おにぎりとダイエット〜食欲とかいて恋と読むかもしれない糖質制限にに引き裂かれし悲劇〜
雲の隙間から漏れた月明かりが照らすキッチン。
炊飯器の蓋を静かに開ける少女がそこに。
「たった一杯の米が、肉にこんなにあうなんて。憎らしい、ダイエットの敵がこんなにも慕わしい。ああ、米よ。あなたはどうしてお米なの?」
開けられた鍋の中にはふっくらとした白米がつやつやとした表情をのぞかせている。新米らしく芳しい香りが彼女の鼻腔をくすぐった。
「私の敵はあなたの名前。ああ、名前がなんだというの。ご飯、白米、糖質……名前が変わってもあなたの美味しさは変わらない」
嘆き悲しみながら少女はおひつに白米を移そうとするが、その旨そうな様子にしゃもじを動かすことができなかった。かわりに食欲という名の誘惑が彼女を突き動かしていく。
『あなたが望むならこの名を捨てましょう。どうか、今宵はあなたの望む名を呼んでください。さすれば、うまれかわったも同然』
「まあ、この声は、これは幻?ああ、米よ。どうやって、この高い糖質制限の壁を超えて」
食欲の前にやぶれさった理性。うしろめたさを隠すようにはじまる彼女の一人芝居。
『軽く洗ったこんにゃく米があなたによって早炊きされたのです。食欲の前に何の障害がありましょう』
「いけないわ。炊飯器の音で誰かがきてしまう。早くお櫃に行って……いいえ、行かないで。ああ、あなたを茶碗に入れてかっこんでしまいたい」
『君の小丼に入りたい』
「でも美味しすぎて一合ペロリとたいらげそう。そうだ、ここにあるのは幸せなしゃもじ。さあ、私と彼を一つにして」
しゃもじを突き立てられる米。特有の甘い旨味が立ち込める。
ラップの上に盛られ軽くふんわりと握られ白い粉が落ちる。それは塩。まろやかながらも棘がない極上の藻塩。
「こんにゃく米ならカロリー減だし、ミニおにぎりなら大丈夫」
かくして米は「おにぎり」にと姿をかえ、彼女と一つになったのであった。
ー翌朝ー
「樹里絵ー?あんた、ここにあったお米知らない?」
「え……ううん、知らない」
「おかしいわね。針巣さんちからもらった餅米あったはずなんだけど?あら?こんにゃく米がこんなところに」
「は?」
「やあね。間違えて使っちゃったのかしら、餅米ってカロリー高いのに」
「ええっ⁉︎……ああ、名前が変わっても、そのカロリーが変わらずに、むしろ増えるなんて……ああ、なんて悲劇なの」
「あんた、何言ってんの」
参照 著 シェークスピアウィリアム 訳 坪内逍遥 『ロミオとジュリエット』
青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000264/card42773.html