広がりゆく不安・椿とみーちゃん
麗音愛の学校、昼休み。
「サラの歌声……だと……」
久々に登校してきた佐伯ヶ原が麗音愛のカラオケ対決の話を聞いてワナワナと震えている。
「録音したのメールで送るわよ」
「図書部長! お前案外いいやつだな!」
一気にテンションが高くなる佐伯ヶ原。
だが近くにいた麗音愛が嫌な顔をする。
「……なんで録音してるんだよ美子」
「青春の記念になるじゃない ふふ、可愛い椿ちゃんの声も入ってるよ」
「あ、その椿の声は俺も欲しい!」
「や、やめてよ麗音愛~~! みんなに言われて恥ずかしいんだから!!」
「あれで勝てたんだし、可愛かったし」
「ダメ! 美子ちゃん、最後だけ消して!」
「俺だって、自分の歌なんか聴きたくないよ」
「美子ちゃん消して~」
「じゃあ椿ちゃんの声だけ消して佐伯ヶ原君にあげるわ」
「むふふふふサラの歌声……エンドレスリピート……」
「やめろよっっ」
いつものメンバーでワイワイ会話しているが、周りの生徒達は少し違う。
『ヤバくね?』『ただのデマでしょう』『化け物になるって』『元から化け物じゃん』
『自殺した奴の呪い』『信じるアホ』『怖すぎるよ』『いいじゃん? もう死んでもいいし』『知り合いにさ、お守り作れる人が』『化け物になって監禁されてるって』
若者達の間に流行る都市伝説。
白夜団では先日の『人間妖魔化現象』の情報は漏らさぬように最大限の注意を払っているが何やら奇病が流行りだしているらしい……という話がここ数日であっという間に広がった。
「あの、椿……」
不安そうな顔のみーちゃんが椿の傍に来た。
「みーちゃん? どうしたの?」
「今日の放課後……ちょっといいかな? ……たまには二人でムンバ行かない?」
いつもと違う雰囲気のみーちゃんの顔を見て、椿は麗音愛を見た。
今日は二人で夕飯を食べる予定だったが、すぐに麗音愛は『行っておいで』と頷いた。
「うん、みーちゃん大丈夫だよ」
◇◇◇
モールのムンバ店内では話しをせずに、みーちゃんは椿を人気のいない外のベンチに誘った。
「ごめんね~椿も忙しそうなのに、付き合ってもらっちゃってさ」
「ううん、全然だよ。私もみーちゃんと春のイチゴスペシャル飲みたかったもん!」
椿の笑顔に、みーちゃんも微笑むがやはり表情は暗い。
「あのね……椿」
「うん、どうしたの? 何か悩み?」
普通の女の子の悩みを聞いてあげることができるのか、椿は少し緊張する。
しかし、ためらうような表情に椿は気付く。
「……何か怖い事があった?」
「……うん……」
以前に、みーちゃんは妖魔によって引き起こされた電車事故に合い大怪我をしたところを椿が紫の炎で助けた事があった。
それを朦朧とする意識のなかでも、みーちゃんは覚えていて椿に感謝のメールをした。
その事に関して、それから二人で話をする事はなかったが……。
「今さ、学校でも噂になってるでしょ? 人間が化け物になっちゃうってやつ」
「……うん……」
椿ももちろん把握している。
ただ学校ではその話をしないように白夜団内ではお達しがあり、麗音愛達とも他愛の無い会話をしているのだ。
「知ってる? 『明けの無い夜に』を聴いてた人がなってるって噂なの……!」
「!」
そんな情報まで流れているとは……と椿は嫌な汗が出るのを感じる。
確かに、あの『人間妖魔化現象』した男性と女声は熱狂的に『明けの無い夜に』を好んで聴いていた事がわかった。
この世の終わりを望むような動画や本を集め、家で大音量で聴いていたことが近隣住民とトラブルになっていたようだった。
「彼氏がさ……あの歌、好きで聴いてたの」
「え……」
「禁止になってるから、何か理由があるはずだよって……止めたんだけど、貴重な音源だしって聞いてくれなくて」
みーちゃんの彼氏とは、遊んだ事はなかったが何度も挨拶もしているし軽い話もしていた。
受験が終わったら卒業旅行に四人で行こうなんて話をされた事もある。
「どうしよう、どうしよう……あんな化け物になっちゃったら!」
「あんな……?」
「椿が助けてくれた電車事故の時、私見たの。誰にも言わなかったけど、電車の窓から化け物が見えたの!」
「みーちゃん、落ち着いて」
「彼氏も、私も化け物になっちゃったらどうしよう。怖いよ椿、助けて椿」
「みーちゃん……」
「ごめんね……こんな話言われても困るよね、でも怖い……自分でも噂話でこんなに怯えてバカみたいって思うんだけど……」
椿がそっと、みーちゃんの手を握ると驚くほど冷たかった。
「ううん……みんな怖がってる人が多いと思うし……」
この状況で、自分の立場を話すわけにはいかない。
それでも何か……少しでも不安を拭ってあげたい。
「……あの、私ね、お守りがあって……」
「椿のお守り……? 玲央君の第二ボタン?」
クスッとみーちゃんが笑った。
「ち、違うよ。待ってね、えっと……これなの」
鞄をガサゴソ探して、椿は巾着袋を取り出した。
綺麗な青い結晶。
青い水晶のように輝いている。
「綺麗な石だね。パワーストーン?」
「そんな感じ、なんていう石かは忘れちゃった……これ、あげる」
「え?」
「あ……ごめんね。こんなお守り信じられないよね!」
実際は、椿の『青炎安定結界計画』の研究途中でできた石だ。
結界を張るほどに強い力はなかったが、個人を守る効力はある。
みーちゃんは微笑んで受け取った。
「ううん、見たら少し落ち着いたかも……わぁなんだか温かく感じるよ」
「彼氏さんにも渡して?」
「二個もいいの?」
「うん」
綺麗な結晶が二つ、みーちゃんの手のひらで輝く。
椿も正直、この事態がどうなっていくのか想像もつかない。
薄く薄く青い炎を灯し、椿は自分とみーちゃんを包む。
何も異変はないし、キラキラと青い炎は輝いて消えた。
「あのね、化け物って人の不安が好きなの」
「不安……うん」
「だから、難しいかもしれないけど……いつも不安でいないようにした方がいいんだ」
「椿は……どうしてるの?」
「私……? 私は……」
無意識に指輪をしている左手で胸元の第二ボタンネックレスを押さえてしまう。
「ふふ、玲央君の事考えたら不安じゃなくなるんだね」
「えっ!? あの……うん、そうなの」
すぐにバレてしまって、頬が熱くなるのを誤魔化すように笑ったが、みーちゃんは優しく頷く。
椿も一人になると不安に襲われる。
『人間妖魔化現象』を知ってからは、うなされて飛び起きる事もあって泣いてしまう事もある。
それでも、麗音愛の事を想う時だけ心が和らぎ、抱き締められた時は嘘のように心が落ち着く。
いつでも支えられている、信じている存在。
必ず助けてくれる手――。
「玲央君のあの歌かっこよかったよね!
そっか~私もあいつがあんな呪いの曲聴いたせいで! ってさ思っちゃってたんだけど……やっぱり好きで大事だから怖いんだよね……ちょっと喧嘩っぽくなってたんだけど仲直りするよ」
「うん、みーちゃんと彼氏さんの二人でいるの見るの好きだよ」
「ありがとう椿……!」
ぎゅうーっと椿を抱き締めてくれる、みーちゃん。
椿もまた微笑んで、みーちゃんを抱き締める。
身近になってきた恐怖。
それでもこの温もりを守らなければ、と椿は強く思う。
そしてそれを嘲笑う紅夜の笑い声のように、また『明けの無い夜に』の音源が出回るようになった。