第三部スタート! 「SAEKIGAHARA・SAEKIGAHARA・SAEKIGAHARA」
美術室部長専用のアトリエ。
巨大なカンバスの前に座るのは世界的画家の佐伯ヶ原亜門。
じっとカンバスを見つめているが、その手には筆も握られていない。
絵に描かれたのは、表情の読み取れない美しい天使のような姿。
その横に寄り添う一人の影が少し描き足されたままになっている……。
アトリエと絵に降り注ぐ光は、もう夕陽のオレンジ色になっていた。
「それ、玲央と椿ちゃん?」
「わっ!」
声に驚いた佐伯ヶ原は慌てて椅子に立ってカンバスに布をかけ始める。
美子は絵が見られなくなった事に残念そうな顔をしたが、特に何も言わなかった。
「お前そういうキャラじゃねぇだろ! ノックくらいしろよ!」
「したわよ。出てこないから帰ったのかと思ったけど……気配はしたから」
「ほんとかよ……なんか用事か?」
「あなたの個展、明日からなんでしょ? 見に行きたいなと思って」
学校中に貼られている佐伯ヶ原の個展。
有名な巨大美術館で開催され、館内のギャラリーでは展示即売会も行われる。
初日は画家の佐伯ヶ原も挨拶とギャラリーまわり、画集のサイン会の予定だ。
「なんだ、チケットのクレクレかよ」
「失礼ね。もう買ったわよ」
「アホか。買う前に言えよ」
資料が沢山置かれたテーブルの封筒からチケットを出そうとした佐伯ヶ原だったが、美子は自分で買ったチケットを見せる。
「明日サインもらえるかしら?」
「……なにお前。俺に媚売って取り入りたいのか?」
佐伯ヶ原が笑う。
「バカ言ってんじゃないわよ」
そう言いながら、美子は電気ケトルにミネラルウォーターを注いでボタンを押した。
「玲央と椿ちゃんも誘ったら一緒に行くって」
美子が最近少し整理してあったお菓子箱の中からクッキー缶を出した佐伯ヶ原だったが、缶を取り落とす。
アトリエに響くカランカランという大きめの金属音が響き渡った。
「なにぃ!! ……サラ……がっ!!」
かろうじて中身はぶちまけなかったが、佐伯ヶ原は目を見開いたままだ。
「だから教えに来てあげたんでしょう」
「ガハァ! ま、まさか……! サラが……俺の個展に!? ハァハァハァ!!」
「だから何時に行けば……少し話できるかな? って聞いたのよ」
興奮しまくりの佐伯ヶ原に若干引きながらコーヒーを淹れる美子。
何時でも! と言いたくなる佐伯ヶ原だが、さすがに公私混同になってしまうと深呼吸をした。
「十四時からの昼休憩の時にギャラリーの事務所に来てくれたら会える!」
「うん、わかった」
「サラが……サラが……俺の個展に……アハハ! アハハ!!」
どこを見ているのか焦点はあっていないがキラキラと瞳を輝かせる佐伯ヶ原に、美子は苦笑気味に微笑んだ。
◇◇◇
そして週末。
「わあ~~『SAEKIGAHARA・SAEKIGAHARA・SAEKIGAHARA』だって!」
「強烈すぎる個展名だな……」
大きな美術館を前に椿がぴょんぴょん飛び跳ね、綺麗な青色のワンピースが揺れた。
麗音愛も少しキレイめなジャケットにパンツスタイル。
美子もカーディガンにブラウスにスカートだ。
「喜んでたわよ、二人が来るって」
佐伯ヶ原が指定した十四時前の十三時に着いたが開場からかなり時間が過ぎているにも関わらず、入場するのにも行列ができている。
白夜団からの許可はとっていたが、これは観光地に匹敵するかも? と麗音愛は思う。
「……あ、佐伯ヶ原君から電話」
美子が携帯電話を耳につける。
麗音愛は、少し美子と佐伯ヶ原の仲が気になって聞き耳を立てようとしたが椿に手を握られて離された。
「麗音愛、聞き耳なんてしちゃダメだよ?」
「えっ……あの二人、付き合ってたり……?」
「何言ってんのよ、玲央。昼休憩する時間がなくなりそうだって。とりあえず入り口にいるスタッフさんに言って中に入ってこいって言ってたわよ」
「すごい人気だな……で、付き合って……?」
「るわけないでしょ? 剣一君と共通する要素ある? それに受験生だって何度も言ってるじゃない」
怒るわけでもなく、淡々と美子は言いながら行列の並ぶ入り口へと歩いていく。
「まぁ、そうだな」
「剣一君、もう大丈夫?」
「三日入院したけど、とりあえずは平気そうだよ。伊予奈さん次の日から新婚旅行だったからバレなくて良かったってさ。任務はまださせたくないから俺が代わりにやってる」
「相変わらずね~……じゃあ久々のお休みでデートなのに、私おじゃま虫ね」
「そんなことないよー! 佐伯ヶ原君のサインも欲しいし」
「わざわざ……教室でいくらでも貰えるのに、まぁこれだけの人を魅了してるって凄い奴なんだよなぁ」
行列に並ぶ人達には申し訳ないと思ったが、美子が話をするとスタッフはすぐに対応してくれた。
「あ、失礼。サ……サラ! き、来てくださってありがとうございますっ!」
ギャラリーで客を相手にしていたスーツ姿の佐伯ヶ原が麗音愛達に駆け寄ってくる。
「おつかれ。大丈夫なのか? こっち来て」
「はい、少しだけなら! 平良木さん、さっき用意していたものを」
佐伯ヶ原のマネージャーが三人に紙袋を渡す。
中には分厚い画集が入っていた。
「わぁ……嬉しい! サイン欲しいな」
「中に書いてある。子猿も来てくれてありがとな」
「こんなおっきな個展すごいよ~! おめでとう!」
「へっへまぁな。サラ、是非……記念撮影を」
「えっ? う、うん……」
画家の方から望まれるとは、と苦笑いしながらも四人で集まる。
周囲の人間も注目するなか、ゾクリとする感触――!
「……! この気配は!」
麗音愛と椿は周りに気付かれない仕草で、瞬時に戦闘態勢に入る。
少し遅れて佐伯ヶ原と美子の二人も気付き、マネージャーに目配せして伝えた。
佐伯ヶ原のマネージャー平良木も白夜団の一員だった。
「やぁやぁ、大盛況ですね。佐伯ヶ原先生」
そこには、剣一が黒焦げにしたはずの右足が元通りになったルカが貴族のようなスーツを着てシルクハットをかぶり大輪の薔薇の花束を持って微笑んでいた。
いつもありがとうございます!!
別作品も無事に完結いたしましたので、カラレス連載再開です!
お休みの時期に第二部最終話まで読んだ!というお声も頂きとても嬉しかったです。
全ての作品が宝物ですが、やはり処女作のカラレスはライフワークなので離れている間も
いつも頭にありました。
カラレス完結したら、どうなってしまうんだろう?と思う事もあるような作品。
でも全力投球で最終回まで必ず書き切りますので、これからもお付き合い頂けると嬉しいです!
また、よろしくお願いします!