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ユキハルノホウモン

 

絡繰門(からくもん)雪春(ゆきはる)……!」


 本部内に警報が鳴り響く。

 麗音愛が三人を背に晒首千ノ刀を構えた。


「よくも、顔を出せたものだな!」


 睨みつける麗音愛達に比べ雪春の表情は穏やかだ。


「今日は闘いに来たのでは、ありませんよ」


「じゃあ、私を始末しに来たのか!?」


 西野に抱きしめられていた摩美はその腕を押しのけ、立ち上がる。


「どのような状況にいるのか、伺いに来たまでですよ。お元気そうで何よりです。

 で、貴女は今どのようなお立場ですか?」


 今、ここで斬りかかり追い返すべきか迷い、麗音愛の額に嫌な汗が滲む。


「先程も言ったように、闘いには来ていません。

 貴方が攻撃をしかけてくれば、ここは戦場になる」


「くっ……」


「雪春……さん」


 椿は冷静になろうとするが、雪春を見るとあの日の惨劇。

 自分の身から舞意杖が引きずり出される感触を思い出し吐き気と目眩がする。


めぐむ様、顔色がよろしくないですね」


「姫様に手出しをするな! 私を始末しに来たのなら、すればいい!」


「もちろん、我が姫に乱暴などしませんよ……麗音愛君にも貴女にもね」


 あの夜も、今も雪春は『麗音愛』と呼ぶ。

 どういう煽りだと麗音愛は睨みながら、気丈にしていても青ざめている椿を守るように背に隠した。

 無意識に椿も麗音愛の左腕にすがりつく。


「摩美さん、あなたは白夜団内で姫を守ろうとしてくれているんですね」


「……は?」


「命令も忘れていませんね?」


 あの文箱の事だ、と摩美は気付く。


「……そんなこと、此処で言えるわけがないでしょう」


「ふふ、それもそうですね。……それでは、あなたは反逆者ではないと伝えておきましょう。

 姫様をどうぞよろしく」


 どういうつもりだと叫びたくなるが、逆に摩美が白夜団の味方になったと主張しては意味がない。

 摩美もそれを考えて、答えを濁したのだろう。


「……此処にどうやって入った」


「簡単な事ですよ」


 警報は鳴り響いたまま、武装した団員達が駆けつける。

 雪春を知らない者はいない。

 紅夜会の軍服を着た彼を見て裏切りの真実を目の当たりにして立ち尽くす者もいた。


「絡繰門雪春! 紅夜への恨みを忘れた浅はかな裏切り者め!」


「これは……宿目家のお姫様。そうですか、貴女が拘束人なわけですね」


 今までと変わりない微笑み。

 変わらない――そう、ずっとその微笑みは凍りついたままだったのだ。


「この娘を奪うような事は許さない!」


「おや……摩美さんはお上手ですね。七さんを懐柔するとは……」


「なにをっ! 懐柔などされてはいない!」


「ふふ、まぁそんな事はいいのです。僕にとっては、ね。

 それではお疲れ様です。ティータイムを引き続きお楽しみを……」


 七が放つ拘束結界、銃や槍、護符にも何も感じないように雪春は背を向けて歩きだす。

 まさかこんなにも早く姿を表すとは……麗音愛にも葛藤はかなりある。

 此処に誰もいなければ、斬りかかる――! それでも今は、と晒首千ノ刀を納めた。


「絡繰門! 待ちなさい!」


「待って! 宿目さん! 皆さんも追わない方がいい!」


 追おうとした七と団員を椿が止める。

 少し振り返り、椿に微笑む雪春……。

 紅夜会の術なのか雪春の姿は紅い霧に消えるように見えなくなっていった。

 そして霧は瘴気となる――猛毒だ。椿が青い炎で燃やし尽くす。


「これで……大丈夫」


 ふらりと足元がぐらついた椿を麗音愛が抱きとめた。

 摩美もぺたりと座り込んで、西野が肩を抱く。


「……殺されなかった……」


 摩美はどっと出た冷や汗を拭う。死を覚悟した。


 絡繰門雪春……一体どういうつもりなのか、恩を売るつもりなのか。

 とりあえず、雪春は摩美が椿の傍で見守る役目をしていると報告すると言った。

 それは麗音愛が考えていたシナリオ通りだ。

 激昂するだろう闘真や沙紀に襲われる心配はなくなったという事だが……。

 どこからどこまで、誰の掌の上なのかもわからなくなった。


 皆が騒然となった中庭――。

 しかし麗音愛は冷静になれと、息を吐く。


「俺が報告してくるから! ……みんなは、お茶飲んで休んでいて」


「で、でもこんな時に」


「せっかくの二人が会える時間なんだし、椿も休んでて。俺もすぐ戻ってくるから」


「あ……麗音愛……私気が付けなかった」


「椿にも休んでほしいんだよ」


「玲央……大丈夫なのか」


「私達、そんな無理には」


「椿がいれば大丈夫さ、奴らもこの状況でもう来ないだろう」


 次にこんな風に会えるかは、わからない。

 いつ、どう、引き裂かれるかわからない二人の時間を麗音愛は守りたかった。

 かといって二人の護衛は必要だ。


「わかった。待ってる! せっかくのデートだもんね!」


 椿も二人の事を想いデートを続けることを選んだ。


「すぐ戻るよ。七さん!」


 報告をしに本部に戻ろうとする七に麗音愛が声をかけた。

 下の名前を呼ばれ驚く七。


「な、何用ですか」


「七さんも、椿達と一緒にお茶しててくれませんか」


「ど、どうして私が……」


「あ! あの、さっき摩美ちゃんを守ろうとしてくれて! ありがとうございました!」


 ガバッと西野がまた土下座をする。

 七は着物を揺らして動揺する仕草だ。


「わ、私はそういうつもりでは……」


「俺は本当に無力で! お嫁さんを守る力もなくて! だからありがとうございます!」


 摩美は無言で『嫁発言』した西野の背中をバシンと叩いたが、宿目七には礼をする。


「守ってくださって……ありがとうございました」


「だから私は……そんなことは」


 無意識で言ったのだろうか。

 雪春に対しての憎しみで相反することを言っただけなのか? それでも明らかに七の頬は紅潮していた。


「七さんがいたらお茶会も安心! 珈琲と紅茶とどうします?」


 明るく微笑む椿に観念したのか、七も敷かれたゴザに正座で座った。


「紅茶でお願い致します」


「はい、摩美ちゃん。紅茶淹れ方わかる?」


「あ、はい……」


 最悪の来客、そして少し緊張するお茶会だったが摩美と西野は視線を合わせ微笑む。

 それを見て椿も七も微笑むのだった。


 麗音愛にもすぐに本部を離れていた直美や雄剣から連絡が来る。

 麗音愛が報告書を作り終わり、お茶会もまた終わる頃、幹部が集合し会議になった。

 摩美が白夜団の仲間になると言い、疑う幹部には西野は自分自身が人質になると伝えた。

 何かあれば自分の命も好きにしていいと言う西野とそれを否定する摩美の、二人を見て様子を見ながら団内での活動をさせる事に決まった。

 宿目七が西野に結界術を教えていく事を皆に伝えたのは麗音愛達も驚きだった。


 ◇◇◇


「疲れた……」


 ドサリと椿の家のソファに倒れ込む二人。

 梨里と龍之介には『お疲れ様』とだけ言われ、二人は部屋に戻ったようだ。

 なので遠慮なく椿を抱き締める。


「麗音愛……」


「今日はお疲れ様……怖かったよね雪春が来て」


「麗音愛がいてくれたから大丈夫。でも情けなくて……震えちゃって」


「俺が必ず守るから……椿は無理しないで」


「うん……ありがとう」


 椿の細い身体を抱き締めるたびに、その運命の重さを思い知る。

 

「今日のお菓子も美味しかったすごく……服も可愛い」


「あ、ありがとう」


 腕のなかで照れた顔が可愛い。

 何気ない毎日でも、こぼさずに幸せを噛み締めていきたい。

 麗音愛はそう思う。


 緊張の連続で、二人は疲れ果てていて

 可愛い彼女と抱きしめ合っているのに、椿の暖かさに癒されて

 いつの間にかソファで二人で寝息を立てていた。


「二人とも、おつかれーした」


 転がり落ちても抱きしめ合って寝る二人に梨里がそっと、ブランケットをかける。

 何か夢を見た気がした――。


 聞いたことのない……女の声……。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 七さんも梨里も可愛いなぁ…白夜みんな可愛いよ… 西野もいい男になるよ。将来が楽しみだなぁ( ˘ω˘ ) 普段は弱気なのに、いざとなったら俺の嫁(しれっと図々しいww)を命がけで守ったもんね…
[良い点] 雪春さん微妙に摩美のために動いているようで なにか裏があるような… コイツは何をしてもあやしい(¬_¬) 琴音はダークヒロインに徹することにしたのね 回り回って話がまとまったのは 確かに…
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