それよりもザル過ぎると思わない? 流石に」
「どうだろうな、案外この程度なのかもしれない」
「何よ、スカルみたいなこと言い出して……ここが望眞幸の領域だって忘れてないでしょうね」
「だからこそだ、気楽に行こう」
上り始めてから目的地までの半分を過ぎ、このまま落としてしまえば全滅は必至の高さにまで来ている。
「あんたも今のうちに服脱いじゃいなさいよ、動くのに邪魔でしょ?」
「確かに、すっかり忘れていたよ」
そこから先は二人とも言葉を交わさずに精神を研ぎ澄ませるようにしていた。
「レディーファースト――離れてなさい」
「気負うなよ」
「お気遣いどうも」
ユティは再び真ん中で待機していた車輪型に乗って片足でバランスを取る。エンジンを起動させてスタートに備え、開かれた先に何が待ち構えていても良いようにと槍を握りしめた。人型モデルは扉のすぐ右に待機。ソウはその斜め後ろで銃を構える。
「っ――!?」
扉が開かれると同時にユティに異変が起きた。
通路の奥から赤く濁った波が押し寄せ、座り込む子どもを飲み込もうとしている。
あのままでは死んでしまうに違いない。
「急いでッ……!」
そう指示を出すと車輪型が全速力で突き進んだ。
それを阻もうとするのは迷彩柄の軍服に身を包んだ男たち。轢き殺し、刺し殺し、立ち塞がろうものなら傘を開いて押しつぶす。
「――ユティ!」
「間に合わない……ッ!?」
ユティの左腕が燃え上がっていた。
それでもユティ自身が気づいた異変は全く別のものだった。殺したはずの軍人たちが腕を掴んでそのまま押し倒そうとしてきている。
「――離してっ……!」
バランスを崩しながらもユティは車輪型の中央球体を何度も突き刺していた。自分の腕すらも貫いて、そのまま爆発に巻き込まれて壁に叩きつけられる。それでも男たちは襲いかかってきた。
闇雲に槍を振り回す。恐怖で腕に力が入らず、それでは槍もただの棒切れだ。ついには横にいた男に槍を掴まれ、ユティは呼吸が止まりそうになる。
呼吸をする間隔なんてものはとうの昔に失っていた筈なのに。
「ユティ、落ち着くんだ!」
「――え……え、なに?」
そばに寄っていたソウを見て冷静になり始め、状況を飲み込むと何が起きたかが見えてきた。
廊下に転がっていたのは自分で破壊した車輪型の破片のみ。今まで通ってきた通路には幾つもの斬られた痕が残り、敵の影は微塵もなかった。
左腕のパーツは損壊している。左の肩までが焦げ上がり燃えていた痕跡がある。通路の先は変わらず白く、子どもの姿も見当たらない。
「はあ……くそっ、完全にやられた……」
「ここはもう世界システムの加護の下にある、だから気負うなと言ったんだ。……俺自身も君に何かが起こると予感を抱いてしまったのもある、すまない」
「言葉足らずよ……でも次からあんたの忠告には気をつけるから。それより手を離してくれる?」
そう言われてからソウは槍から手を離す。
悔しそうな表情を見せる彼女は槍を抱きしめるようにして俯いた。そのまま他に異常はないかを確認していく。
『――姉さん、無事?』
『大丈夫。それよりあんた、ソウには連絡しないの?』
『今はできないんだ。色々あって……その』
『……それだけ言えばなんとなく察しはついた』
『ごめん、また連絡する――』
通信終わりによしと気合いを入れ直してユティは腰を上げた。
「私はとにかく先へ進んで道を作る。ついでにあんたの任務も手伝って上げるから、その間に装置の回収頼んだわよ」
進路を塞ぐ強固な扉では赤いランプとホログラムで書かれた文字が鍵はかかっているぞと知らせてくる。
エレベーターのようにはいかず、人型モデルがいくら操作をしてもロックを解除することができなかった。
ならば次の手はこうだろうとソウが予想するよりも先にユティが槍を投げた。円錐型になると投げた直後には爆発的に加速するらしい。
分厚い壁に突き刺さり耳障りな騒音がした後、ユティは刺さったままの槍を掴む。そして傘を開くように無理矢理に扉をこじ開けて先へと進んでいった。




