夕方鬼ごっこ
もう辺りは暗くなっての、二人での帰り道。
「ごめんね、待たせすぎた」
「ううん! 全然だよ」
「今日の事……大丈夫? カウンセリングも申し込みできると思うけど」
白夜団ではいつでもメンタルカウンセリングが受けられる。
特に椿には手厚いチームが用意されていた。
「平気! 嫌だったけど……慣れてもいないけど……慣れてるというか。
麗音愛来てくれなかったら、殴っちゃったかも」
「あんな事あったのに一人にしてごめんね」
「ううん。みんなにね、帰っていいよって私が言ったの! 佐伯ヶ原君と話せたし」
さっきの紅い顔をした男子生徒を思い出す。
「彼とずっといたの?」
「ううん違うけど、でもお友達できて嬉しい!」
「……そ、そっか」
「麗音愛も佐伯ヶ原くんと仲良くしてね!」
「ん、あぁ」
麗音愛は転がっていた石を無意識に蹴った。
「そういえば美子さんは?」
「美子? 別で帰ったよ?」
恋というものが、あるなら
麗音愛は美子さんに恋をしているんだよな、と椿は考えてしまった。
あんなにも大事に想って闘って……。
この前の仕事では手を繋いでいたし……。
「美子さんと二人で帰ってくれても良かったんだよ」
ズキズキと、言った途端に痛む椿の心。
「俺が待っててって言ったのに帰るわけないよ。椿が心配だったし」
そう言う麗音愛を見上げると『ん?』 と優しく微笑んでくれる。
椿も笑ったので麗音愛も安心した。
「誰かに呼び出されたら、今度は俺が最初から着いていきたいけど」
「いいの?」
「でも無粋かな……とも思って」
「無粋? どうして?」
「いや……」
「そういうの、よくわかんない……。知りたくもない。だって誰も本当の私の事知らないよ」
「椿」
「断る以外選択肢ないもん……」
「そんな事ないよ、椿にだって幸せになる権利はある! それに」
「それに?」
「んー……いや、さ、すごくいい人の場合もあるかも……しれないとか」
「なんで、そんな事言うの?」
「俺は、椿が幸せになる事が1ば……」
椿の心に一気に広がるモヤ。
「椿選手ーっっ! アクセル全開ーーーっ!!」
「えっ!?」
なんだかモヤモヤが我慢できずに椿は走り出した。
「えっ待てよ!」
「私! 今日! 牛丼買ってきて食べるからー!! バイバーイ!!」
振り返って麗音愛に笑顔で手を振る。
「え!? 俺、今日飯当番だから昨日塾の後、夜中にミートソース作ったのに」
聞かずに走り出す椿。
「椿! 待ってって!」
追いかける麗音愛。
本気で追いかけないと、椿には追いつけない。
夕闇の中、何をやっているのかと御見張りさんに思われている事だろう。
本気で走って追いかけて家のマンションを通り過ぎ、牛丼屋の方向へ。
バッ! と椿の手を掴む。
「椿!」
「男なんか大嫌いなの!!」
叫んで思い切り、麗音愛の手を払う。
「椿……」
「あっ……ごめんなさい」
「ご、ごめん。追いかけて悪かった」
「あ……ち、違……」
「ごめん」
「あ……」
二人で息を切らせて
下を向く。
「椿、帰り道、気をつけて、ごめんね」
椿は声が出ない。
そのまま麗音愛が歩いて帰っていくのを見てるしかなくてどうしようもなくて、うずくまってしまう。
何がどうして、モヤモヤしたのかも麗音愛にあんな態度をとってしまったのかもわからず。
こんなところでしゃがみ込んでいたら、御見張りさんに何か報告されてしまうと、ふらふらと立ち上がる。
「牛丼買おう……」
食べたいわけでもない、牛丼を買いに行った。
◇◇◇
次の日。
朝ご飯当番でもなかった椿。
買っておいた食パンを食べてマンションのエントランスに向かう。
「椿、おはよう」
いつものように麗音愛が待っていた。
「あ、お、おはよう麗音愛、昨日……」
「昨日はごめん。夕飯ちゃんと食べた?」
「うん。私が……悪いの。ごめんなさい」
謝ることができた事にほっとする椿。
男が嫌いなんて言ってから麗音愛も男の子だということに気付いた。
お互いぼんやりしたまま歩きだす。
「俺、今までも嫌な気持ちにさせてたかなって、デリカシーなくてさ」
「えっ何で……」
「いや……」
「れ、麗音愛」
どうしたら誤解を解けるだろうか、焦っても言葉が出ない。
「玲央おはよう! 椿さんもおはよう」
「おはよう」
「お、おはようございます」
後ろから美子が現れる。
日の光のように煌めいた笑顔。
「昨日はありがとうね! すごく助かった」
「別にあんなの朝飯前だよ」
二人はキラキラして話が弾んでいるようだ。
交互に気を遣って、椿に話を振ってくるが少し歩くタイミングをずらして後ろから歩いていくうちに
クラスメイト達に話しかけられ玄関で二人と分かれた。
自分の教室に入る椿。
もう机で美術書を読んでいる佐伯ヶ原がいた。
「佐伯ヶ原くん、おはよう」
「渡辺さん、どうしたの!?
なんかすごく哀しそうな顔して」
「そんな事ないよぉーめちゃくちゃ元気!!」
あはあはと笑って見せる。
「無理したらダメだよ? 咲楽紫千君と喧嘩でもしたの?」
「……喧嘩じゃないよ」
「ほら、チョコレートあげるよ」
「あは……ありがとう」
「つばちーん! おはよー!」
バタバタといつもと同じように朝が始まる。
でも今日はいつものように楽しい気分ではない。
◇◇◇
学食で友達と昼食をとる麗音愛は、黙ってA定食を食べていた。
「玲央、ここで食べてもいい?
ちょっと図書部のことで相談のってほしいんだ」
美子がお弁当を持って麗音愛の隣に座る。
「あ、うん」
「おぃぃぃいいい! 見ろ!!
椿ちゃんの隣に男がぁ!! って玲央の隣にも女の子がぁああ!」
「カッツー……藤堂だろ」
「なに、私は女の子じゃないの?」
「あ、そうじゃなくて……名前知ってるだろって意味」
「つ、椿ちゃんの隣にぃい男がぁあああ!! 大事な事だぞぉ!!」
カッツーの指さす方向を見ると椿と昨日の……佐伯ヶ原だったか。
「あれ、男なの?」
「学ラン着てるし男だろ」
西野や石田もそれぞれが佐伯ヶ原を観察している。
美子はチラっと見たが興味がないのか話には加わらない。
「二人きり! いいのかの!? あれ!!」
「いいだろ、椿の好きにするのが当然だよ」
「そうなんだ」
美子が麗音愛の顔を見た。
「ん? 何が?」
「ううん、なんでも。実は今日も、手伝ってほしくて」
「あぁ、うん、いいよ」
即答に少し驚く美子。
麗音愛はぼーっとしたように紙パックの牛乳を飲んでいる。
「寝不足?」
「ちょっとね」
「椿さんに言わなくていいの?」
「別に……いや、ダメだ。言ってくる」
席を立って、椿に近づく。
笑って話していたと思ったが、椿もすぐ気付いて麗音愛を見る。
「椿」
「麗音愛、今日も図書部?」
「あ、うん……なんでわかった?」
「美子さんと一緒にいるから……。
私、今日美術部に見学に行かせてもらうことにしたの。だから気にしないで」
「へぇ……」
「あ、あの! 咲楽紫千君もよかったら図書部の後でも」
「今日はちょっと遅くなりそうだからまた今度。ごめんね、ありがとう」
優しく麗音愛が微笑むと、佐伯ヶ原は頬を赤らめる。
「じゃ、椿。初めてだけど、別々に帰ってみるか」
「うん」
「やっぱり綺麗でカッコいいなぁ。ね! 椿さん」
「……うん」
また美子の隣に戻る麗音愛を、椿は見つめていた。




