地獄の天使
斬れば体液から増える妖魔。
逃げ惑う人々を守るため間に入り妖魔の牙を晒首千ノ刀で弾く。
しかし分裂した妖魔の数は減らない。
仕方なく麗音愛は呪怨を使い妖魔の動きを封じ込める。
ドロドロとヘドロのような黒い物体が、醜い妖魔を飲み込む。
「ひぃ! 化け物を食ってる……!」
勘違いした男が叫び、そのまま失神した。
何も知らない人間が見れば確かにそう思うことだろう。
しかし、そんなことはかまっていられない!
その男を担ぎ上げ走る。
「武十見さん! 怪我人を!」
武十見も鎖鎌で攻撃すれば妖魔が増えてしまう。
なので攻撃を躱しながら、怪我人を結界の中へ避難させる事に精一杯だ。
結界周りに群がっている妖魔を麗音愛が呪怨で包み動きを封じる。
「いいぞ玲央! これなら、浄化で倒せる!」
「応援が来るまで、結界の中にいてください!」
「妖魔がスタジアムの外へ出てしまったら大変なことになるわ!」
直美への返事もできぬまま、また人を追いかける妖魔の元へ麗音愛は走る。
妖魔が外へ出て街に放たれる事が一番の惨事なのは麗音愛もわかっていたが、一人ではどうしても手が足りない。
喰われかけている人を助けるために、仕方なく妖魔の首を切断するしかない状況で更に増えてしまう。
増えていくたびに妖魔の知能は落ちていくのか、共食いまでし始め更に増える。
それを麗音愛が呪怨で飲み込んでいくが、数は減らない。
スタジアム内で増えていく妖魔は直美達のいる結界に群がっていく。
「くそ……」
椿の浄化の炎があれば……!
浄化できない麗音愛にとって一番苦手な状況だ。
その時、怪我をしていないはずの麗音愛の口から血が流れた。
「玲央!?」
妖魔を取り込んでいく事で、穢れが増した呪怨の統制が乱れていく。
「う……ぐは!」
晒首千ノ刀を構える手が血に染まり、呪怨が暴走しそうになる。
「玲央! 此処はもういいから逃げなさい!」
「俺がここを離れれば、結界はもたない!」
今ここで、呪怨を暴走させられた笛「哀響」で攻撃されればどうなってしまうかわからない。
しかし紅夜会のナイトは現れない。
「俺が自滅すると思っているのか……」
麗音愛に対する憎しみ恨み、呪怨の刃が暴走し腹を貫く。
その隙をついて、肉に群がる猛獣のように妖魔が麗音愛に襲いかかっていく。
直美の悲鳴が響いた。
斬り捨て、増え、噛みちぎられ、中からの暴走が胸を腹を刺す。
永遠に繰り返されるような地獄。
一瞬、頭を過ぎる絶望。
『玲央!』
麗音愛の首元から通信が入り美子の声が耳に入った。
「美子……!?」
『援護に来たわ! 佐伯ヶ原君もいる! 待機していた団員さん達もいる! 入り口は結界で塞いだから!』
「……そうか……」
喰われている状況で一番の不安が失くなった事に麗音愛は感謝した。
『椿ちゃんも剣一君と向かってる!』
「椿が……」
大切な光を思い出す。
『だから玲央も頑張って!』
「あぁ……わかってる!」
襲いかかってきた妖魔を、全て薙ぎ払い斬り落とした。
増える事など気にせず、また一刀両断する。
倒れているわけにはいかない、こんな場所で呪怨に喰い付くされるわけにはいかない――!
「そうだ……お前達の喚きにいちいち付き合っていられるかぁ――!!」
呪怨の翼が広がり、うねり伸び、凶暴な大蛇のように妖魔を次々に飲み込んでいく。
血を撒き散らし、自らにも呪怨の刃が刺さったままで麗音愛は闘う。
逃げる妖魔も一瞬で呪怨が喰らう。
飲み尽くす……!
血に染まったスタジアムの中に入ってきた美子と佐伯ヶ原。
「玲央……」
麗音愛の血に濡れた凄惨な姿を見て、あの日の死闘を思い出した美子。
白夜団以外のこの場にいた人間は、誰しも麗音愛に恐怖を感じた。
「地獄の天使だ……」
佐伯ヶ原だけが、目に焼き付けるように麗音愛を見つめる。
何故か操作する者もいないカメラはこの惨劇をずっと映し続けていた。
誰がどう見ても、それは悍ましい化け物と化け物との闘いに見えた――。