温もる身体・子守唄
「椿ちゃんは大丈夫だったか!? 怪我してるのか!?」
剣一がマンションのベランダで2人を待っていた。
ドスッと麗音愛が着地する。
「だ、大丈夫です……心配かけてすみません……」
そう言いながら青白い顔だ。
「まだ血が出てる、止血が必要だ」
止血に使ったロンTはもう血で染まっている。
「自分で切ったから……です」
「病院に行こうか」
「大丈夫です、麗音愛も大丈夫だからそんな顔しないで……」
「じゃあ包帯を持ってくるから!」
剣一がまた慌てて椿は申し訳なくなる。
御礼を言いたいのに、椿は力が出ない。
「自分で切ると、呪いになるんだ……なかなか治らない」
「椿、本当に大丈夫なの?」
「治るから、心配しないで……ちょっと血が出ただけ」
ぎゅっと手を握っても冷たくて震えてる。
「ごめんなさい……バカだから、手加減わかんなくて、こんなに切って……バカなだけだから
心配しないで、死ぬつもりなんてない……」
「痛くて寒かったよね、無理させてごめん。横になろうよ」
「あ……倒れるかも……れぉ……」
座っていた椿が、ふらっと倒れ込むのを
そのまま
麗音愛が抱きしめて支えた。
「玲央、椿ちゃん」
「気を失ったみたい……兄さん、大丈夫って言うんだけど本当なのかな」
「これで止血しよう。血さえ止まれば……回復が追いつくはず」
「椿……」
「大丈夫だ、死なない」
医療用のテープでがっちりと傷を塞いで固定した。
青白く苦しそうな顔をしていた椿だが、
少し落ち着いてきて、今はそれ以上悪化はしないようだ。
「玲央、お前も血だらけだぞ、着替えとシャワーしてきたらどうだ?」
「いい、離れない」
「わかった。俺は聞いた事を報告しないといけないから後は頼むぞ。こっちに人は寄越さないように俺が対応する」
「うん……ごめん面倒なことさせて」
「いや……今日、お前さ」
「うん、美子といた」
「そ、そうか」
「なんも、ない。本当に」
「おう、俺も迷惑かけた。落ち着いたら、また話そう」
麗音愛が頷くと剣一が部屋を出て行く。
寒くてすり寄る椿を自分のベッドに運んで
温めるように布団をかける。
「麗音愛……」
名前を呼ばれて、ぎゅっと手を握るが
「さむ……い…………よ……れお……ん」
椿の瞳から涙が溢れ落ちる。
悪夢を見ているのか、手を握るだけでは椿の苦しく寒がる声は
どうしようもできなくて
抱き締めて、というように手をパタと差し伸べてくる。
意を決してそっと布団に入ると
そのまま椿に抱きしめられた。
「こ……わい……」
腕が痛まないか、気になりながら
寄り添って怖がる椿の頭を撫でる。
「椿……いるよ」
「れぉ……」
「椿、麗音愛ならここにいるよ……安心して……」
こんなに自分の名前を呼んで、1人にさせた自分が殺したい程憎くなる。
傍にいれば、自分が対応して椿がもっと傷つかない方法があったはずだ。
どうにか、悪夢から解放してやれないかと
よしよしとナデナデしたり、ポンポンしてみる。
そういえば、とあの子守唄
全てはわからないが少し歌ってみた。
「ねんねんころり……かわいいひなどり……
もえるほのおが……おまえをまもり……
ひいろのははの……うでのなか……
いとしいひなどり……ねんねんころり……♫」
ポンポンしながら、そこだけ繰り返していると
段々と落ち着いて、スースーと寝息をたてるようになった。
不思議に呪怨も大人しくなったようで麗音愛も少し楽になる。
「よかった……」
ホッとして、さすがにリビングのソファで寝ようかと思ったが
ぎゅーっと椿に抱きしめられ離れられない。
「椿……」
スースーと血まみれで自分に抱きつく椿を
麗音愛も抱き締めた。
嫌な夢と良い夢を交互に見て
椿は目を醒ます。
何が現実だったのか、頭を呼び覚まそうとするが
まどろみの中が心地良い。
自分を包む、暖かい温もりが気持ち良い。
口元に、もっと温かい肌があって頬を寄せた。
スリスリすると、なでなでされる。
嬉しくて、もっと腕を回そうとすると 腕が痛んだ。
「いた……」
「……つばき……」
眠っていた上を向くと、麗音愛の長いまつげと瞳と目が合った椿。
スリスリしていたのは麗音愛の胸元だった。
「え、あ、」
「椿……大丈夫……?」
「うん……」
麗音愛に抱きしめられて眠っていた椿。
「良かった……」
優しく微笑む麗音愛。
「あ、え、え? ……ど、どうして」
「すごい苦しそうで……心配だったから……」
「え!」
椿が飛び起きようとすると
バリバリと血で張り付いたシーツに2人の服がくっついていた。
「あっど、どうしよう」
「椿」
麗音愛がまた椿を抱きしめた。
「俺がしたこと……気にしないで」
「でも、血が」
「……いいんだ」
「でもベッドの方にまで汚れてたら」
「そんなんどうでもいい、傷は大丈夫……?」
「うん」
「……良かった」
ふぅーーーっと長い息を麗音愛が吐いた。
「あぁ……良かった、椿が無事で」
ぎゅっと更に抱き締められたが、麗音愛の机の時計を見て椿は飛び起きた。
「も、もう起きなきゃっ……」
「あ……ごめん……また俺……」
「嫌じゃないよ……学校が」
「じゃあ……もう少しだけ寝よう……学校休みだよ……」
「あ……そうだ……」
くっと引っ張られ、麗音愛の胸元に抱き寄せられる。
いつも呪怨からの呪いで疲弊している麗音愛にとって眠りは重要で、
眠い時の麗音愛は問答無用の無敵な存在。
また瞼を閉じて、ぎゅっと椿を抱き締める麗音愛。
カーッと赤くなる椿。ドキドキと心臓が跳ね上がるが
段々とその温もりでふんわりとまた癒やされていく。
頭を撫でられて血の匂いのするままに、抱き締めて眠らせてくれる。
嫌な事全て忘れてしまった。
暖かい優しい時間。
またぐっすり眠って、麗音愛が目を醒ます前に椿は起きた。
でも起こさないように動かずにいた。
いつもの呪怨の寝不足もあるし
きっと自分を抱いて長距離を飛んだし見守ってくれて疲れたに違いない。
眠る麗音愛を見つめる。
何もしなくても整った眉
スッと通った鼻筋
彫りの深い瞼に、長い睫毛が揺れて
唇は柔らかく
肌はきめ細やかで
少し伸びた髪が艶めいて垂れている。
「天使様みたい……」
ふっと麗音愛の目が眠り姫のように開いた。
椿は、どんな顔をしていいのかわからずだったがとりあえず笑ってみた。
「お、おはよう麗音愛」
近距離の椿の笑顔。
「……椿……あ、俺……」
カチコチと頭が動き出し
抱き寄せて眠っていた事を理解した麗音愛。
椿の身体を自分が抱き寄せていた、腕枕までして腰にも手をまわして柔らかい胸の感触を感じた。
動かなかった心臓がジリっと熱されて動く歯車のように静かにドキドキと動き出す。
「ご、ご、ごめん!!!」
「ううん」
「ごめん!」
「だ、大丈夫!!」
お互い飛び起きて、正座で座り向き合う。
「私が悪いの!!心配かけてごめんなさい!!」
椿土下座。
「俺こそ寝ぼけて、ごめん!! こんなずっと……ごめんなさい!!」
麗音愛土下座。
「全然! 大丈夫!! 謝らないでお願い麗音愛……
謝られたら私……」
悲しいとまでは言えなかったが麗音愛も「わ、わかった」と言った。
「気分はどう……?」
「うん……いい気分……もう大丈夫ありがとう」
ふっと微笑む。
「良かった……」
お互いベッドに正座したままニコリと目を合わせたまま笑った。
椿は出逢った時の麗音愛を思い出す。
麗音愛はこんな感覚が自分にある事を少し思い出した気がした。
照れて笑う椿が、とても可愛く感じて心が温まる。
ジワっと溢れた気持ちが、でも、また砂のように消えていく。




