プロポーズの答えは
邪魔しないように背を向けていた麗音愛も、突然のプロポーズに思わず振り返りそうになる。
が振り向くのを堪えて横目で宿目七を見たが、いつも閉じられていた瞳が驚きで見開かれていた。
それでも西野は必死で、恥ずかしがる様子はなく声の大きさは変わらない。
「摩美ちゃん、俺と結婚してください!」
「なっ……あんた、何言ってんの」
「それで俺と一緒に白夜団に入ろう?」
「はぁ?」
ますます摩美はあっけにとられている声になる。
「俺は、摩美ちゃんと一緒にいられるならその道を選ぶ」
「……あんた、大学行って……とか言ってたじゃん」
「うん! もうどうでもよくなった!」
西野はにっこりと笑う。
「なっ」
「それより大事なものを見つけられたんだから、いいんだ」
「大事なもの……?」
「だから、摩美ちゃんだよ~これだけ言ってるんだから、わかってよ」
「あ、あんたねぇ」
恥ずかしげもなく次々に出てくる言葉に、摩美は理解が追いつかないまま顔だけ赤くなった。
七の視線が痛い。
「この部屋から出て一緒に生きていこうよ。認めてもらえるように、俺頑張るから」
「ソッコーで殺されるよ。紅夜会に……それに、それに……あの御方に……」
摩美の目が恐怖でぐるぐると泳ぐ。
「大丈夫、どうにかなるよ!
助けてもらおう! 白夜団の皆さんに! 俺も闘う!」
無知ゆえに言える事ではある。
それでも白夜団の願いは紅夜に屈せず紅夜を討ち紅夜に怯えぬ世界を創ることだ。
「あ、あんた……」
「まずは俺と摩美ちゃんの意志……だよ。
君のためなら死ねる……!」
ズキリと摩美の心臓が痛む。
そう言わせた事もあった……でも、それが何よりも怖かった。
「って……死ねるって言ったけど、やっぱり二人で生きていきたいんだ」
「栄太……」
「お願いだから此処で生きていく事を選ぼう?」
紅夜会に戻れば、死しか待っていない――。
むしろ自分で紅夜の目の前で首を絞め殺し屍を捧げる未来しか思い浮かばない。
栄太との未来……。
ぎゅっと西野が摩美の手を掴むと、摩美も恐る恐る西野の手を握った。
「摩美ちゃん……!」
その手の上に西野が片方の手を重ねる。
一瞬見つめ合う二人。
「で、でもこんなの白夜団だって認めてくれるわけ……」
「大丈夫。これを持ってきたんだ……」
西野はカバンから黒い箱を取り出した。
「それはなんです!?」
危険物かと七が叫んだのを麗音愛も聞いて、すぐに振り返る。
麗音愛はその箱は見覚えがあった。
「宿目さん大丈夫です! それは桃純家の屋敷で紅夜会が奪った文箱……」
「これ摩美ちゃんの大事なものだよね」
「……大事っていうか……」
「つまり、元いた組織での大事なもの……なんだよね」
「……そ、それは……そう……」
そうだ、命より大事だと思っていたのだ。それなのに。
「これを渡そう白夜団に」
「え……そんな事したら……」
そう言いながらも摩美は、こんな大事な物を置いて栄太の部屋を飛び出して……
結局戻る気でいたことを思い知らされた。
「ふ……」
わずかに微笑んだ摩美。
そして改めて心の大部分を締めていたものが何か理解できたのだ。
絶望になった原因も結局、西野のことだった。
「……わかった」
「うん! 良かった!」
「よく持ってたね……とっくに没収されたと思ってた」
「うん、大事な物だってわかってたから……玲央、ごめん!
家宅捜索の時にこれを持ってるって言わなかったんだ!」
西野は文箱を母親に見つかってはいけないと思い、本棚の奥の隠し場所に隠してあった。
それが家に戻った時に発見されていなかった事を西野は知ったのだ。
「まったく……摩美のためならなんでもするんだな」
「もちろん」
「……馬鹿」
「西野、摩美。一時隠していたとはいえ、紅夜会にとって重要な物を白夜団に返してくれた。
この事実をみんなに伝えるよ。それでもまだ二人が乗り越えていかないといけない事は沢山あると思う」
二人は手を握ったまま、麗音愛を見つめる。
「でも俺達は二人のために協力していく!
だから二人も白夜団を裏切らずに頑張ってほしい」
「あぁ! もちろん!」
西野は大きく頷いて、摩美は少し黙ったが小さく頷いた。
「ね! 宿目さん!」
「は?」
「俺達も立会人として、二人の門出を応援しましょうね!」
「な……なにを」
また七の瞳が開かれる。
「宿目さん! どうぞお願い致します!」
包帯だらけで西野は松葉杖を床に置き、土下座する。
それを見て、摩美も不本意そうな顔ではあるがベッドの上で正座してお辞儀した。
横を見れば麗音愛まで頭を下げている。
「ほ、報告はします……! ですが……ですが、あぁもう!」
まさかこんな若者のプロポーズを見せられると思っていなかっただろう七は叫ぶ。
「これから沢山償うことがあるのですからね! 私は今日はもう失礼します!
結界は側近四人で十分でしょう!」
「はい。立会い、ありがとうございました。お疲れ様です」
ふん! と麗音愛を一瞥して、七は部屋を出て行った。
外でも驚いた声がして、直美と椿が入ってきた。
「一体どうなったのかしら!? 宿目さんがもう退席するって……!」
「まぁ退席したくもなるよ」
麗音愛が苦笑いする。
西野も照れ笑いして、摩美も少し微笑んだ。
それを見た椿も微笑みながら摩美にお粥のお弁当を渡す。
「しっかり食べて、元気になってね」
「姫様……」
紅夜には感じられなかった温かな優しさを椿からは太陽の光のように感じる。
摩美の瞳から、涙が滲んだ。
愛する男にも支えられながら、まだ恐怖があった紅夜会との別離を摩美はしっかりと受け入れたのだった。