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紅夜城での日々


 紅夜城での一日の始まり。

 椿は部屋の丸テーブルでフォークで小さく切ったパンケーキを口に入れた。

 一度毒見をしてから、改めてパンケーキを頬張る。

 手枷は間に鎖が付いて伸ばされ、ある程度の事はできるようになった。


 剣一は椿と対面に座ってトーストを齧ったあとに、静かにコーヒーを飲む。

 

 ドアの入り口にはルカが執事のように立っていた。

 ここからの脱出方法を二人で相談しようと思っても、さすがに監視の目が行き届いているので迂闊にはできない。

 食後のミルクティーも椿は無言で飲んでいた。


「……椿ちゃん、これ」


「え?」


 ふいに剣一が差し出したのは、黒いベルベット生地の小さなジュエリーポーチだ。


「椿ちゃんの一番、大切な物」


 思い浮かんだものはあるが、まさか……と椿はポーチの中身を確認する。


「あ……」


 それは麗音愛からの贈り物。

 第二ボタンのネックレスと、指輪だ。

 目が醒めた時にはもうどこにもなく、その事でも椿は暴れてしまった。

 しかし願いが聞き入れられる事はなかったのだ。

 思い出すたびに悔しくて涙が溢れた。

 二人の思い出の宝物。

 沢山の事を乗り越えた愛の証。

 それが、ベルベットのポーチの中でもキラキラと銀色に輝いている。


「どうして、これ……」


「雪春に直談判して返してもらったよ」


「ありがとうございます……私が言っても無理で、もう捨てられているかと……」


 信じられない奇跡のようだった。

 此処にきて何度目の涙か、椿は拭う。


「でも、身につけちゃダメだよ」


「はい」


 当然、椿は紅夜の花嫁になる存在。

 それが他の男からの愛の贈り物など身に付ければどうなるかはわかっている。

 いつ紅夜の元へ連れて行かれてしまうか、椿はそれが恐ろしくて仕方ない。


 その不安を慰めるように胸に抱き締める。

 紅夜に今後、身も心も穢されるような時には、この愛を胸に抱いて死のうと決めていた。

 

「俺が絶対に守るよ」


「……剣一さん」


 ハッとなって剣一を見ると、強い瞳と目が合う。


「絶対に守るから」


 その瞳と言葉で恋人を思い出してしまう。


「……剣一さん……」


「だから、そんな顔をしないで」


 優しい微笑み。

 そうだ、生きる事を考えなければと椿は思う。

 

「はい……わ、私も絶対に、みんなの元へ剣一さんを返します!」


 皆に愛されている剣一。

 剣一のいなくなった白夜団が、どれほど混乱しているだろう。

 彼を愛している人達がどれだけ心配し涙を流しているか……。

  

「……うん、ありがとうね。あ、ちょっとごめん。コーヒー豆が無くなったから、おかわりをもらいたいんだけど、あいつに言ってもわからないと思うから俺が行ってくるわ」


「えっ」


「おとなしく待っててね」


「は、はい」


 入り口に立っていたルカと剣一は、何か少し会話をした後に本当に一人で出て行ってしまった。

 驚く椿。

 しかし、実は夜中に剣一が部屋から抜け出した事にも気付いていた。

 でもその理由はこの宝物を取り戻すため……。

 剣一を疑うことはしていない。

 だけど、彼は何かを犠牲にして今の自由を手に入れているのではないかと椿は不安に駆られるのだ。


 

 部屋を出た剣一は、少し歩いて城の壁に手をついてよろめいた。

 

「くそ……拒絶……反応か……?」


 激痛か吐き気を堪えるようにして、また剣一は歩く。


 ◇◇◇


 椿には今日が何月何日なのかも教えられていない。

 ずっと頭の中を巡るのは愛しい恋人。

 あの後、無事だったんだろうか。

 皆もどうなったんだろうか。

 

 麗音愛の誕生日はもう過ぎてしまったのか、まだなのか……それすらわからない。


 今日は朝から体調が悪いとベッドに臥せっている。

 今は何度目の夜なのか……。

 

 体力が落ちてしまうのが気がかりだが、あまり元気なところを見せたくないのだ。

 毎日カリンが、椿の様子や美しさをチェックしているようで一度コーディネーターが訪ねてきた事もあった。

 椿は紅夜へ会わせる日を決めるつもりなのだと悟り、あまり肌艶によくない生活をわざとにしている。


 今日は朝食も一口、昼食は拒否した。

 剣一も心配しているのはわかるが、椿の事情もわかっているので口には出さないでいてくれる。

 ベッドのなかで、こっそり麗音愛からの指輪をはめた。

 自然にまた涙が溢れてきてしまう。

 

「麗音愛……」


 此の空間に外部から侵入することなど、できないのではないか。

 やはり、いつまでも此の城にいるわけにはいかない。

 脱出する方法を剣一に今夜相談しよう、と椿は思う。


 剣一は風呂に入るため別室へ行っていた。

 大理石のバスタブ。

 バスタブから出た水飛沫で、浮かべられた薔薇の花びらが波打った。

 風呂から上がりバスローブを羽織った剣一が濡れた髪をタオルで拭う。

 

「なんで私が、お前の服を支度しなくちゃならないのよ!」


 バスルームから出ると、紅いメイド服のカリンが畳まれた剣一の服を持って立っていた。


「姫君の部屋の風呂は使うなって言うし」


 純白のシャツとズボンや下着を受け取る。


「当たり前! 姫様と同じ風呂に入るだなんて、汚らわしい!」

 

「じゃあリネン室? でも教えてくれたら自分で行くけど」

 

「お前に城をウロウロさせられると困るのっ! 厨房にももう行くんじゃないわよ!」


「って言うだろ? まぁ、ありがと」


「お、お礼なんかあんたに言われたくもないわよ~だっ!」


「まぁ俺だってお前達と馴れ合いたくなどないけどさ……嫌な仲にも礼儀ありというか……」


 此処はもともと剣一に用意された客間だ。

 椿の部屋ほど豪華で広くはないが、装飾が施された華美なキングサイズのベッドの上に乱雑に服を置くとそのままドレッサーの椅子に座った。

 

 傷一つない、変わらない自分の顔を見る剣一。


「な~に自分の顔に見惚れてるのぉ? きっも!」


「……なんだよ。もしかして中身も本当に子供なわけ?」


 鏡を見たまま、後ろに映ったカリンを呆れたように見る剣一。

 カリンとルカの実年齢など知る由もない。

 ただ残虐非道で双子のような二人は、中身は成人以上なのではとも思っていたのだ。


「年齢なんか関係ないでしょ! きっも! あんたなんか次に殺す候補だったんだから! ルカに大怪我させて許さないんだから! 死ね! 死ね!」


 剣一が立ち上がってカリンを見る。

 少しバスローブの胸元が顕になって、濡れた髪をかきあげる。

 見たこともない男の色気にカリンは後ずさった。

 

「なっ! なによぉ!」


「俺を殺す……それも永遠に叶わなくなって、残念だったな……」


 そう言った剣一は、虚ろなような嬉しいような無表情のような……初めて見る顔だ。


「なにっ……!?」

 

 ふっ……と剣一が皮肉めいた笑いを見せて、カリンに近付く。

 バスローブのベルトをシュル……と緩めた。


「や、やだぁ! なにするの!? ロリコンきっも! きっも! いっいやぁ!」


 そのまま喚くカリンを素通り。

 バサッとバスローブを脱ぎ捨てた剣一は、そのままサクッと着替えを終える。


「姫君の元へ戻るよ。じゃね、おつかれさん」

 

 ピッとピースサインをして剣一は重たいドアを開けて去って行った。


「なっなっ……! なにあの! お、お前なんかザコザコなんだからぁ! 殺してやるからぁ!」


 カリンの声が聞こえたのか聞こえなかったのか、無表情のまま、剣一は椿の部屋へ戻る。

 

「いやぁあ!」


「姫様落ち着いて!」

「姫様、大丈夫です」

 

 部屋に響くのは、椿の悲鳴のような泣き声。

 それに対してルカとヴィフォがなだめている声が聞こえ、剣一はすぐ寝室へ向かう。

 

「!? どうした!?」


「怖いのよぉ!」


「剣一、貴方がいなくなって姫様が不安になったのかもしれません。先程から急に泣き叫び始めて……」


 ヴィフォが寝室に入ってきた剣一に事情を話す。

 椿はベッドの上でシーツにくるまりながら叫んでいた。

 時計やぬいぐるみや枕などが散乱している。


「椿ちゃん! ごめんよ! 戻ってきたよ!」


「これ以上落ち着かなければ、鎮静剤を……次は足枷も付けなければ」


 そう言ったルカに人形が当たる。


「そんな物は必要ない! 彼女を傷つけるな。……椿ちゃん大丈夫。剣一だ。戻ってきたよ!」


「……剣一さん!」


 麗音愛からのプレゼントを渡して、かえって椿を傷つけてしまっただろうか……。

 剣一も困惑しながら椿に近付く。


「椿ちゃ……おわっ!」


 椿がグイッと剣一の腕を引っ張り、自分のベッドに引き入れた。


「今日は剣一さんと寝る! あなた達は出て行って!」


「「「えっ!?」」」


 ルカとヴィフォは大いに困惑し、珍しく剣一も慌てた顔をした。


 

 

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[良い点] 剣兄のSexyZone回わぁーーい(・∀・)!❤!!
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