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慌ててドアから離れ、応接間の壁に3人並んで立つ。
ドアから出てきたリンさんは私たちに背を向け、玄関のほうへと向かっていった。
すかさず私はリンさんの後を追った。
だけど、リンさんは玄関にたどり着く一歩手前で、崩れるようにその場にうずくまってしまった。
しゃがむリンさんの横にたどりつくと、青い髪の下からすすり泣くような声がきこえた。
「リンさん……?」
「ごめんなさい……、なんか自分が情けなくて……」
「え……?」
私はリンさんの肩に手を添え、その場にしゃがむとリンさんの顔を覗き込んだ。
腕の隙間から見える瞳にはうっすらと涙がたまっている。
「だって、あたしのほうは好きなのに、向こうがあたしの事好きじゃないのが分かるのって、こんな苦しいことないんだもん」
「えっ!!」
リンさんの言葉に私は驚いて思わず叫んでしまった。
やっぱりウォルフ先生の事好きだったんだ!
ウォルフ先生の口からはちゃんとリンさんのことが好きだという事は聞いてはいないけど、脈はあるはず!
ここはもうお節介を突き通すしかないっ!
「ウォルフ先生もリンさんのこと好きだと思いますけど……」
私がそう言うと、リンさんは力なく首を左右に振った。
「そんなことない。だって、さっきエマニエル様って方から色々きかれた時、困ってたもん。
たぶん、あたしが相手だったから、嫌だったに違いないの」
出会った当初はあんなに威勢の良かったリンさんが、こんなに弱腰になるなんて……。
リンさんのネガティブな思考に、私は恋する乙女のもろさを知った。
私がしばらくリンさんを慰めていると、後ろからエマニエル伯父様がウォルフ先生を連れてやってきた。
「急に呼び出して悪かったね。
書類のほうはもうウォルフに書いてもらったから、今から食事をしてゆっくり二人っきりで話すといいよ。
これ、町の宿屋の割引券。さあ、ウォルフ、彼女を連れておいしいものを食べておいで」
「エマニエルじいさん……」
「よく話し合うといいよ」
エマニエル伯父様に肩を押され、ウォルフ先生はリンさんの前にしゃがむと、2、3言何かを呟き、差し出した手にリンさんの手が重なった。
そして、二人並んで立ち上がると、そのまま玄関のほうへ歩いていった。
「じゃあ、今日は邪魔したな。礼はまた後日」
ウォルフ先生は首だけ振り返り、エマニエル伯父様に言うと、そのまま扉から出ていった。
リンさんも深々と頭を下げ、ウォルフ先生に引っ張られるようにして屋敷を出て行った。
もちろん、アリー、ガイ、私の3人は2人の後を追う。
エマニエル伯父様からは「あまり2人の邪魔にならないようにね」と念押しされ、私たちはウォルフ先生とリンさんに気づかれないように、隣町まで追いかけた。
二人は道中何も会話をすることなく、宿屋の隣の食事処に入っていく。
さすがに食事をしない私たちは中に入れないので、外で待つこととなった。
「あの二人両想いだったんだね?」
建物の壁を背にして3人並んでいると、アリーが私に話し始めた。
ガイも首をこくりと数回縦に振り、私がどういうこと? と聞くと、今度はガイが言葉をつづけた。
「本人はエマニエル様に『うっせぇ』って言ってたけどな。
顏真っ赤にしてたから、そうなんだろうよ」
ガイの説明はちょっと端折りすぎていたので、私がもっと詳しく説明をしてくれるように言うと、
どうやらエマニエル伯父様とウォルフ先生はリンさんが出て行ってから、すぐに後を追いかけたらしい。
だけど、リンさんが泣いているのを見て、2人して壁に隠れて様子を伺っていたそうだ。
まあ、私が慰めていたから、わざわざ大勢で押しかける必要がないと思ったんだろう。
それで、リンさんがウォルフ先生の事が好きっていうのを、きいたらしく……。
エマニエル伯父様がウォルフ先生に『リンさんの事が好きなのか?』と問い詰めたところ、肯定もしなかったけど、否定もせずに顔を染めた……というわけだ。
アリーには兄であるウォルフ先生の心情が分かるみたいで、あれは絶対にリンさんに惚れているという結果に至ったというわけである。
「なあんだ、そっか……。じゃあ、これでもう一件落着か。
それなら、僕たちはお邪魔になっちゃうから、行こうか?」
私がそう言うやいなや、食事処からウォルフ先生とリンさんが何やら口論をして出てきた。
一件落着と言った矢先、ラブラブな二人が店から出てくることを予想していた私は、二人の緊迫した様子を目撃し、思考が追い付かない。
アリー、ガイ、私の3人は食事処の横にある裏路地にそのまま隠れて、二人の様子をうかがった。
「最低っ!! そういう目的で誘ったの!?」
「い、いや、俺はそんなつもりは全くなくてだなっ!」
「でも、宿泊付き食事券ってどういうことっ!?
いくらなんでも、こんな真昼間からやるつもりあたしはないんだから!!」
「昼間じゃなければいいのか?」
「はっ!? そ、そう言うことじゃないのっ!
いーい? 女にもねそれなりの心の準備っていうもんがあるのよ!
ていうか、出会って一か月も経ってないのよ、あたしたち!」
「いや、それは俺も分かってるって……、俺はいいから、お前だけ泊れよ。
結構いい部屋らしいから……」
「2人部屋を1人で泊れっていうの!?」
「じゃ、じゃあ俺と一泊するか!?」
という会話がなされていた。
うーん、なんとなく分かってきたぞ……。
エマニエル伯父様……、なんてことをしてくれやがったんだ。
つまり、食事の後に、とっとと既成事実を作りやがれってことなのかな?
内容が内容だけに、キッズたちにはちょっと耳に入れたくはない話である。
ちらりと横にいるアリーとガイを見ると、アリーはニコニコと笑っており、ガイは首をかしげている。
ふむ、どうやらアリーは内容を理解しているようだ。
そしてガイは……
「なあ、あの二人何で喧嘩してんだ? いい宿屋なんだろ?
ここ。泊ればいいじゃん。なんであの姉ちゃん怒ってんだ?」
言えるか、ばかもんっ!
アリーのほうに視線を向けると、アリーはこてっと首を横に傾け、
「うーん、僕のほうからガイには説明しておくね」
とだけ言って、ガイを連れて路地裏のさらに奥のほうへ行ってしまった。
私はと言えば、その場に一人残され、ガイ先生とリンさんの様子を見ていたんだけど、最終的にリンさんはウォルフ先生を残して、どこかへ去って行ってしまった。
頭をポリポリかくウォルフ先生の背中に、私は両手を合わせて合掌をした。
その後、アリーに色々と教えてもらったであろうガイを見ると、やっぱりガイは全然理解していないらしく、
「だから、どうして二人で泊っちゃいけねーんだよ。二人部屋だろ? 意味わかんねーよ」
と、不満げに呟いていた。
ウォルフ先生のお見合い大作戦は始まったばかり。
こうなったら、乗り掛かった舟!
しっかり最後まで見届けないと気が済まないっ!
「いよーしっ! 第三回作戦会議をはじめるぞー!!」
「はぁ? お前まだやるつもりかよ?」
「僕、唐揚げがいいなー」
お節介な世話好きおばちゃん魂を胸に、張り切る私なのであった。