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ゴフタナ村での剣術大会を終え、弟のロベルトが王都に無地帰って、ようやく平穏が訪れたと思った矢先。
ウォルフ先生に連れられ、ユパナ商会の仕事をするようになったんだけど……。
いや、ユパナ商会での仕事なんざ、この際どうでもいい。
それに関しては、むしろいろいろ勉強になるからいいとして……
私にはもっと気になることがあるのだ。
それは……、エマニエル伯父様とジェーンの様子が明らかにおかしいということ。
ゴフタナ村から帰ってきた時から、なんとなく感づいてはいたんだけど、ロベルトのせいで後回しになっていた。
だから、ようやくジェーンに聞くタイミングが出来て、エマニエル伯父様となんかあった? って聞いてみたんだけど……。
相変わらずキリっとした表情で「何もございません」ときっぱり断言されてしまった。
たまに、2人で見つめあっている姿とか見かけるんだけど、すぐに私の存在に気がついて、パッと何事もなかったかのようにその場から離れるんだよね。
そういえば、ウォルフ先生ってジェーンの事が気になっていたはず……。
この事を知ったらきっとショックだろうなあ。
なんて思っていたら、先日ユパナ商会での仕事の帰り、酒場通りを歩いていたら、お店の軒先で一杯やっていたウォルフ先生に捕まってしまった。
その日はあまり仕事がなくて、定時より早くあがれたから、ジェーンの手伝いをしようと思って早く帰ろうと思ってたんだけど、ウォルフ先生に強引に引き留められ、少しご馳走になってしまった。
「そういや、ウォルフ先生って、ジェーンの事まだ好きなんですか?」
「ぶっ!! ……はぁっ!? お前何言って……っ!!」
私が単刀直入に聞くと、ウォルフ先生はグビグビと飲んでいたお酒を盛大に吹き出した。
数滴私の顔面に飛んできたので、グイっと肩口で頬をぬぐう。
アスタナ王国では飲酒に関しての年齢制限はないけど、基本的にお酒は大人の飲み物として販売されている。
前世でもお酒はあまり得意なほうではなかったから、私は飲まないけどね。
「で、どうなんですか?」
「つーか、なんでお前にそんなこと言わなきゃいけないんだよ。大人の事情に子どもが突っ込むな!
それとも何か? 俺とジェーンさんの仲をお前が取り持ってくれるのか?」
ウォルフ先生はほんのり顔を赤くして、唾を飛ばしながら私に言った。
凄んだウォルフ先生に私は怖気ずくことなく、矢継ぎ早に質問をする。
「そもそも、ウォルフ先生には良い人がいないんですか?」
「っるせーよ! ほっとけ! お前には関係ないだろっ!」
ぷいっと顔を背け、むすっとした表情でウォルフ先生はそう言うと、片手に持ったガラスジョッキを傾け、また喉を鳴らして、お酒を一気に流し込んだ。
黄金の髪に、私と同じアメジスト色の瞳。アリーによく似た端正な顏の作りは、たとえ頬に傷があろうとも本来の美しさを損なってはいない。
むしろ、ワイルド感が出て、守られたい女子になんかには、さぞかしモテるのではないだろうかと思うんだけど……。
「ウォルフ先生……、ジェーンは諦めたほうがいいですよ?
たぶん、エマニエル様と……」
「んなの、もうとっくに知ってらっ!」
「え?」
ウォルフ先生の言葉に、今度は私のほうに動揺が走った。
な、なんでウォルフ先生がエマニエル伯父様とジェーンの仲を知っているんだろう。
もしかして、ウォルフ先生ってそういうことに関してはすごい勘がいいのかな? と思っていたら、
「エマニエルじいさんに釘を刺されたからな。ジェーンさんには手を出すなって」
な、なるほど、そういう事か。
やっぱり、絶対に二人なんかあるんじゃんっ!
エマニエル伯父様のほうが、一方的にジェーンに対して甘い空気を出している節があるけど。
ジェーンだって、たまに顔を赤くして、まんざらでもななさそうな表情をする時もあるんだよね……。
私がゴフタナ村に行っていた2週間、一体何があったの!?
「そういうことで、俺は今絶賛彼女ぼしゅーちゅーなんだよ。悪いかっ!」
ウォルフ先生の言葉にハッとする。
いけない、いけない。
エマニエル伯父様とジェーンのいちゃいちゃシーンを妄想するなんてっ!
私は小さく頭を振り、エマニエル伯父様とジェーンが手に手を取り合うシーンを追い払う。
「いや、悪くはないですけど……。ていうか、ウォルフ先生は黙っていればふつーにかっこいいと思うんで、黙っていればいいと思います」
「お前に言われたくないわ! それより、そういうお前はどーなんだよっ!」
「へ? ぼ、僕ですか?」
「そろそろ、好きなヤツも出来てきたんじゃねーのか?」
「いや、ぼ、僕はいいんです。僕は、まだそういうのは早いですから……」
だって、まだ9歳だし。
しかも、前世は喪女で精神年齢は30歳を超えている。
同年代で探そうとすると自分が罪を犯したような気持ちになってしまうし、精神年齢のほうに合わせて探すとなると幼女趣味の変態しかいない。
「とかいって、ジュリアス殿下とゴフタナ村で会ったんだろ?
もしかして、好きになっちまったんじゃねえのか?」
「はぁ!? あの時はアリーもいましたし……、ぼくは……」
と言いかけて、ふと気づく。
いや、待て……、エルーナだったらジュリアス殿下が好きなのは分かるけど、なんで従者のルーンである私がジュリアス殿下を好きになるんだよ。
え、もしかして、ウォルフ先生ってそっちの気があるの……?
「ぼ、僕は男ですよ? 何言ってるんですか!?」
とりあえず、全力で否定をしておく。
ニヤリと笑うウォルフ先生にたじろぎつつも、私はテーブルの上に置かれた、炒めた豆を一粒口に放りなげた。
ガヤガヤとした店内。
1階建ての酒場はキッチンのある部分以外は、3方向壁がなく、夏は開放感があり、冬は壁の代わりに白い布で外と仕切られている。
テーブル席が10席以上に、カウンター席もあって、そこそこ広い。
他のテーブルを見回すと、まだ空が明るいというのに、比較的若い人が集まっていて、活気に満ち溢れていた。
たぶん、このお店で働いているスタッフに若い女性が多いからっていう理由もあるんだと思うんだけど……
その中でも、ひときわ美人な女性が数回、私のテーブルの脇を通り過ぎるので、私は無意識にその人の姿を目で追っていた。
別に女性に興味があるというわけではなく、その女性がマルタナ村では珍しい青色の髪をしていたからだ。
茶色に青みがかかった人はちらほら見かけたことはあるけど、あんな見事に真っ青な、海みたいな色をした髪の人は初めて見た。
唇はほんのり紅をさしているのか、青色の髪に良く映えて、女の私が見てもドキリと胸が高鳴ってしまう。
「ていうか、ほらあの女性とかどうですか? めちゃくちゃ美人じゃないですか。しかも胸も大きいですし」
「あ?」
私があごとしゃくって、ウォルフ先生に視線を促すと、ウォルフ先生はいかにも興味のなさそうな目つきでその青髪の女性を一瞥した。
ジェーンと会った時の態度とは雲泥の差である。
一体、ウォルフ先生はジェーンのどこに惹かれたのだろうか。
「俺、細くてスラッとしたのが好きなんだよなあ」
細くてスラっと……という言葉に、私はジェーンの姿を思い浮かべた。
確かに、ジェーンはスレンダーだ。胸だって、そんなに凹凸がない。
アサシンとして働いていたから、引き締まった体躯をしている。
そうか、ウォルフ先生はそういう人が好みなのか……
でも私の知り合いにそんな女性はジェーン以外いないし……、というか知り合いの女性といったら、ユパナ商会で一緒に働いている事務員さんぐらいだし。
一人は結婚して子持ちで、もう一人はアイドルをおっかけていて、ウォルフ先生に興味を示すかどうか……だ。
私が腕を組みうーんと唸っていると、
「だーれが、デブだって?」
ドスンと豪快な音を響かせ、ウォルフ先生と私が座るテーブルに、大きなガラスジョッキが置かれた。
シュワシュワと音をならしながら、ふんわり白い泡を浮かべた褐色のお酒。
前世でいうビールみたいなものだろうか……としばらくジョッキを見つめていたんだけど、視界の端に入った青い髪に気づき、私はパッと顔をあげた。
なんと見上げたその先には、先ほど話題に上がっていた青髪の女性。
だけどその顔は、むすっとした表情で、いかにも不機嫌そうに腰に手をあて立っていた。
黒色に染め上げられた少し小さめの半袖シャツ。
豊満な胸がプルンと揺れ、その形がくっきりとシャツの下から浮かび上がっている。
短い裾からはスッと線を描いたような、形の良いへそが出ている。
いつしか店内にいる男性からの視線が、ウォルフ先生と私のテーブル一点に集中していた。
いや、正確には、私たちのテーブルの横に立っている、この青髪のお姉さんにだが。
「別にデブとは言ってねーだろーが」
「はいはい。細くてスラっとしてなくて、すみませんね!」
ふんっと鼻をならし青髪のお姉さんはウォルフ先生をひと睨みすると、後頭部の少し高い位置で束ねたポニーテールをくるんと揺らし、キッチンのほうへ消えていってしまった。
二人の雰囲気に客と店員以上のものを感じた私は、ウォルフ先生に恐る恐る聞いてみた。
「知り合いなんですか?」
「あー、別に知り合いっつーほどの仲じゃねーよ。
たまたま悪い男に絡まれてたところを助けてやっただけ。
そんで、助けてやったのに、余計なお世話って言われて、一発顔を殴られただけっつー関係だよ」
うーん、助けて一発殴られる?
実際にその状況を見ていないから、なんとも言えないんだけど……
でも、あの人ウォルフ先生の事、ちょっと気になってんじゃないかな?
え? なんで、分かるかって?
「まったく、頼んでねーのに、いつも持ってくるんだよなー、アイツ」
ウォルフ先生はテーブルに置かれたジョッキに手を伸ばし、一口口に含んだ。
そうしている間も、チラチラとキッチンのほうに視線を向けている。
ちょっと調べてみる価値はありそうだな。