斬姫刀血ノ夢
本部からスタジアムへ向かう山道を進む剣一の車に襲いかかった天海紗妃と妖魔達。
横転する車の中で、椿は炎で剣一と自分を包み守る。
熱さはなく、柔らかなクッションとなって打ち身もなく済んだ。
しかしすぐに紗妃の斬撃でひっくり返った車は一刀両断される。
「くっそ! 壊されるの何台目だよ!」
二人はそれぞれドアから飛び出し、夜の暗闇に燃え上がる車の炎が二人を照らした。
「ひゃはははは! 死ねよ! 罰姫!」
今日の紗妃は鎌の華織月ではなく刀を持っている。
椿を守るため、剣一が光の結界を張った。
両手の護符が煌めく矢のように変化し紗妃へ向かう。
「キラッキラしててクソうざい男だ!」
「君なんか電波妨害とかしてる? 携帯が繋がらないんだけど……さ!」
護符から逃げるために跳んだ紗妃を、剣一は追いかけ綺羅紫乃を振るう。
「お前ら雑魚の援護が来ようが、私は構わないけどなぁ!」
椿も周りの妖魔を斬り伏せながら確認したが、携帯電話は繋がらない。
一般人が巻き込まれないか不安になるが、この状況から考えて崖崩れで道路を封鎖するなどして誰も近づけない状況にしている事だろう。
麗音愛の元へ行きたい、焦る気持ちを抑えながら椿はまた剣を振るう。
「それじゃあ、雑魚とお手合わせ願いますよ!」
「うるさいっ!」
綺羅紫乃と紗妃の刀が触れ合うと、二つの刀がまるで激しく拒絶するかのように不快な音を立てた。
「なんだその刀は……?」
晒首千ノ刀とは違う、殺気。
見た目は綺麗な刀なのだ。
しかし、薄っすらと紅く鈍く光る……。
綺羅紫乃が自らを浄化し警告するかのように、聖なる光で輝いた。
「お前なんかに用はないんだよ!」
紗妃が石をバラ撒くと、大量の人型の妖魔が地面から出現した。
転移結界だ。
「こいつを殺せ!」
命令を聞く脳みそがあるのか。
腕が鎌のようになっている妖魔は牙だけの顔で咆哮し剣一に次々と襲いかかっていく。
「剣一さん!」
「罰姫ぃ! よそ見するなよ!」
剣一に向かって叫んだ椿だが、援護の浄化の炎を出す前に紗妃が目の前に現れる。
不気味な刀の刃を向けられ、椿は緋那鳥で弾く。
その瞬間、先程の綺羅紫乃と同じように緋那鳥が激しく拒絶するかのような反応を見せた。
「緋那鳥……!」
「あははは!! 鳥が首を絞められたような音出してるなぁ! 怯えか!」
山道の車道に二人の剣撃の音が響く。
鎌が相手ではないだけ間合いは詰めやすいが、紗妃の怪我をすることを厭わない攻撃に椿も押されてしまう。
斬撃のたびに緋那鳥が鳴き、火花が散った。
嫌な予感に汗が流れる椿に、紗妃が嬉しそうに笑う。
「この刀はなぁ! お前を殺すために作られた刀なんだよ!」
「私を?」
「椿ちゃんを!?」
遠くで戦っていた剣一にも聞こえた、信じられない言葉。
「あぁそうだ! 手間暇かけて、お前の死なない身体を殺すための刀を紅夜様がお作りになったのさぁ!」
鋭い一撃が椿の左腕をかすめる、特殊な加工をしているはずの団服が簡単に千切れ血が迸った。
「この刀の名前は『斬姫刀血ノ夢』紅夜様の命令だ! お前はもういらない!」
椿は高い再生能力があり傷は、少しずつ回復する。
しかし今、傷は確かに治らず血が流れたままだ。
「う……っ」
熱さから痛みに変わる。
しかしもちろん紗妃からの斬撃は止まらない。
「あははは! 今日がお前の命日だ! お前なんかいらないんだよ!」
「いらない……」
「そうだ! この世の神の紅夜様がお前なんかいらないってよぉ! あははは!」
「ふっ……」
苦しさで歪むはずの椿の顔が、微笑んでいた。
「なんだ!?」
「嬉しくて笑っちゃった……あいつにいらないと思われるだなんて嬉しくてたまらない!」
いつも椿の心の底にある恐怖。
悍ましいあの男に蹂躙される未来が消えた――それだけで嬉しくなる。
「罰姫が!」
紗妃が血ノ夢を振り下ろし、背後からは援護の巨大な妖魔が口を開けて襲いかかる――!
「椿ちゃん!」
片腕から血を流す椿がまるで光ったように見えた。
爆発するかのように燃え上がった青い炎は、椿の周りの妖魔を一瞬で浄化する。
「私は罰姫じゃない! 桃純家当主の桃純椿だ!」
細剣の緋那鳥を構え直し、浄化の炎を避けた紗妃を今度は椿が追いかけるように斬り込む。
青い炎とのコンビネーションの剣技で確実に紗妃を追い詰める椿。
椿の方が強くはなっているのだ。
しかし紗妃は自分が傷つくことに動じない。
そして椿は初めて傷が塞がることのない状態での戦い。
血はどんどんと流れ、痛みとともに椿を弱らせる。
右手が青い炎で焼きただれても、紗妃は執拗に血ノ夢を突き刺そうと斬り込む。
強い強い憎しみ。
どんなに椿が気丈に立ち向かっても、捻じ曲げてくるような呪いの気迫。
「うっ……!」
椿の左足に一撃が刺さる。
スパッツが破れて血が飛び散った。
バランスを崩す椿。
「死ねぇ!」
「天啓式聖雷法!」
剣一の声と凄まじい雷鳴が響く。
「剣一さん……!」
綺羅紫乃を納刀をし、倒れ込みそうになった椿を抱き上げた剣一。
「こんなに怪我させちゃってごめんよ。玲央にキレられるな」
「剣一さんも怪我を!」
人型の妖魔の大群がどれほど獰猛で脅威だったか、剣一の頬にも血が滲んでいる。
しかし紗妃の援護の妖魔を確実に剣一は仕留め続けていた。
見ればもう妖魔は一匹もいない。
紫の炎を失った事が、椿の胸をまた苦しくさせる。
「こんなのはかすり傷だよ。あいつももう終わりだろ」
「いえ……彼女は……死なない……」
ルカの足を丸焦げにした術だ。
直撃を喰らえば、ひとたまりもないだろう。
しかし煙のなか紗妃はまだ立っていた。
半身焦げた状態で、斬姫刀血ノ夢が紅く不気味に光る。
「今日がお前の命日だって言っただろう! 罰姫ぃい! 意識のあるままお前の手足を斬り落とし、最後にこの刀をあそこに突き刺してやるよお!」
背筋が凍るような光景。
それを和らげるように、優しい声が椿を包む。
「大丈夫、気持ちで負けるな。玲央のところへ必ず行こう……!」
「はい……!」
椿と剣一はまた刀を構える。
麗音愛がまだスタジアムで一人戦っていた頃の事だった。