カメリア
白夜団の研究所。
隔離病棟から出てくる麗音愛と椿と琴音。
今日は薄暗い雨が降っていて、三人の表情は暗い。
妖魔化の始まった男女への治療に呪怨を操る麗音愛と、浄化の炎を出せる椿。
そして呪いや術を吸収するらしい琴音が呼ばれたのだった。
「結局なんにもできなかったな……」
「うん……悔しい」
「妖魔化してるんですもん、無理ですよね」
三人が妖魔化した患者に有効な治療など、できる事はなかった。
麗音愛が見ても呪怨の類が引き起こしている状態ではないし、椿の炎もやはり苦しめる結果になってしまった。
琴音が近くに寄っても症状の軽減はなかったのだ。
強い結界術のなかでは進行が遅くなるようなので宿目七が指揮をとり結界を張っている。
「玲央せんぱ~い、珈琲飲んで帰りません?」
「ごめん、椿の傍から離れたくないんだ」
「れ、麗音愛」
正直すぎる返答に椿の方が慌ててしまう。
だが琴音はにっこり微笑んでいる。
「まぁ、紅夜会からの攻撃だとしたら椿先輩への接触がありそうですもんねぇ」
「そう、だから傍にいたいんだ」
「大変ですね~私は三人でも良かったんですけど、ムンバで紅夜会からの襲撃にあったら困りますもんね」
更にまたにっこり微笑んで、琴音は加正寺家のワゴンバスに乗り込んで去っていった。
「……ごめんね、麗音愛」
「なにが?」
「なんだか……束縛……させちゃって」
「束縛してるのは俺のほうじゃない? この前のみーちゃんとのお茶会も見張ってたしさ」
先日に、みーちゃんとモールの外のベンチで話した時。
密かに麗音愛が見守っていたのだった。
「守ってくれてるんだもん……ありがとう」
これから迎えが来るまでの時間は二人きり。
玄関先の屋根の下、お互い手を握った。
「メールとか電話、手紙の接触はないよね?」
「うん、来たら絶対に言うよ」
「俺が絶対に守るから」
「……うん……私も……麗音愛」
麗音愛にとって本心の言葉。
紅夜会の姫、紅夜の娘。
実際は麗音愛も紅夜の息子だ。
雪春は紅夜会で伝えていないのか、麗音愛への接触はない。
この世の穢れ、澱み妖魔の王。
兄妹であっても、この子は大切な恋人……。
絶対に負けるわけにはいかない……!
綺麗な椿の瞳に、麗音愛の瞳が映ったその時、猛スピードで車が向かってきた。
一般に認知はされていないが、白夜団専用の救急車だ。
運ばれてきた二人は妖魔化が始まった一般人だった。
状況は更に悪化していく、止める術はないのか――。
◇◇◇
怖いもの知らず、怖いもの見たさの若者達。
破壊や破滅を望む者、滅亡を望む者。
理由はさまざまだが、今日もどこかであの曲は流れ恐怖が囁かれる。
更に滅びを願う団体の複数人が白夜団の研究所に運ばれてきた。
「いつまでも、いつまでも紅夜会の好きにさせてたまるかってな」
ある音楽スタジオ。
剣一が譜面を改めて読み、その隣で爽子が怪訝そうな顔をする。
白夜団員で知識のある者がこれから始まる録音の準備をしていた。
「だからってこんな二番煎じが通じるんすかぁ~」
「そりゃ人の心に響くように計算され尽くした曲だからね。それに月太狼と拓巳君にも協力してもらって特別な術式を組み込んである」
『はい。これに剣一君の歌声を合わせれば究極の聖歌ができますよ』
テレビ電話の向こう側で拓巳が言った。
七当主は警戒度を引き上げ、複数で集まらない通達が出たのだ。
「真面目そうな男なのにピアスじゃらじゃらに首からの入れ墨……こじらせたヤンキー優等生っすか」
『あはは、全部護符と呪いのための術なんですよ』
「へ、えへぇ~~!! 全身呪術!? えはぁ~そそるぅーー! 全身見たい!!」
急に獲物を見てヨダレを垂らすような顔をする爽子に画面越しでも後ろに避ける拓巳。
「まったく……ごめんね拓巳君」
「い、いえ……はは」
「それにしたって、このスケベ上司が歌って効果が増し増しになるとか……ありえるんすか」
『そりゃ剣一君は聖騎士ですから、声にも1/fゆらぎが確認されてますしね』
「性的な騎士の間違いじゃ……」
「コラ! 女の子じゃなかったらポカっとしてるぞ! 団内で俺が一番マトモだったってだけだけど、シャワラン歌ってもいいんだよ?」
「わっ私は硬派なんでなっ! 歌なんぞ歌えるかぁ!」
『じ、じゃあ僕は任務があるのでこれで……レコーディング頑張ってください』
「はーい、お疲れ様」
「人の心に……響くんすかねぇ、オカルトの方がワクワクするっすよ」
「恐怖や不安に人は確かに惹きつけられる。でも人は、安らぎや平穏をいつも求める生き物なのさ」
急ごしらえではあったが白夜団で開発された対『明けの無い夜に』用の歌。
曲名は『カメリア』
綺麗な椿の花が揺れるPVと一緒に動画配信サイトで流された謎の男の歌声。
瞬く間に中高生の間で広まり出していった。
『明けの無い夜にの呪いを解いてくれるらしいよ』という噂とともに……。