レオンヌ・コロッセウム~剣闘士はここに~
白夜団解体を突き付けられた直美は、次の日に麗音愛と剣一を呼んだ。
直美の前で書類を読む兄弟。
「うん、俺が此処に行って一人で妖魔を斬ればいいんだね」
「……そうなんだけど……」
先日提案された妖魔との戦闘を披露する会。
相手側の都合で全て決められてしまった。
場所は少し離れた場所にあるスタジアム。
推薦する団員と、用意された妖魔と戦い白夜団の力を見せる……。
まるでコロッセウムの剣闘士ではないか、直美は憤りを隠せない。
「やっぱり、こんな事……させるわけには」
「母さん、やるよ。いつもの任務より楽なくらい」
人間が捕獲してある妖魔一匹など、取るに足らない。
何百何千という妖魔を斬ってきたのだ。
「でも玲央より、俺の方が良くないか? 立場的にも……」
「これが紅夜会の罠で、襲われたらどうするんだよ。俺の方が適任だよ、ね? 母さん」
「……玲央、あなたの強さを頼りにしてしまって……ごめんなさい」
「強い事を頼りにされて、嫌がる人なんかいるの? 俺が白夜団一強いんだからさ~」
わざと剣一をからかうように麗音愛が言う。
「こいつめー!」
「はは、俺は不死身だから……だよ。強さなら兄さんの方が上さ」
「なんだなんだ! 落として褒めて何が狙いだ!」
剣一が麗音愛の脇に手を入れ、くすぐり始める。
バタバタと兄弟の笑い声が上がり、団長室がまるで咲楽紫千家のリビングだ。
「もう、あなた達!」
「やめろって! あははは! 母さん大丈夫だよ。できるだけ呪怨は使わないように綺麗に戦うから」
どれだけ視える者がいるかはわからないが、呪怨に腰を抜かされては困る。
修行旅行の時と同じように、なるべく呪怨を出さずに戦うつもりだ。
「色々な気遣いをごめんね玲央。ありがとう……私もその場には一緒に行くから」
書類に付いていた一枚の写真。あの女の写真だ。
「議員の沙藤彩子……まぁ美人だな。紅夜会の一味なのか? この女は……」
「わからないわ。今、加正寺さんや恩心さんにもご協力頂いて動いてもらっているけど……急に手のひらを返してくるような議員さんもいて……みんなが紅夜会に見えちゃうくらい」
直美が大きな溜息をつく。
「母さんの護衛も増やした方がいいね。今日はもう休んだら?」
まだ夕方だが、今日も直美の疲労はピークに達しているのがわかる。
最近の不穏な動きを前に、直美と雄剣そして剣五郎と猫のマナは現在本部である加正寺家の元別荘に隣接されていた家政婦用の家を仮住まいにしている。
「えぇ……ありがとう。玲央、母さん達がいないからって椿ちゃん連れ込んだらダメよ!」
「し、しないって!」
「最近の玲央君はスケベだからな~」
「剣一! あなたこそ女の子達連れ込んでパーティーなんかしないでちょうだいよ!」
「しないよ!」
「屋上の花にだけ、お水やってあげてね……じゃあ今日はもう休むわマナちゃんに会いたい……」
疲れ切った直美と団長室を出た咲楽紫千兄弟。
兄弟は剣一の部長室に向かって歩く。
母のため白夜団存続のために麗音愛は戦う事に不満はないが、好意的な会ではない事はもちろんわかる。
予想以上の襲撃に合う可能性を考えておいた方がいいだろう。
「俺が戦う日はさ、兄さんは椿と一緒に本部で待機しててくれないかな」
「ん? 椿ちゃんも一緒にスタジアムへ行かないでいいのか?」
「何が起きるかわからないし……今回集まるような奴らって……元七当主の老人達みたいに椿を見て何か言い出しそうだろ」
日に日に花が咲くように可憐さも美しさも増していく椿。
自分の立場を勘違いした男達が、椿を見て心奪われでもしたら大変な事になる。
「……確かに、わかった。了解」
麗音愛は自分の身なら守れると思っている。
団長の母には宿目七のような強力な結界術師と、武十見のような剛腕な団員に護衛を頼もうと兄弟で話す。
「青炎安定結界石もできそうなんだって?」
「あぁ。うまい具合に結晶化したんだ。でも、もう一捻り……しておきたいんだよな」
絡繰門雪春の残した資料の方法で椿の青い炎を結晶化できた。
しかし、この結晶化の弱点を雪春が知っているのであればそのまま使用するのは危険だ。
「それができれば多田さんが言ってたような避難場所も全国に作れるんだもんね。何か俺にできることがあればいいんだけど……」
「お前は椿ちゃんがいつも元気でいられるようにラブラブしていればいいさ」
「言われなくても」
「お、余裕じゃん。じゃあ今から任務行くか?」
「週末、この件が入ったから今日は休む!」
「はは、そうだな。よし帰宅を許可する」
「よし! 家デート!」
お互いに血の繋がりがなかった事など、何も気にしていない兄と弟。
兄弟でもあり信頼できる仲間でもある。
「お前が白夜団に入ってくれて良かったよ」
「そう?」
「あぁ。じゃあお疲れさん」
◇◇◇
お家デートと言っても受験勉強を終えてからのリラックスタイム。
梨里と龍之介は勉強と聞いて二人共退散したので二人きりでソファに座る。
「というわけだから、椿は兄さんと本部にいてね」
最近ロイヤルミルクティーにもハマってる椿が一口飲んで目を見開く。
「えぇー! 嫌だよ私も麗音愛とスタジアムで戦う!」
「一人でいいんだって。危ないからさ」
「危ないなら、一緒の方がいいでしょ」
「だーめっ!」
「どーしてっ!」
「一匹斬ればすぐ終わるんだよ。本部で待ってて。すぐ飛んで帰ってくるよ」
権威を持ったいやらしい老人共に椿を見られたくない、とは麗音愛も少し言いにくい。
もちろん安全を考えての事でもある。
「だって……麗音愛……」
「例え、紅夜会の罠で襲撃されても俺は死なないよ。大丈夫! 全部ぶった斬るさ」
「麗音愛が強いのは知ってるよ。でも……」
「一匹斬ったら即戻るよ……」
「約束だよ」
「もちろん」
椿が細い指を伸ばして麗音愛に抱きつく。
何度も何度も寄り添いながら支え合いながら戦ってきた。
「絶対帰ってくる」
「うん……麗音愛……」
「約束……」
チュッと軽く口付ける。
「……麗音愛……」
「ん?」
「またやらしい顔してる」
「えっ……いや今日もちょっとだけ……だけ……」
「リ、リビングだよぉ!? ダメー!!」
「え~……」
サッと麗音愛から離れて、椿の胸元にはもふもふ君が抱っこされてしまう。
「どうした椿! 玲央になんかされたか!?」
「勉強終わったー!? 柿鉄しよっ!」
二人の声を聞いて、龍之介と梨里がリビングに舞い戻ってきた。
「俺達は受験生だぞー! 色んな片付いてない問題だって……」
「スケベの勉強しようとしてたくせにー! ねぇ姫~!」
「やっち、ちがうもん! じゃあみんなで柿鉄やろう~! 息抜きも必要だよね」
「椿まで……仕方ないなー。よーし! みんなで柿鉄やるぞー! ただし3年モードだぞ!」
平和な音楽が流れて、まだ何も始まっていないキレイなマップが画面に広がった。