聞かなくてもわかる
部屋に戻った椿は、髪を乾かし
ぼんやり、もふもふ君を抱き締める。
麗音愛は何かあってはと病院の寝間着ではなく
私服に着替えていた。
「横になってなよ」
「うん……」
言われベッドで横になるが、涙が流れて枕が濡れていく。
夕飯が運ばれていたが、椿は何も言わずそのままだ。
「椿ちゃんも、お前も大丈夫か
何も食ってないし……」
「椿が食べないし……」
「お前は食わないと、守れないぞ。
なんか買ってくる。ゼリー飲料でも」
「あ、ありがと……母さんはどこに?」
「現場に行かないといけないって、お前の事心配してたよ」
バタンとドアの閉じる音がすると、バッと椿が起き上がった。
「いるよ」
「……うん……」
麗音愛がいるのを確認すると、はぁっと安堵の息を吐く。
ベッドに座る麗音愛。
「麗音愛は大丈夫……?」
「俺?大丈夫」
「……屋敷がなくなってショックだけど……
あの結界の話がすごく怖かった……」
「箱も俺のせいでごめんね」
「いいの、本当に……麗音愛が無事で良かった」
またツーっと、頬を涙が伝う。
「でも怖くて……」
「何が怖い……?」
「麗音愛がまた、あんな浄化結界で攻撃されるような事になって……
もし……もしも……」
「大丈夫、俺は死なないよ」
なんの根拠もない。
なにも約束なんてできない。
でも麗音愛は言い切った。
椿は麗音愛の隣に座って
肩に寄り添い、麗音愛も椿が安心するように寄り添った。
温め合う子猫達のように。
「大丈夫、絶対死なないから」
「うん……うん……」
ひんやりしてても、温かい麗音愛の身体。
すがるようにぎゅっと椿が麗音愛の腕を掴んだ。
「憎くて……悲しくて……痛くて……
でも嬉しかったこともあって……
楽しかったりもあって……」
「俺も……」
「……心が壊れちゃいそう」
「……うん……」
ノックされ、2人が離れると看護師が注射を持ってきた。
「渡辺さん、今日はゆっくり休むように先生がお薬出してくれたので
咲楽紫千さん、もう面会時間も終わるから
自分の部屋に戻ってね」
「え……でも、ここにいます」
麗音愛の言葉に目を丸くする看護師。
「御一緒に、なんて言えませんよ~」
「麗音愛、離れたら怖い」
「大丈夫、まだ彼はいるから。ね?大丈夫よ離れないから
はい、ちょっとチクっとしますよ」
手慣れた看護師はすぐに、針を刺し注射を終える。
「椿」
「れお……ん……」
椿はふらふらしたかと思うと、そのまま眠ってしまった。
「安定剤です。朝までぐっすりだと思いますよ」
「そんな……」
本人の同意も得ずに、と思ったが
今の椿にはこの方がいいのだろうか。
少しでも楽に忘れる時間が必要だろうか。
「俺、ここにいます」
「え、でも」
「ここにいます」
「……聞いてみますから」
困った顔のまま看護師は出て行く。
その後、また色々買い込んで剣一が帰ってきた。
「椿ちゃん寝かせられたって??」
「うん」
「そっか……」
椿の前でずっと優しい顔をしていた
麗音愛が険しい顔で、拳を握りしめる。
「昨日だって、あんなに辛い思いして……
でも祭りで笑えたのに……
やっぱり朝に帰らせれば良かった」
「玲央、気持ちはわかるけどさ
椿ちゃんも頑張りたいって言っただろ」
「プレッシャーかけてただろ」
ギリっと奥歯を噛んだのを剣一が見ていた。
「おい、団内でやめとけよ。お前の立場が悪くなる」
「俺は、椿を守ってくれるという約束で入っただけで
別にいつだって抜けるよ」
ゆらりと麗音愛の周りの呪怨が揺れ、濃くなる。
「お前さぁ、そういう殺気やめとけよ。闇落ちするぞ
そんなことになったら、椿ちゃんどうするんだ」
「……椿も心配してくれるけど、俺が呪怨に負けることなんてない」
濃くなった呪怨をジリジリと足で踏み潰し、剣一にも伸ばそうとした
血にまみれた黒い手が消えていった。
「本当かよ……
んでさ、椿ちゃんうちのマンションじゃないとこに
移されるかも」
「え?そんなこと」
「したいわけないよな。わかるよ
ただ今ままでの処遇が脱走した罰姫を俺らが管理するっていう話だったのが
桃純家のご当主様になったんだから……」
「椿は、そんな事望まない」
「聞いたの?」
「……」
麗音愛は、椿の寝顔を見る。
すーすーと寝息をたてていた椿の手が動く。
「れぉ……ん……」
麗音愛の名を呼んで、パタっと求めて動いた手。
薄いケットを椿にかけて、その手を優しく中にいれた。
「聞かなくてもわかる」
「まぁな」
「兄さん、椿を頼む。俺、また行ってくる」
「何をするつもりだ、呪怨で飛んだりしたら見張りにバレるぞ」
「母さんと話してくる。話せる機会も少ないし
俺が普段言うことを聞いてるのは、どうしてかか、もう一度考えてもらうよ」
ふぅと剣一がため息をつく。
「早く帰ってこい」
「うん」
麗音愛は呪怨をまとって飛び立った。
窓が開いた風で椿の髪が揺れる。
弟が月の影に照らされながら行くのを見て
剣一は窓を閉めた。
焼け落ちた桃純家の屋敷。
消火は先程までおこなわれ
マスコミも殺到して、全国ニュースになってしまった。
暗い中ライトを当て
白夜団の指揮の元、現場検証が行なわれている。
酷い臭いと、焼け落ちた大量の瓦礫。
団長の直美も衝撃を受けるその悲惨さ。
心を落ち着かせ
立ち尽くす雪春の横に行く。
「絡繰門さん」
「団長……全て僕の失態です」
「全焼ね……地下の隠し部屋があったんですって? 箱を奪われたと」
「えぇ……あの箱の中に一体何が隠されていたのか。椿さんでも開けられずで」
「舞意杖をこちらに渡したのは、あの部屋を開けさせ箱を奪うためだったの……」
舞意杖よりも、あの箱には価値があったのか。
「そのようです。山茶花の絵の描いた文箱のような箱でした。一体何が入っていたのか心当たりはありませんか?」
「私には見当も……」
「何か重要な書類でも入っていたのかと思うと……どんな処分も受ける覚悟です」
「紅夜のナイトの襲撃ですよ。誰も対応なんてできません
子ども達が無事で良かった」
白夜団は、紅夜が滅んだと思われてから弱体化が進んでしまっていた。
実際、妖魔も減少し一般人に被害が及ぶまでの事件も殆どなかったので
祓いや浄化の分野に移る者も多く、武器を手放し団を離れる者も多い。
上に立てる人材は貴重な存在だ。
「絡繰門さん、今後は椿さんを桃純家ご当主として
こちらで保護するには荷が重すぎます。是非、絡繰門家での保護を」
「何を言うんですか。咲楽紫千家は桃純家に引けを取りませんよ」
「あなたなら、篝さんに似た椿さんをしっかり保護してくれるでしょう?」
雪春が直美に向き直す。
「それを言うなら、あなたこそ、篝さんの娘の椿さんを保護するべき立場なのでは?」
「な……」
「それに玲央君が許さないでしょう」
「納得させます」
ビービー!!! と緊急警報が鳴る。
「妖魔出現! 戦闘配備!!」
「団長!!」
聖地だからと油断していたのか、屋敷の燃えカスの森の周りから
大量の妖魔が湧き出した。
雪春が直美を守るため結界を繰り出すが、
それよりも早く無数の妖魔が上から左右から襲いかかる!
妖魔の剥き出しの牙が、
直美の目に飛び込み、叫ぶ間もなく、死の恐怖が襲う。
走馬灯のようなものが見えた気がしたが、すぐに妖魔の肉塊が飛散するのが見えた。
「!! 玲央」
直美の元へ来た麗音愛が、全速力で駆けながら妖魔を斬っていく。
妖魔から迸る血を浴び、襲われる団員をかばい、食いつかれながら斬り落とす。
直美にも見えた。
晒首千ノ刀の呪いの呻きが。
血を流しながら、呪怨が麗音愛を呪おう、殺そうと襲っている
麗音愛がそれを操り、力にして斬っているのが見える。
怪我が煙を吐きながら、治っていく、また食いちぎられ、それをした妖魔を刺し殺す。
「あ、あぁ……」
その壮絶な戦い方を、母の直美は涙を流し見守った。
妖魔の血に濡れ、怪我をした身体から再生の煙がくすぶる麗音愛が
ゆっくりと歩いてくる。
呪怨を麗音愛の周りを漂い、汚れた黒い翼に見えた。
「玲央…!!」
直美は、我が子の姿に戸惑いながらも走って麗音愛の元へ行く。
「母さん……怪我は?」
「ないわ……こんな、こんな……」
残った妖魔が、また牙を剥き、麗音愛は顔色1つ変えず晒首千ノ刀で斬り捨てた。
冷たい瞳。無感情のアンドロイドのような。
剣一が不安がる姿。
心が死んでいく……。
それがやっとわかった気がした。
止まらない動悸のなか、冷たい汗が直美の額を流れる。
目の前にいる息子が、息子ではなく見える。
ゾクリとしてしまった自分を直美は嫌悪した。
「玲央……」
「あのさ、母さん、椿のことだけど」
そう言うと、いつもの麗音愛の顔に戻った。
直美も戸惑うほどの変化。
「一緒に、帰るから。うちのマンションの椿の家に」
「え、えぇ」
リビングにいる時の、自分の息子だ。
「ワガママなのかもしれないけど……
椿は……あの、なんていうか」
晒首千ノ刀は、また同化して霧のように消えていく。
麗音愛は空いた右手で前髪をいじった。
小さい頃から、照れくさい時の癖。
「とにかく、あの家にいてもらいたい」
親の前だと、麗音愛も気恥ずかしく、 そんな風にしか言えなかった。
「玲央、あなた……」
「なに? 母さん、返事を聞かせてよ」
「そ、そんな即答は」
「いや、今聞かせて。俺も不安になって眠れなくなる」
また、呪怨に包まれた麗音愛を思い出す。
あんなものを背負っているのだ。
その息子の1つの願い。
「……わかったわ」
「良かった」
「団長!! 指示を!!」
麗音愛の活躍で白夜団の怪我人はゼロだったが、妖魔の浄化処理の仕事がまた増えてしまった。
はぁ……と直美がため息をつく。
「俺、戻ってもいい?」
「あなたはもう休んで、ありがとう。
とても立派だったわ。
みんなを守ってくれてありがとう」
「うん」
にっこりと麗音愛は微笑んだ。
子どもの頃から変わらない笑顔。
少しぼやけて見える、息子の顔。
「剣一に悪いけど来てくれるよう、伝えて」
「わかった」
当然のように、飛んで行ってしまった麗音愛を直美は見上げ、そしてすぐ指示へと向かった。
椿は、夢を見ていた。
母の絵、祖母の幽霊、お祭り
福火渡し
麗音愛、麗音愛、照れてる麗音愛、星空
赤ちゃんの写真、七五三の写真
燃えた屋敷
麗音愛、炎
あの日の誕生日……。
母様が……私を撫でてくれる。
なに? なんて言ってるの?
唇が動いてる。
ま、も、ら、な、け、れば?
「!!」
ガバッと起きた椿。
汗でびっしょりの額を甲で拭う。
まだ薄暗い……、ここは病室だ。
「あ……」
ベッドの下の床に座り込んで麗音愛がスーッと寝ていた。
椿が動いたベッドの軋みで麗音愛がガッと起きる。
「お、起こしてごめんね麗音愛」
「椿……」
『大丈夫?』と聞いたって『大丈夫』としか答えないだろう。
「うなされた? すごい汗」
「なんだか夢を見てた……けど忘れちゃった
麗音愛、そんな床で寝てたの?」
「1人だったら不安になると思って」
「ありがとう……1人なんて、平気だったのにね
ずっと1人で、いたのに」
燃えた屋敷での生活。
1人ぼっちで、これからも生きていくんだと思っていた。
でも麗音愛の言うとおり
今起きて1人だったら不安だったと椿は思う。
「一緒に家に帰ろう」
「家に……」
「椿の家は、うちのマンションの302号室だろ」
「うん、うん……!」
薄暗かった病室が次第に明るく照らされていく。




