レオンヌ・コロッセウム~惨劇~
前話に
「会場全体の警護も申し出たが沙藤に人数制限をされてしまったため、この人数だ。」
という文章を挿入しました。
晒首千ノ刀を構えた麗音愛の前方、二十メートルほどの距離に置かれた檻。
中には虎か獅子か、猛獣型の妖魔が一匹。
大きさは三メートルはあり、かなり巨大だ。
観客席からどよめきが起きる。
全員が視覚化でき、映像にも残せる。それだけ強い妖魔という事だ。
国の主要人物達には紅夜や妖魔の存在は知らされており、白夜団から所属された護衛が付く場合もある。
しかし書面での存在認識だけで、実際に妖魔を見た事がある人間はここにはいないようだった。
必死になって守ってきた結果がこれだ。皮肉だな、と麗音愛は思う。
「こんなものが、あの大晦日に人を襲い回ってたというのか……!?」
「いや、人は襲っていないんでしょう建物を破壊するようなものなのでは」
「どうやってあんなものを」
「あれを、あの男が一人で倒すというのか? 危険じゃないかのかね」
「まぁいいではないですか。これは見ものだ」
好き勝手にザワザワと話す外野を見て、麗音愛はやはり椿を連れて来なくて正解だったと思う。
檻の横には沙藤が立ったままだ。
「それでは……檻を開けますよ」
「あなたも危険だ。下がってください!」
「大丈夫です。このブルークリスタルがありますから! 安全性の証明になります!」
ブルークリスタルを観客席にも見せるように沙藤は煌めかせる。
確かにこれが妖魔から身を守るほどの力があるのなら、今後役に立つ。
自分の役目以外は口を出さないようにしようと麗音愛は思う。
「それでは、いつでもどうぞ」
「はい。白夜団の若き騎士様……御武運を」
少し離れた沙藤がリモコンで檻を開けた。
その瞬間――!
妖魔が吠え、牙が光る。
「危ないっ!」
瞬時に麗音愛が晒首千ノ刀を投げ飛ばしたが、もう既に妖魔の牙が沙藤の首を食い千切った後だった。
そして刀が妖魔の首を落とす。
沙藤の血と妖魔の血が飛び散り、一瞬の沈黙。
皆、何が起きたのか把握できない。
首の失くなった沙藤の身体がゴロリと転がって、ブルークリスタルは粉々に砕け散った。
「う、うわぁああ!!」
アップで映していたカメラマンが叫ぶ。
「喰われたぞぉ!!」
「沙藤君! なんだこれは演出ではないのか!」
「助けろ! 救急車だ!」
麗音愛はすぐに斬り倒した妖魔の首に駆け寄る。
沙藤が即死なのは間違いないが、それでも……!
完全に斬り落とした妖魔の首。沙藤の頭を咥えているはずだ。
とんでもない事になった。
事態がまだ飲み込めない、動揺しながら麗音愛は妖魔の首を確認しようとしゃがみ込んだその時。
「玲央! 妖魔が!」
直美の叫び声。
首を失い倒れ込んでいた妖魔の身体が一瞬で異常に膨れ上がったのだ。
「なんだ!?」
呪怨の羽根で麗音愛は防御したが、爆発し四方に散らばった肉片、血、骨から次々と妖魔が生まれていく。
「わぁああ! に、逃げ……!」
直美の周り、スペシャルシートの間近でも既に妖魔が発生していた。
踏み込み、跳ぶ!
手前から斬り落とし、斬り捨てる! が、またも妖魔は増殖する。
「俺の結界に入るんだ!」
「わぁああ! ひぃ! 化け物!」
麗音愛は呪怨の結界を張ろうとしたが、皆が恐れ怯え逃げていく。
緊急の場合は黒い結界を張るが、安全であると事前に説明をするように伝えていたはず。
だが何も伝わっていなかったようだ。
ブルークリスタルはなんの効力もなく、あちこちで割れて砕け散る。
逃げる人間達を好き勝手襲う妖魔達。
叫び四方に逃げられたら、全てを守ることは不可能だ。
二人目の犠牲者が出た。
悲鳴と血がほとばしる。
固定されたカメラは、惨劇を映し続ける。
◇◇◇
「なにこれ……」
モニターの前で呆然とする椿。
剣一も爽子の話を聞いて、すぐに電話をしたが誰も繋がらない。
血の惨劇だ。当然、そんな余裕もないのだろう。
「これを一般人にも流してるっていうのか! くそ! 電話ももう誰にも繋がらない!」
「剣一さん! あの妖魔は強い浄化で燃やさなければ! 私達も行きましょう!」
宿目姉妹も浄化の準備はあった。
しかし、戦闘と共に浄化をするのはかなり高度な技術だ。
戦闘員も武十見とあと五人ではどう考えても人数が少なすぎる。
「行こう! 玲央、なんとか行くまで耐えてくれよ」
「わぁ! また一人! うっぐぇ! これ本物!? うえ、うっそ。エグ……おえー」
「スタジアム近くに待機してある団員を向かわせる! 爽子は自分の事を明かしてもいいから、この映像を流出させるな! あと見ている可能性のある他の団体、一般人を探せ!」
「な、何呼び捨て……わかったっす……!」
剣一が綺羅紫乃を持ち、椿と部屋を飛び出す。
「剣一さん!」
「特務部長!」
本部にいた海里と琴音が剣一に走り寄る。
「俺は自分の車で桃純当主とスタジアムへ向かう! 君達は本部で此処を守ってくれ! 指揮を頼む!」
「はい!」
「えぇ……スタジアムへ行きたいのに……」
「この状況だよ、命令に従わないと」
「はぁ~勝手に行けばよかった」
本部にいた団員達もそれぞれ武装して本部を守る者、スタジアムへと向かう者で分かれ行動を開始した。
車に乗り込み、白夜団に許可されている警察用のパトランプをつけ急発進する。
「やっぱり紅夜会だったんですよね。あんな妖魔を用意しているなんて……」
「もちろんその可能性が高いけど、沙藤は殺された……証拠隠滅ってところか。狙いはあの映像を流して人々を恐怖に陥れる作戦か?」
「麗音愛をどうにかしようとしているのかも……麗音愛、早く……どうしよう」
「急ぐよ」
サイレンを鳴らして山道をぶっ飛ばす剣一。
別れた時の麗音愛が血に染まるような映像が頭のなかで勝手に流れて、椿は目眩がした。
「嫌だ、嫌だ。麗音愛無事でいて……!」
無意識に呟いていた椿の携帯電話が鳴る。
「さ、佐伯ヶ原君!」
『白夜の警報を見た! 俺も藤堂とスタジアムの近くにいるから向かってる!』
「うん……! 少しでも助けが必要だからお願い……!」
『お前、大丈夫か?』
明らかに動揺して泣きそうな椿の声。
「うん……麗音愛が心配だよ。こんな事になるなんて」
『サラが負けるわけないだろ! スタジアムで会おうぜ。お前も気をつけろ!』
「うん! 佐伯ヶ原君も!」
電話を切り、椿も落ち着かなければと助手席で前を見たその時。
「椿ちゃん敵だ! 衝撃に備えて!」
「!」
目前に迫ったのは妖魔と、天海紗妃!
雷が落ちたような衝撃で車は横転した。