自分がどうなりたいか、
麗音愛が摩美の元を訪れるようになって数日。
宿目七が耐えきれずに叫んだ。
「あ、あなたは一体、何を考えているのですか!?」
「何を、とは……夕飯の差し入れです」
「夕飯の差し入れ? 自由な時間?
こんな輩に希望を与えてどうするつもりです!?
世間一般で考えたとしても、重犯罪人なのですよ?」
「そうですが、命令されてやった事だとも思うんです。悪いのは紅夜と紅夜会の大人ですよ」
「そんな理屈を言って、白夜の者達の恨みが消えるわけはない……!」
「確かにそうですが、俺達が白夜側に生まれたのだって自分で決めた事じゃない。
生まれたのがたまたま紅夜側だったら……幼い頃から人間は敵だと言われて生きてきたら……? 俺や宿目さんだって、それを信じたはずです。白夜のみんなが紅夜会を恨むように……」
「くっ」
「紅夜や、自分で紅夜会に走った絡繰門雪春なんかとは違う。まだやり直せるかもしれない。その希望を前に絶望に叩き落としても、そこからは呪いしか生まれない」
「……呆れて物も言えないわ……いえ、あなたもまだ子供ですものね……」
「……すみません……」
七は従者を引き連れて、部屋を出て行った。
拘束の解かれた摩美も呆れた顔をして麗音愛を見ていた。
「ほんっと馬鹿みたい」
「そうかな?」
「私が50歳の大人だったらどうすんの?」
「うっ……それは」
確かに沙紀を生き返らせたような紅夜会だ。
見た目と年齢が同じとは限らない。
特にあのルカとカリンは姿よりも精神年齢が高く感じる。
「目の前のことしか見てない馬鹿」
「は、は~ん。じゃあ摩美はかなりの年下好きなんだな~若い男が好きなのか~」
「ばっ!! 年下じゃないし!」
お互い単純なようだ。
麗音愛は笑う。
「じゃあ同じ年齢かな。今日の弁当はオムそばだって」
「……なにそれ」
「知らない? 焼きそばを卵で包んだやつ」
「知らない」
「美味いよ」
二人でまたレジャーシートの上で食べ始めた。
摩美のオムそばは普通サイズだが、麗音愛のは二倍、三倍あって
運動会にでも使うようなタッパーに入っている。
「あんたもよく食べるね」
「そりゃあ男だしね。西野も結構食うよな」
「し、知らない」
摩美も出された夕飯を『姫様に申し訳ないから』という理由で食べるようになった。
「……あのさ、摩美は両親は?」
「何も話さないって言ってるでしょ」
「お前達も紅夜の子供……なのか?」
麗音愛は少し気になっていた。
自分と椿は紅夜の子供だ。
摩美や闘真などの幹部の子供達も腹違いの兄弟なのかと。
「恐れ多い。紅夜様の子が産めるような力のある人間は滅多にいない。
それは白夜団でも当然周知の話だと思うけど」
「そ、そっか……じゃあお前達は……違うのか」
「だから紅夜様の実子の姫様はとても大切な御方なのよ」
「椿は……まぁいい」
つい『椿は渡さない』と言いそうになったが、言い争いになるだけだ。
と思って麗音愛は言葉を濁した。
「あんた、私が心変わりするとでも思ってるの?」
「生まれて信じてきたものなわけだし……急に変わるものでも全て変わるものでもないとは思ってる……けどさ」
「けど、なに」
「俺達はこれから大人になっていくわけだろ。普通は自分の人生は自分で選択して切り開いていくんだよ。紅夜会にいて、言われるままに破壊活動をし続ける未来で……いいのか? って考えてみてほしい」
「い、言われるままなんかじゃ……」
「じゃあ自分で選んで決めたことって、あった?」
摩美は黙り込む。
麗音愛もどうやって摩美が西野と出会って家にいたのかはわからない。
でもそれが命令ではなく、摩美の意志だったのではないかと麗音愛は思っている。
「自分がどうなりたいか、どうしたいか……考えてみようよ」
「……ふんっ」
「あー美味かった。ごちそうさまでした!
今日は食後の珈琲もあるよ。俺が淹れてきた」
麗音愛は紙コップに入れた珈琲とチョコレート菓子を摩美の前に置いた。
偶然なのか、摩美が好きなチョコレート菓子だった。
◇◇◇
「それではよろしくお願いします」
時間が終わり、宿目七に礼をして麗音愛は部屋から出る。
少しは摩美とも打ち解けてきただろうか……そう思いながら廊下を歩くと兄の剣一が団服姿で前から歩いてきた。
「兄さん」
「よぉ玲央、オツカ~レ」
にこやかな剣一の後ろに小さい影がひょこっと見えた。
「あっ……!」
「君は……っ! 斎藤君……!」
それは白夜団の団服を着た多田爽子だった。
団服は椿達のようなスカートではなく男子と同じズボンだ。
「じゃ……じゃあ多田さん……!」
「あぁ! そうだ!
私のような人間はなぁ、過去のキャリアなどに縛られない……!!
積み上げたキャリア……そんなことに囚われていては、そこでドドンガどん詰まりという事だ!
何よりも! 『知る』ことに貪欲であれ……!
一生を知識欲に……! 捧げよ……!!
新生……白夜団守護天使レモンシャワラン……!
ザッ! バッ! ザザッ!! ……降臨!!」
爽子がポージングを決めるのを見守る兄弟。
数人の団員が通り過ぎていき『お疲れ様です』と言い合った。