紅夜会~穢らわしい計画~
佐伯ヶ原の個展に現れたルカ。
先日の剣一との戦闘ダメージも残っていないような、微笑み。
突然に現れた派手な少年にまわりも何かの余興なのかと注目する。
「これはこれは……わざわざお越し頂けるとは、ね」
佐伯ヶ原が一歩前へ出て、営業スマイルを見せた。
「もちろんですよ、楽しみにしておりました。我が主がね」
「そうでしたか、それではお望みのものをお伺いしますよ。私が直接ご案内します」
「佐伯ヶ原先生が直々にですか……これは光栄ですね」
ルカは佐伯ヶ原に歩み寄ると、大輪の真っ赤な薔薇の花束を渡す。
花束は二つあり、一つの小ぶりのブーケは椿に差し出した。
「これは闘真が育て上げた新種の薔薇です。姫様に是非にと頼まれました」
「……ありがとう」
佐伯ヶ原も椿も受け取りたくはなかったが、どこかで闘真が見て暴れられては困ると大人しく受け取る。
椿のブーケには『愛しの姫様へ。貴女の闘真より』とカードが付いていた。
佐伯ヶ原はすぐにマネージャーの平良木に渡し、平良木も鋭い目で爆発物などないかチェックしている様子だ。
「ルカ……お願い、ここの人達を巻き込まないで」
椿は周りには聞こえない小声で嘆願する。
麗音愛はこの広い美術館のロビーで、戦闘になった場合の動き方を考えていた。
美子もどれだけの人を結界で守れるか場を把握する。
とりあえず、今はルカの気配しか感じられない。
しかし剣一が言っていた転移結界を使えば、ここに大量の妖魔を発生させ阿鼻叫喚地獄にすることは可能だろう。
「ははは、姫様。先程言いましたように僕は、佐伯ヶ原先生の絵を買いに来たのです」
「じゃあ……なにもしないって誓って」
「僕が誓う相手は紅夜様だけです……が、結果的にはそうなるでしょう」
「欲しい絵があるなら持っていけ」
周りには聞こえない距離で、佐伯ヶ原は吐き捨てるように言う。
「おや、きちんとお金は用意してありますよ」
「お前らの汚い金なんか受け取るのはヘドが出る……さぁ参りましょう。まだまだサイン会と取材がありますので少し急いでくださいね」
可愛らしいビジュアルも人気の佐伯ヶ原、にっこり微笑むと周りで見ていた女性客から『可愛い』と声があがる。
「それでは姫様も御一緒に、咲楽紫千と黒髪嬢はまたね」
更に佐伯ヶ原と椿とルカという小柄で美人の三人が歩き出すと、写真を撮る客も現れスタッフが注意する騒ぎになった。
仕方なく見送る麗音愛と美子。
「玲央……どうしよう」
「此処で下手に避難させてパニックになっても困る。ルカがああ言った以上は、とりあえず今は見守るしかない……」
すぐに白夜団でもあるスタッフが駆け寄り、麗音愛達はスタッフ用の裏通路へ向かう。
「大晦日にも言ってたの。紅夜が佐伯ヶ原君の絵のファンだって……」
「あぁ。口だけで追い返したってやつか」
「うん、まさか本当に買いに来るなんて……」
「全く狂った奴らだ。あ、椿から着信だ」
椿が機転を利かせたのだろう。
ルカと佐伯ヶ原の通話が少し聞こえてきた。
確かに絵の買い付けの会話をしている。
「今回の絵は一千万からって言ってるぞ……紅夜会の奴らの資源はなんなんだ……」
「結局、紅夜を崇めている人間達がいるのよね……」
◇◇◇
紅夜の玉座の前に跪くのはスーツの男三人。
「紅夜様のおかげで、我々の計画もそろそろ実行に移せそうです」
「俺も長い間存在しているが……最も穢れた存在なのはお前達人間だといつも思うよ」
そう言って紅夜は笑う。
「これも人間が進化するために必要なこと、見守り頂きたく」
「邪魔などするものか。人の世を地獄にするのは、いつもお前達人間だな……楽しくてたまらん。虫のような存在がお互いに殺し合う。蠱毒のなかで、何が産まれるのか……それを見て楽しむのが神よ」
「紅夜様……麗しゅうございます」
コーディネーターが頬を染める。
「しかし、かつて愚かな神がいた……俺に敵対し虫けらを救おうとする愚かな神が……」
「紅夜様、それは……」
「白夜だ」
「白夜団の開祖ですね。白夜団は我々の手で団長を拉致、幹部殺害を計画いたしましょうか」
真ん中の男の発言に、紅夜が眉をひそめる。
「馬鹿め……奴らの絶望を見る楽しみを俺から奪うつもりか」
「お前達が紅夜様に進言する事など許されない! 首だけになりたいか!」
「も、申し訳ございません! どうかどうかお許しを……!」
三人はすぐに土下座し、震えているのがわかる。
先日も闘真の可愛がる薔薇の妖魔の餌になった者が数名いるのだ。
「まぁいい。お前達、雪春も関わっているあの計画も早く進めろ」
命からがらというように、足をもつれさせながら三人は退出した。
「紅夜様……」
「紗妃か……どうした」
紅夜の後ろで、いつでも男達の首を落とせるように華織月を構えていた紗妃が紅夜に近付く。
そして紅夜の足元に跪いた。
「今、開発しているものがあると……お聞きしました。それを私にも手伝わせてほしいのです」
「どの計画のことか言うがよい」
「罰姫を殺せる刀を作るという計画です」
「……お前は俺の娘を殺したいんだったな」
「はい」
闘真がこの場にいれば、また揉め事になるところだ。
罰姫という呼び名、王の娘を殺したい――本来なら不敬に当たることだが紅夜はまた面白そうに笑う。
「いいだろう、試し切りを任せる。俺の娘を可愛がってやれ」
「はい……!」
珍しく紗妃が微笑んだ。
椿は自らで刺し貫かぬ限りは、傷が回復する能力を持っている。
紅夜会が何故、姫である椿を殺めるための刀の研究をしているのかは……紅夜会の子供達はまだ知らない。