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奪われた光


 剣一の結界が完成する前に、降り立った雪春。

 紅夜会の紅い軍服に身を包んでいる。

 腰には絡繰門家の明橙夜明集『雪春』を帯刀していた。


「絡繰門雪春……!」


「失礼、僕もお邪魔しますね」


 呆然とする椿に微笑む雪春。

 聖なる結界内だというのに、嫌な風が吹く。


「あなたには、来ないで欲しかったなぁ」


「すみません、でもさすが剣一君です。よく気付きましたね」


「玲央の方に総動員していたんだとしても、この子一人に任せるという状況がおかしいと思ってね……」


 椿を殺す刀を用意しての舞台にしては紗妃と妖魔だけ、とは考えにくい。

 しかし剣一も、まさか雪春が来るとは思っていなかった。

 

「大丈夫ですか? 紗妃さん」


「なんでお前が出てくるんだ! 此処は私が任されたんだぞ……! 邪魔だ!」


 しかしボロボロの身体の紗妃は剣一の結界でのダメージも受けて膝をつく。

 妖魔は全て消し飛び、昼間のような明るさのなか。

 この空間にいるのは四人だけ。

 紗妃はもう、転移結界で妖魔を呼ぶこともできない。


 だが雪春がこの場に来た事で、剣一もこの結界を維持し続けるか迷うところだった。


「絡繰門雪春……得意の催眠術で俺達を操るつもりかな?」


「残念ながら、僕程度の力では既にあの術を知って用心している人間には通用しないですね」


「へぇ……いいこと聞いた。まぁ白夜団全員に通達されてるけどさ」


「そうでしょうね、わかっています。それに初見でも剣一君には通用したかどうか……それにしてもすごい結界ですね。青い炎の結晶化も完成させていたとは……」


「あなたの残してくれた資料のおかげじゃないですか、はは」


 雪春の言葉を笑い飛ばす剣一。


「お前らウザい話ばっかしてるんじゃないよ!」


 紗妃が叫び、椿に向かって走り出す。

 雪春もそれに伴って、援護するように大太刀の雪春を抜いた。


「……っ!」


 痛みに耐えて緋那鳥を構える椿。

 

「二人がかりで女の子を襲うのかよ!」


 剣一も椿の援護にまわり、雪春の前に立ちはだかった。

 しかしさすがに紗妃までも薙ぎ払う事は不可能だ。


「死ね! 死ね! 死ね!」


「嫌!」


 剣一の結界の力で威力の増した椿の炎が椿と紗妃、二人の間に燃え上がる。

 動きの鈍くなっている椿には炎の援護が今は必要か――!?

 結界の解術を思い留まり、雪春の一撃を跳ね返す。


「さすがの聖騎士ですね。普通なら動くこともできない結界術ですよ」


「お褒めの言葉ありがとうですけどね! なんで俺達を裏切った!」


「まぁ色々と事情がありまして」


「あれだけ椿ちゃんを傷つけ、更に命まで狙うのか!」


「君は本当に、何から何までかっこいい聖騎士なんですね」


 今までと変わりないように話す雪春に珍しく苛立つ剣一。

 結界を張り続ける緊張のなかで、この男と長く戦うのは分が悪過ぎる。


 まずは紗妃を仕留め、あの斬姫刀を奪う!


 刀同士がかち合い、剣一は雪春から距離をとる。

 椿も必死に応戦しているが、もう左腕には力が入らないようだ。


「今行く!」


「ははは! 無惨に苦しめ! 少しずつ切り刻む!」


 正気ではないかのように刀を振り回し、いたぶり喜んでいる紗妃。

 剣一も紗妃という可哀想な少女を痛めつけたいわけではない。

 それでも椿を殺すというならば斬り伏せる覚悟はある。

 

「剣一さん!」


 剣一が紗妃の動きを止めようと斬りかかったその時。

 応戦しようとした紗妃の手から『斬姫刀・血ノ夢』が奪われた。


「なに!?」


 刀もなく空振りした紗妃の右腕は剣一によって斬り落とされる。

  

「絡繰門んんん! てめぇええええ!」 


 刀を奪ったのは、雪春だった。

 自分の大太刀を納めて、ヒュン……と斬姫刀を振る。


「それでは、ここからは僕が代わりましょう」


「ふざけるなぁ!」


「貴女には、姫は殺せませんよ」


 味方の紗妃の身体など何も労らない行動。

 目が合い微笑まれると椿の全身に寒気が走る。

 今、その手には椿を殺すために創られた刀が握られているのだ。

 

「椿ちゃん! 逃げろ!」


「……は、はい……!」


 椿も雪春の戦闘を見ている。

 悔しいが、今の状況で勝てる相手ではない。


 最大限の炎をぶつけても、まるで何の障壁もないように歩いてくる雪春。

 ゾッとして駆け出す椿。

 すぐに剣一も後を追おうとしたが、紗妃が後ろから羽交い締めにして噛みついてきた。


「くそ! 離せ!」


「畜生あの野郎! お前もあいつも殺す!!」


 半身が焼け焦げ、右腕を斬り落とされても紗妃の殺意はまだ消えない。


「いい加減にしろ!」


 広範囲に影響させていた結界を一気に収縮させる!

 それによって清らかな浄化の力が集中し、紗妃を更に締め上げた。


「ぎゃあっ!」


「椿ちゃん!」


 紗妃を振り払い、剣一も走る。

 結界が消え暗闇になった山道。

 走って逃げている椿を、まるで狩りをするかのようにゆっくり歩いて追いかける雪春。


「やめろ! 絡繰門!」


 だが剣一が追いかけてきた事に気付いた雪春は妖魔を放つ。


「くそ! 邪魔だ!」


 煌めく綺羅紫乃が妖魔を薙ぎ払う。


「きゃあ!」


 貧血と足がもつれて倒れ込んでも、必死で起き上がり山道の坂を駆け逃げる椿。

 悔しさで滲む涙を拭う。


「麗音愛……麗音愛」


 いつも助けてくれる温もりがいない。

 甘えるわけにはいかないと思っていたはずなのに救いを求めている。

 もう会えないかもしれない。

 そんな絶望が心を支配する。

 

「さぁ、もう苦しまないように……これで終わりです」


 雪春が跳んで、一気に間合いを詰めた!

 血ノ夢が鈍く光る。


「椿ちゃん!!」


 間に合わない! 

 椿が殺される――!

 咄嗟に剣一のとった行動。

 スローモーションで見える世界。


 剣一は雪春と椿の間に飛び込んだ。

 

 雪春の斬姫刀は、ゆっくりと確実に心臓を狙う。


 それは誰の心臓か――椿では、ない!


 その時、剣一はすべてを悟った。

 この麗音愛と椿を引き離す工作。


 麗音愛の動画はただの副産物だ――。

 真の目的は……!

 

「狙いは、俺か……!」


「正解です」


 白夜団の要ともいえる、聖騎士の殺害計画。


 巧妙な罠に気付いた、その瞬間!

 椿が叫ぶ間もなく、剣一の心臓が貫かれる――……!

 

「ぐっ……!」


 信じられない光景。

 

 ボタボタと、倒れ込んだ椿の顔にかかる血液。

 雨のように残酷に舞う真っ赤な血。

 

「いっいやぁあああああああああああああああ!!!!」


 瞬時に引き抜かれた刀と同時に脱力した剣一を抱えて、椿は一緒に転がった。


「剣一さん! 剣一さん! いやぁあああ!!」


 紫の炎を出そうとしても、紫の炎が出ることはない。


「紫の炎出て! 出て! 紫の炎! お願い! お願い! いや! いやだぁ! 剣一さぁあん!」

 

 冷たい道路に倒れ込んだ剣一。

 紫にならない、赤い炎と青い炎とが二人を照らす。

 胸からの大量の出血。

 普通なら即死の重症だ。

 椿は必死に剣一の心臓を押さえる、止まらない血。

 

「……つば……き……にげ……ろ」


 最後まで椿を気遣う言葉と、優しい微笑み。

 温かい手をこちらに向けて……椿が握ろうとしたその時落ちた。


「剣一さん……剣一さん……! いやぁああああ!!」


 泣き叫ぶ椿の髪が伸びて、血飛沫のような爆風が巻き起こる。


「いやぁああああ!!」


 紅い血が溢れて、光が失われた――。

 





 麗音愛が必死に飛んで、やっと降り立った暗い山道。


 横転して炎上した車。

 妖魔の残骸。

 結界の跡。

 爆発の痕。

 

 椿の姿も剣一の姿も無い。


「……椿……? 兄さん……?」 


 そして致死量に達するであろう鮮血の血溜まり。

 しかし誰も、いない。


 麗音愛は暗い夜道に独り叫ぶ。

 

「椿! 兄さん! 椿ぃいいいい!」

 

 桃純椿。

 咲楽紫千剣一。

 そのまま二人は、行方不明になった――。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] そんな‥‥
[良い点] わーーーー!!!剣一いいぃぃ!!! え、どうなるの?! 彼はチートだから無事だと信じたい(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
[良い点] うわあああ 剣一さんんんん(゜´Д`゜) どうなってしまうんだ 不死身と信じてるー 雪春さん、相変わらず得体が知れない…
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