蜜月の終わり
紅夜城。
昼も夜もわからない、紅い空。
王の間に幹部達が集まっていた。
「どういう事だよ! 摩美が白夜にいるって!」
「闘真、紅夜様の御前ですよ」
紅夜の玉座の前で、摩美が白夜団にいる事をヴィフォが報告した。
「摩美がそんなぁ……早く助けに行かなきゃあ……きっと助けを待ってるよぉ!」
カリンが泣きながら叫び、ルカがカリンの背中を落ち着かせるように撫でた。
「落ち着きなさい、幹部がうろたえるとは何事ですか」
コーディネーターも紅夜の隣で毅然と話す。
「早く襲撃して、助けてやんなきゃなんねーだろがぁ!」
「ねぇ……摩美が裏切った可能性はないわけ?」
沙紀は平然と腕組をしている。そんな沙紀を闘真が睨む。
「なんだと……沙紀」
「あいつは甘いとこがあったからね。この馬鹿を止めて怪我した事もあっただろ?」
「なんだと!! ……でも確かにな」
闘真は考え込んで、顎を撫でた。
「闘真の馬鹿! 摩美が裏切るわけないでしょ!」
「……事情は今調査中です。公園での妖魔の発生。姫様と咲楽紫千玲央との接触も確認しておりますが……幹部が紅夜様を裏切るなど前代未聞」
ルカが泣くカリンを抱き締めた。
「つーか沙紀もカリンも俺に馬鹿って言ったか!? ぶっ殺すぞ!」
「黙れこのサイコ野郎」
「なんだと! この化け物が!」
「静かにしなさい! 紅夜様……如何なされますか?」
コーディネーターの問いに紅夜はくっくっくっと笑う。
「白夜団内部に紅夜会幹部が入る……真実がどうであれ面白いじゃないか」
紅夜の笑いに、皆が驚く顔をした。
「駒のトレードということだな、雪春」
皆の一番後ろに立っていた雪春。
紅夜に微笑まれても雪春は無表情だ。
「偶然ではありますが、状況的にそういう事になりましたね」
「お前が裏で何かやってるんじゃねーだろうな!」
「私は何も関与しておりませんよ。彼女の策略なのか、捕まったのかはわかりません」
闘真に疑われても、雪春は無表情のまま首を傾げた。
「雪春、お前も摩美の事を調べろ……その方がより面白くなりそうだ」
「承知致しました。紅夜様」
深く礼をする雪春を見て、紅夜は怪しく愉快そうに微笑んだ。
◇◇◇
入院中の西野に今回の事件の説明がされていた。
団員の後ろで見守る麗音愛と椿。
「摩美ちゃんが……そんな……」
人類と敵対する凶悪な妖魔王が指揮する組織『紅夜会』の幹部だということを告げられた。
「西野栄太君、君の部屋は今一応捜索と浄化処理がされています」
「そ、捜索……ですか……でも、そんな事はいいんです! 彼女はどうなってしまうんですか!?」
「拘束されていますが、これ以上は言えません。
先程話した通り、これは特殊機密事項。入院費用はもちろん見舞金も出ます。君のお母さんも了承済ですから……早く怪我を治して元の生活に戻ってください」
「話は聞きましたけど! それで何事もなかったように過ごせっていうんですか!?」
「その通りです。全てなかった事として元の生活をする、それだけです」
「そんなこと……!」
つい西野の顔も険しくなる。
麗音愛も初めて見る、西野の憤り。
「西野栄太君、知らなかったとはいえ紅夜会の幹部との長期接触。
君のその彼女への執着は洗脳されている可能性があるという報告をしなければならなくなりますよ」
「なっ……」
「ちょっと何もそこまで……」
麗音愛は口を挟むつもりはなかったが、つい言ってしまいジロリと団員に睨まれた。
同席も無理を言ったのだ。椿に腕を握られて麗音愛は黙る。
「ここまで言うつもりはありませんでしたが、納得されないようでしたらお伝えします。
君の安全のために今後も白夜団は警備の人員を割く事にもなるでしょう」
「……俺のために」
「ただでさえ人員の少ない白夜団の戦力が割かれるという事はどういう事かわかりますか?
ここであなたがゴネれば、どうなるか……」
西野が主張すればするほど、西野への警備・監視として人員は割かれる。
対妖魔への活動に少なからず影響するだろう。
それはつまり、また危険な目にあう人間が増えるかもしれないという事だ。
「でも、俺は彼女が『こうやかい』だの、なんだのなんて……知らなくて」
「『明けの無い夜に』の音源データを夜な夜な配って歩く若い男女の情報が入ってきていました」
「あ……」
青ざめる西野。
麗音愛も椿もそれが事実だとわかる。
「知らなかった、という事で寛大な処置を君はもう受けているのです。君も『明けの無い夜に』が国内でどういう扱いをされていたかは知っていたはずだ」
「く……」
「どうか納得してください」
団員は西野の返答を待たずに、麗音愛と椿に会釈して病室を出て行った。
「……西野」
「……俺、すごく色んな人に迷惑かけたんだよな……」
「……お前は被害者だよ。ごめんな、さっきの人も悪い人じゃないんだよ……ずっと紅夜会からの攻撃続きで今、白夜団もバタバタしてるんだ」
大晦日、雄剣への襲撃、そして雪春の裏切り。
白夜団の混乱はまだ続いている。
「……玲央も椿ちゃんも……団員だって?」
「うん。隠しておくように言われたんだけど、これからの事を考えたら言っておかないと、と思って」
「……これから……たって……」
西野はベッドのシーツを悔しげに掴む。
「何も知らなかった頃に戻れなんて……でも……そうしなきゃいけないんだろう……」
涙を堪えるように絞り出す声だった。
『何も知らない頃になんて戻れない』
麗音愛があの日、死闘の日に、思った事だ。
そして地獄だと知っていても、自分で選んだ道。
「西野、俺達は摩美のために最善を尽くす」
「玲央……」
「……だから……」
あれだけの厳しい団員の言葉。
守秘義務を破いた時の罰則も説明された。
そのなかで、この二人が摩美のために動くこともどれだけリスクがある事か。
そして自分が動くことが、どれだけ摩美の首を締めることになる事か。
あの奇跡の対面から数日……。
あの淡い蜜月は終わったのだ。
終わった、終わってしまった、終わりなんだ……それだけが西野の心に響いて、後から後から涙が溢れる。
「玲央ぉ……摩美ちゃんをっ……頼む」
喉から漏れる嗚咽を必死に止めようと、それでも止められず西野は麗音愛に懇願した。
麗音愛は西野をそして拘束された摩美を思い、静かに頷いた。