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無能扱いした《スキル無振り》のオッサン戦士に、命を助けられた話

作者: 山星 呆


「は? 嘘だろオッサン。今どきスキル無振りかよ」


 見かけない冒険者に話しかけられた。

 ここは酒場。冒険者のたまり場である。

 俺の他に、客はパーティーが2組と、村人が数名。昼時を少し過ぎていて、客は少なめだった。


 遅めの昼食をとっていた。

 干し魚のスープと、チーズとパン。スープの具は芋と青菜と干した小魚。


 パッと見、赤色が足りない。

 良い仕事は、良い食事から。

 栄養と休養の自己管理は大切だ。俺のように三十路後半にもなると、特に痛感する。

 壁に貼りだされたメニューを一瞥(いちべつ)。歩いている女性店員に、片手をあげて注文した。


「すんません、トマトと香草パン粉のオーブン焼き追加で」

「無視か!? お前に話しかけてんだよ、スラッグ・モルトード!」


 よく分からんが名指しされた。

 そこでようやく冒険者の顔を見上げる。


 若者だ。

 肌つやがいいので、歳は20にも満たないのでは?

 銀色の髪は、磨かれた剣のように煌めいてる。髪の長さは、腰に届く程度。頭の低い位置で、ひとつ結びにしていた。


 紅色の鎧には、金の文様が描かれている。白いマントも羽織ってて、洒落たデザインだ。最近は、こういうのが流行りなのかね?


 瞳は緑色。二重で、くっきりとした目だ。鼻筋も通ってるし、マツゲも長い。

 女にモテそうな顔だな、というのが第一印象。しかし、やはり見たことない顔だ。なぜ俺の名を知っているんだか。


 俺は顎に手を当てながら尋ねた。


「……悪ぃけど、どっかでお会いしたか? 全く顔に見覚えがないし、なんで俺の名前分かったかも謎なんだが」

「遅れてるぜオッサン。《鑑定》スキルだよ。スキルレベルが高ければ、見ただけで相手のステータスやスキルが分かるんだ」


 ああー、なんかそんなん聞いたことあるな?

 個体レベルの他に、スキルを上げることで、戦闘が有利になるとかかんとか。


 しかし、こんな山奥の村で仕事してると、そんなん無くてもやっていけるんだよな。

 基本的に、畑を荒らす魔物倒したり、野盗をとっちめたりだ。たまに、村の入り口で門番や、畑の手伝いしてれば、そこそこ食べていける。


 丸パンを一口大にむしって、口に放り込む。(かたわ)らに立つ青年を、片目だけ開けて見上げた。


「で? ヒトをのぞき見しておいて何の用だ? あげく、メシの邪魔までするアンタはどこの誰なんだよ」

「俺の名はヴェルナ・ソレイク。王都から来た魔法剣士だ。人狼狩りのクエストの同行者を探している」


 人狼狩り。

 そういえば、そんなクエストあったな。


 クエストっていうのは、冒険者向けの依頼だ。

 ○○山まで薬草を取りにいって欲しい、××の魔物を倒してほしい、など。簡単な手伝いから、ダンジョン探索まで様々。そして、クエスト達成者には、成功報酬が支払われる。


 酒場には、クエスト用の掲示板がある。

 使い方は簡単だ。村人が掲示板に、クエストの依頼表を貼る。それを見た冒険者がクエストに挑戦する。無事クエストを達成したら、依頼人から報酬を受け取っておわり。


 人狼狩りのクエストは、昨日見た気がするな。

 掲示板に目をやれば、確かに依頼表はあった。

 西の森で、はぐれ人狼の目撃情報有り。村に降りてくる前に倒してほしい、という内容だった。


「要はこの辺の地理に詳しくないから、案内人を探してたわけだ。オッサンはレベル高めだから良いかなって思ったけど、スキル無振りはちょっとなぁ……」

「ほっとけ。新しものに弱いんだ俺は」

「そうだ、今から何か振ってみないか? スキルポイントは溜まってるんだろ? 戦士なら《剣術》《斧術》が鉄板だけど、盾役(タンク)に徹するなら《盾術》もおススメだぜ。あとは、あえて魔法系にも振って、遠近両用で攻めるとか。あっ、《炎魔法》なんかいいぞ。炎弱点の魔物は意外と多いし……」

「待て待て、たくさん話すな! 情報量が多すぎる!」


 詰め寄る相手を、両手で押し返そうとする。なぜ若者はこうも元気が有り余ってるのか。オッサンの脳の許容量を尊重してくれ。


 そもそも俺は、団体行動が苦手だ。

 だからのんびりとした農村で、ひとりで日銭稼ぎに徹しているというのに。

 とにかく丁重にお断りしよう。

 俺は咳払いをしてから、相手に告げた。


「誘ってくれたところ悪いが、こっちも暇じゃないんだ。このあと、芋の収穫の予定がある。他を当たってくれ」

「はー、マジかよ? 人狼討伐の方が報酬良いじゃん。銀貨15枚だぜ? 収穫の依頼表は俺も見たけど、報酬は芋だろ?」

「こら! 現物のありがたみを知れ! 芋は保存もきく上に、万能食材だぞ!」

「はいはい、価値観の相違ってやつな。てか、せっかく魔法剣士になったのに、畑仕事なんかやってらんねぇし。人狼狩りは俺一人で行ってくるよ。マスター、地図見せてもらえます?」


 若造はくるりと背を向け、カウンターに向かっていく。

 切り替えが早い奴だ。俺はスープ皿に浮かぶ芋を、スプーンで縦に割る。小さくなった芋をすくって、口に運んだ。長話に付き合ったおかげで、飯が冷めた気がする。損した気分だ。


「はーい、トマトと香草パン粉のオーブン焼き、お待ちー!」


 と、女性店員が皿を持ってやってきた。

 細長い皿にうす切りのトマト5枚。斜めにずらしながら、綺麗に盛られている。その上に、こんがり焼き目のついたパン粉が乗っている。パン粉には、刻んだ香草の緑が混ざっていた。

 オーブンから出してすぐなのだろう。出来立てで湯気があがっている。


 美味そうな飯を前にすれば、損な気分がもうどっかにいった。

 トマトを一切れフォークに突き刺し、口に入れる。

 まだ熱かった。はふはふと口の中に空気を取り込み、冷ましながら咀嚼(そしゃく)する。


 熱を加えたトマトは酸味に甘味が加わって美味い。トマトが崩れる手前で、オーブンから出したのだろう。程よく食感が残っている。

 パン粉のサクサク感もたまらない。香草の香りもトマトと相性抜群。

 美味い、しかし熱い。グラスの水を手に取る。水で強引に飲み下し、一息ついた。


 目の前の食事に夢中になってる間に、例の魔法剣士は酒場を出て行ったらしい。

 カウンターにも入り口にも、その姿はなかった。




   ◆◆◆




 ―― 甘 か っ た 。


 魔法が効かなかった。

 人狼は魔法の炎弾よりも早く走った。


 剣も当たらなかった。

 まるでこちらの殺気を読むように、人狼は俺の攻撃を軽々とかわした。


 人狼を見つけた時、ちゃんと鑑定もした。

 ステータスはすぐに分かった。人狼は俺より素早く、力も強い。しかし、魔法は使えない。爪と牙の攻撃が強力。大したスキルもない。防御力もそんなにないようだ。


 楽勝だと思ってた。

 遠距離から魔法を撃って、弱ったところを剣でトドメを刺す。

 教科書通りの戦法で、圧勝できると思ってた。


 それが致命的な油断になった。

 魔法が当たらなきゃ意味がない。

 仕方が無いから、近距離戦に切り替える。

 剣のリーチがある分、こちらが有利なはず。

 しかし、人狼の方が手練れだった。


 走って斬りかかれば、相手は飛びのくか、その場に伏せて回避する。

 剣を振りきった隙を狙って、人狼はタックルや飛び蹴りを繰り出してくる。

 回復アイテムを、使う間も与えてくれない。

 展開は一方的だった。


 人狼は、頭から背中にかけての毛は黒く、腹部は白かった。

 頭部は狼で、体つきは人に近い。全身が毛で覆われて、爪と牙は鋭かった。

 移動は四足だが、攻撃する時は二本足で立ち、蹴り技さえ使ってくる。

 人狼は、根元が黄ばんだ牙を剥き、唾液をまき散らしながら吠える。腹の底が震え、背筋が冷える思いだった。怯んだ隙に、また一~二発攻撃を喰らってしまう。


 勝てる気がしなかった。

 『逃げる』という選択肢が思いついたころには、体力の半分を失っていた。


 だが、逃げることもできなかった。


 背を向けた瞬間、人狼に髪を掴まれた。

 髪といっても、毛先ではなく、結んだ根本を握られた。まずいと思った時には、もう遅かった。そのまま髪ごと頭部を引かれて、顔面に膝蹴りを喰らった。


「ぶぐァぁッ?!」


 鼻っ柱に熱と激痛。喉奥を逆流する鼻血でせき込んだ。

 痛みで手放してしまった剣が、音を立てて地面に落ちた。

 人狼は、すかさず膝蹴りを2発追加。薄く目を開ければ、奴が五指を開いて、爪を立てているのが見えた。


 あ、これダメなやつだ。


 ぼんやりと死期を悟った。人狼は唸り声をあげながら、爪をこちらに繰り出す。

 抵抗する気も起きなかった。口の中が切れてて、魔法詠唱する気も起きない。

 怖くてぎゅっと目をつぶった。戦意はとうに喪失している。


 死ぬのか。

 こんなとこで。

 ダセェな。


 直後、

 暗がりの中で、指笛が聞こえた。


「!」


 思わず目を開いた。空を一線裂くような、甲高く長い音。


 人狼も、指笛の方を向いた。間一髪、爪の攻撃は、俺の目前で止まっていた。


「おお、生きてたな。えっと……ヴェルナだっけ?」


 酒場で会ったオッサンだ!

 指を口から離して、こちらへとゆっくり歩いていた。


 焦げ茶の髪は、短く刈られている。瞳の色も、髪と同じ。

 顎がしっかりしていて、無精ひげも生えっぱなし。目尻が垂れていて、迫力とかはあまり感じない顔立ち。うだつが上がらないオッサンというのが、酒場での第一印象だった。


 皮製の鎧を着ていて、長剣を背中に括っている。安物を長く使っているという印象の装備。

 首は太く、肩幅は広い。体格はしっかりしてるから、実力はあるんだと踏んでいた。スキル振ってないと分かった時は、心底がっかりしたが。


「……オッサン、なんでこんなとこに? 畑は……?」

「断ってきた。お前さんのおかげで、報酬の芋はパアだぜ」


 言いながらオッサンは、背中の長剣を、鞘ごと外した。地面に降ろして、そのまま俺たちに向かって歩いてくる。


「……!? 馬鹿かオッサン! 剣無しで勝てる相手じゃねぇよ!」

「オッサンじゃなくて、スラッグな。一度、人の名前見たなら覚えろよ」


 と、ここで人狼が、俺の髪から手を離した。受け身も取れずに、俺は前のめりに倒れこむ。

 なんだなんだ? なにが起きた?

 人狼もゆっくりと、オッサン――スラッグの方に向かって歩いていた。


 場の空気が変わった。

 森の中の、開けた空き地。丈の短い枯草が生えてて、走り回れるくらいの広さはある。

 対峙する人狼とスラッグは、試合前のような緊張感を漂わせていた。


 スラッグが、一礼をしてから、しゃがみこむ。

 右ひざをついて、右拳を地面につけている。左手は五指を開いて、目前の高さに。指先は下を向いていた。


 驚いたことに、人狼も同じ姿勢をしていた。

 何やってるんだこいつら。

 全く理解が及ばないまま、戦闘は途端に始まった。


「――グルぁアっ!」


 先に動いたのは人狼。

 低姿勢のまま、スラッグに突っこんでいく。右肩でタックルをするつもりだ。


 対してスラッグは、両腕を顔の前でクロスさせ、防御の姿勢。

 真正面から、人狼がぶつかった。オッサンの体が、ゴロゴロと後方に転がっていく。


「オッサン!」


 叫んだ拍子に、髪を結んでいた紐がほどけた。乱れた銀髪が、ばらりと開けて肩に触れる。

 人狼は、なおも勢いがやまない。吠えながら、スラッグを追って跳躍。すでに爪を振りかぶっていた。

 オッサンは、地面に、左手の指を立てて、ブレーキをかける。ざりざりと土に指の跡がついて、砂埃が舞う。


 オッサンが見上げた時には、人狼が迫っていた。空中から襲い掛かる、爪の攻撃。剣も無しにどうやって防ぐつもりだよ!

 スラッグは起き上がらない。地面をつかむ左手に力をこめ、勢いよく右足を振るう。


「――ッはぁ!」


 右足の蹴りは、人狼の腕を巻き込みながら、首に命中した。

 鎌で首を刈るみたいに、半円の軌跡を描いて。


 蹴られた人狼はひとたまりもない。地面に体を叩きつけられ、殴られた犬みたいな情けない声を出していた。


 スラッグは、蹴りの勢いを利用し、そのまま上半身を起こした。

 右足は伸ばしたまま、人狼の首を固定している。人狼の背中は地面につき、首は右足に阻まれている。これでは人狼は起き上がれない。


 だが人狼だって、抵抗はする。

 スラッグの右足を両手で掴み、口を大きく開いた。

 まずい、噛みつくつもりだ!


 しかしスラッグが、噛みつかれる前に動いた。

 人狼の口めがけて、手に持っていた石を、勢いよく突っ込んだ。


「ァが、グッ?!」


 ……って、石?! いつの間に拾った?!

 てのひら大の石を噛まされて、人狼は戸惑うような唸り声をあげる。


 スラッグは、左拳の人差し指と中指を、まっすぐ伸ばす。

 その二本指を、相手の右目に突き立てようと、振り下ろす。


 が、目突きは、寸止めに終わった。


「え……、なんで」


 たしかに仕留められたはずなのに。

 人狼も、驚いた様子だった。信じられないような目をして、スラッグを見上げている。

 俺の呟きに、スラッグはこちらを向いて答えた。


「人狼にも、社会があるんだよ」


 スラッグは、人狼の首を押さえていた右足を離す。噛ませた石を、取ってやる。

 人狼は、大人しくなっていた。耳を垂れて、尾も縮こまっている。さっき、あんなに恐ろしかったはずの人狼が、完全に戦意を失っていた。


「あっちの北の山には、人狼の群れが住んでいてな。たまにはぐれ狼が、村の近くまで降りてきちまうんだ。たぶん、群れのボスに戦いを挑んで負けたんだろうな。けっこう速かったし、こいつ」

「けっこうって……。魔法攻撃よけるわ、連続攻撃もしてくるわで、こっちは死すら覚悟したんだが?」


 スラッグは、人狼の手を引き、助け起こしている。しかし、怪訝な顔で俺を見つめて、問いかけてきた。


「……お前、人狼の姿見るなり、魔法撃ったりしなかったか?」

「え、なんでわかった?」

「やっぱりな。人狼は不意打ちを嫌うんだよ。正々堂々と戦うのが、人狼の流儀でさ。お前のやり方が気に入らなくて、人狼も怒ったんだろうな。あと、武器を持ってる奴にも容赦しない。殺されないために、必死になるからな」


 あ、そうか。だからスラッグは、人狼と戦う前に、剣を外したのか。

 人狼とスラッグが戦う前にやった、あの儀礼的な仕草にも、何か大事な意味があったのかもしれない。


 スラッグは、人狼に何事かを告げて、黒毛の背中を叩く。

 人狼は、小さく会釈して、森の奥へと走り去っていった。


「えっ、逃がすのか? 依頼では倒せって……」

「何もしてないのに、倒すの可哀そうだろ。まだ人も襲ってないし、人狼も馬鹿じゃない。山に帰れって言ってやったよ。群れとは行動できなくても、人里に降りて殺されるよりはマシだろう」

「けど、それじゃあ報酬が……」

「もらえないだろうな」


 あっけらかんと答えるスラッグ。人狼の背を見送って、ようやくこちらへと歩み寄る。

 「立てるか?」の問いにムッとして、自力で立った。まだ足がフラフラする。


「どうしたよ若いの。釈然としない顔だな」

「……あんた、人狼のことに詳しすぎる。≪鑑定≫でも出ない情報をどうやって知った?」

「あー……経験。あと好奇心?」

「なんだそれ」

「俺、あの村に10年常駐してるんだよ。人狼ともよく戦った。……確か、5年前だったかな? なんではぐれ人狼がこんなにいるのか気になったんだよ。で、北の山に登って、人狼の群れの観察を始めたんだ。面白かったぜ。ボスの人狼が、こちらに敵意がないの分かっててさ。鼻が利くから、俺がいるのも気づいてたろうに、思いっきりくつろいでるんだよ」


 ……いっぱい話す大人苦手なんだよな。なんか、結論まで長いっていうか。思い出話が多くて、回りくどい。

 けど、俺の知らないことを、このオッサンが知ってるのが、なんか嫌だった。ぐっと耐えて聞き役に回る。


「決まって俺に威嚇してきたのは、下位の人狼ばかりだった。そのたびに、ボスの人狼にたしなめられてたけど。で、人狼同士の試合も、何度か見たんだ。戦う前の礼法も、そこで覚えた。負けた狼は、必ず勝った狼に従っていた。大抵は、群れの下位に格落ちだ。その中に、自分から群れを抜け出すやつがいた」

「え、自分から? ボスに追い出されたとかじゃなくて?」

「ああ。負けたショックも併せて、集団の中に居づらくなるんだろうよ。プライド高くて自信家の個体は、特にその傾向が強かったな。中には、懲りずに何度もボスに挑む奴もいたけど」


 ……なんか。

 なんで《鑑定》で人狼の習性が見えなかったのか分かった。


 スキルやステータスは、数値化して見える。

 しかし、相手がどんな性格か、どんな経歴を歩んできたか、どんな思考をするか、どんな戦い方をするかまでは読めない。


 鑑定レベルを極限まで高めたら、そんなこともできるのかもしれない。

 でも、俺のレベルじゃまだ全然だった。少なくとも、酒場で会ったオッサンが、10年かけて人狼と向き合ってきたなんて、知ることもできなかった。


「……あのさ、なんで俺を助けにきてくれたんだ?」

「それまで言わんとダメかね? お前か人狼の死体見るのが嫌だったんだよ。それに比べたら、芋がもらえないくらい、どうってことない」


 スラッグは、俺の鎧についた土を払いながら言う。

 最後に、「鼻を拭け」とハンカチを渡される。俺は、ハンカチを握ったまま、思考の渦の中にいた。とっさに、大きな声を出してしまう。


「あのっ!」

「……? なんだよ」

「俺は……、どうしたらいい?」


 我ながら、漠然とした質問だった。

 王都を出て、こんな山奥の村まで来たのには理由があった。


 前のパーティーで、上手くやっていけなかった。


 魔法も剣術も使えるからって、戦闘中に調子に乗った。

 事前に決めた役回りをこなせなくて、パーティーが危ない目に遭ったことが、何度もあった。

 俺のせいで、パーティーが半壊したこともある。

 パーティーから「追放」されるのが怖くて、自分から辞めると言った。

 自分のプライドを守るために、単独行動を始めたんだ。


 酒場でオッサンに声をかけたのも、俺よりどん臭そうだったからだ。

 自分より格上の奴と組んで、無能扱いされるのが怖かった。


 でも、一人で、飯を食べてるオッサンを見て、安心した。

 単独行動は、別に悪い事じゃないんだ、って肯定された気がして。


「……どうって言われてもなぁ」


 スラッグは、頬をかきながら答えを迷っている。

 俺は、情けない顔してたんじゃないかな。

 オッサンは、街中で迷子を見つけたような目をしていたから。


 「とりあえず、宿屋に帰ろう」と提案された。

 俺は黙ったまま後をついて行った。

 スラッグも黙ったままだった。俺の質問の答えを、考えているんだろうか。変なこと聞いて、困らせただけなんだろうか。


 ずっと自分の靴先を見ながら歩いていた。

 どのくらい、お互い沈黙していただろう。オッサンは、俺に背中を向けたまま答えた。


「自分で考えて行動したらどうだ?

 俺は、人狼を知るために、自分の足で山を登った」




   ◆◆◆




「……えーと、ヴェルナくん、だよね?」

「おう」

「なんで坊主頭になってんの……?」


 酒場で朝食をとっていた時のことだ。


 昨日たまたま助けた若者が、ばっさり髪を切ってしまった。

 麦粥を噴かなかっただけ、褒めてもらいたい。

 にしても、長くて綺麗な銀髪だったのに、なぜそんなことになったのか……。

 理解が追い付かず、目と目の間を、二本の指で揉む。目の前のヴェルナは事もなげに答える。


「オッサンの言う通り、自分で考えて行動した結果だけど?」

「えっ! 俺のせい!?」

「髪が長いと戦闘で不利だ。髪を掴まれたら、頭の動きを制限される。また同じ目に遭うの嫌だから切った」

「えー……、これまた思い切ったことを……」


 合理的、ではあるんだが、もうちょっと惜しんだりしないものかね。あの自慢の銀髪が、指でつまむのも難しそうな短さになってる。

 緑色の目はまっすぐと俺を見ていた。心なしか、初めて酒場で会った時より、瞳に光が宿っている。


「あと俺、しばらくオッサンと行動することにしたから」

「えっ!? すでに決定事項?!」

「俺、単独でも動ける冒険者になりたいんだよ。剣士学校で学ぶことには限界があるし、前いたパーティーでは、うまくいかなかったから……。だから、オッサンが俺の当面の目標なんだよ」


 おいおいやめとけって。俺なんか目標にしたって楽しくないぞ?

 と、ついぞ口に出しそうになる。


 しかしだ、ヴェルナも……若いなりに、自分で考えたんだよな。若者の苦悩の末の意思決定を、俺ごときが口出していいものか。


 ……パーティーでうまくいかなかった、とさらりと言ったのも気になる。こいつも集団行動苦手なのか。他の奴と組めって言うのは簡単だが、それでいいのか?


「……あのな、ヴェルナ。俺は、誰かに何かを教えられるような、できた人間じゃないぞ?」

「いいよ別に。見て盗むから」

「んっ?!」

「達人の技は見て盗めって言うだろ? 全部盗んだらどっか行くから、それまでよろしく」


 えー……、なにこいつ。

 色々と面倒くさそうだ。

 全部盗んだらって、どんくらい時間かかるんだよ……。俺は気ままに暮らしたいというのに。


 渋い顔をしていたら、ヴェルナが肩にしょっていた布袋を、机に置いた。かなりの重みだったらしく、机の皿やグラスが弾んで音を立てる。


「あとこれ、前金になるか分からないけど……。早朝、農家のクエストやってきたから……」


 目線を反らされながら、開けろと顎で指示された。

 なんだなんだと、袋の口を開いてみる。

 中には、カボチャや玉ねぎ、にんじん、芋がみっちりと詰まっていた。


「ま、魔法剣士が畑仕事なんか、かっこわりーって思ったけどさ。オッサン、金よりもこっちのが喜ぶかなって……。あと、昨日助けてくれた礼がしたかっていうか……、その、ありがと……。スキル無振りのことも、馬鹿にしてごめん……」


 照れくさそうに視線をそらしっぱなしのヴェルナ。声までどんどん小さくなる

 まあ、駆け出しの冒険者が、畑仕事なんてやりたかないよな。ヴェルナの手を見れば、指の爪の間に土が入って、茶色くなっている。よく見たら、鼻の頭もこめかみも、土で汚れてた。

 俺は、思わず小さく笑う。木のスプーンでくるりと円を描いて、提案した。



「これ食ったら、山菜採りのクエストに行くんだ。お前さんも一緒に行くかい?」




(終)

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― 新着の感想 ―
調子にのった若者が大事に至る前に優しく逞しく諭すおっさんがかっこよかったです。おっさんの技を盗むと公言するヴェルナは小憎らしいですが、おっさんの喜びそうなものを選んでプレゼントしたり、ちゃんと謝ったり…
[良い点] とても丁寧で、主人公達が生活している感じがよく出ているところ。 [一言] ステータスで見えない部分があるのが、おじさんが若者に、若者がおじさんに気を使えるところが、個人的に嬉しかったです。…
[良い点] 食事中に話しかけ、その食事風景もイメージしやすいです。何故助けに来たのかも程よく会話に入れられ、すんなり読めました。 [一言] 登場人物が生き生きしていて連載にしても良いと思いました。
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