恋心と友情と
特別進学コースの麗音愛のクラスだけがある、放課後の特別授業。
西野はまだバイトをやっているようで帰ってしまった。
ずっと真面目に授業に塾にと勉強熱心にしてきた西野の行動とは思えない。
好きな女の子ができた事は応援したいが、友人が良くない方向に向かっている事は麗音愛もなんとなくわかってしまった。
だけども、それは麗音愛が思う『良くない』であって西野には『良い』事なのかもしれない。
ここ一年で何度も選択をしてきた麗音愛は他人から見れば最悪の選択ばかりしてきたのだろう。
晒首千ノ刀と同化し、妖魔王紅夜と敵対し、その娘を愛して、血の繋がった妹だったとしても愛し抜く事を決めた。
激しく愚かかもしれない。でも、それでも幸せだ。
そんな自分には、やはり何も言える資格はない。
深く考え込んでいると、麗音愛にとっての幸せ――椿が麗音愛の隣に座った。
「あのね、西野君……私のことで何か言ってた?」
「え? ……えっと」
「あ、ごめんなさい。昼休みに椿って聞こえたなって思ったんだ。盗み聞きするつもりはなかったんだけど……ごめんね」
大きめのカーディガンが萌え袖になって、口の手前で両手を揃えて上目遣いされるとめちゃくちゃ可愛い。
自分も毎回そう思ってしまって、恋の盲目さを思い知る。
が、今はそんな事を思っている時ではない。
「いや、実際したから、謝ることないよ。俺の方がさ、本当は椿に聞かなきゃいけないかったんだけど……実は」
西野に言われた事を、伝えた。
本来は椿に聞かなければいけない事だ。
「……そっか……西野君の好きな子が私に……」
「うん、でも心配で。俺がいないとって言ってしまった」
「うん、ありがとう。私も……二人きりだと不安だったかな」
「うん」
「私に会いたい人がいるなんて……どうしてなのかなって思う」
琴音に呼び出された事や、その前に手紙を渡された時の事を思い出して何か策略のうちなのか、と今の椿が思ってしまうのは当然の事だ。
「それは椿が可愛いからで、会って話したい気持ちはわかるけど」
「ひぇ!? わ、わかんないよ」
「兄さんに会いたい女の子とか、沢山いたし、今もいるし……椿が可愛いって憧れる女の子もいると思うよ」
イベント毎に、剣一に会いたい話したい。そういう時にだけ思い出したように声をかけられていた過去もある。
「憧れるような要素ないんだけどな」
「椿のいいとこ、いくらでも言えるよ」
自己肯定感の低い椿には、もっともっと自分を好きになって肯定してほしいと麗音愛は思う。
麗音愛自身も、自分の存在を認められるようになったのは椿が傍にいてくれうようになったからだ。
「も、もう~西野君の好きな子どんな子だろうね」
「黒髪ボブのツンデレで可愛い子だって」
「そうなんだ! 四人で遊べたらいいね」
「なるほど! そうやって言うと楽しげに聞こえるよね。ダブルデートしようって言ってみようか。椿ナイス」
「え? えへへダブルデートかぁ」
思わぬ椿の提案に、麗音愛は西野にメールをしてみる。
返事はこないまま、授業が始まった。
◇◇◇
バイトを終えて弁当を買い、西野は自宅へ戻る。
このままではいけない事は理解している。
自分だけ学校に行き、摩美は学校に行っている様子はない。
それでも自分勝手に摩美がここにいることを望んでしまう。
「すごく美味そうな弁当買ってきたよ」
「ふーん」
猫を撫でながら音楽を聴いている姿にホッとする。
が、またあの曲『明けの無い夜に』を聴いているのだろうか。
たまに摩美のまわりに黒い霧のようなものが見える時がある。
でも『聴くのをやめろ』と言うことはしない。
昔から何か変なものを見ることがよくあるが、何か精神的なものなのかと思っていた。
今日もバイトで少し注意されて、そのストレスだと西野は考えた。
母親は今日も夜勤だ。
用意されていた一人分の夕飯とプラスで買った夕飯を分けながら食べる。
「食べたら、ちょっと出てくる」
男用にカモフラージュできるような西野サイズの服を最近摩美は着ている。
昼間に買い物しているのか、そこは知らない。
猫が今遊んでいるキャップをかぶって出掛ける気なのだろう。
「俺も行くよ」
「いい、邪魔」
西野はまだ摩美の名前も知らないが、この娘が紅色を好んでいる事は西野にもわかった。
黒いパーカーに紅色のロンT。黒のパンツ。
この前コンビニで紅色のマニキュアを買って弁当と一緒に渡した。
数日後に、爪がその色に染まっていた。
それからは紅色の物はないかと探すようになった。
どうにか、どうにか……もっと好かれたい。
そんな事ばかり考えている自分がいる。
友人の晒首千ノ刀玲央と渡辺椿のカップルのように、傍から見ても
お互いを思いやって、愛し合って、駆け落ち騒動までした二人のようになりたい。
この娘に自分も愛されたい。
あの二人のような恋人になりたい。
それが今、西野を動かす動力だった。
「え……あ、そういえば椿ちゃんの事なんだけど」
「あ……どうだった?」
ピクリと摩美が反応した。
「四人で遊ばない? って言われちゃってさ」
「はぁ? そんなの無理に決まってる。あの人と二人で会いたいって言ってるじゃん」
「でも……四人で遊ぶのも楽しいかもよ?」
「だから、遊ぶって話でもないし
あいつは、晒首千ノ刀玲央は大嫌いだって言ったでしょ」
「……そうだよね……ごめん」
「最低クソ野郎だから」
唾を吐くように言われた言葉が、西野の心も切り刻む。
西野は、ふと今日の麗音愛の顔を思い出した。
自分と同じ、地味で冴えない男子。陰キャ仲間。
でも今日の心配してくれた、あの表情。
いつだって……支えてきてもらってたんじゃなかったか……?
どんな時にも励ましてきてくれたのは、あいつじゃなかったか……?
「玲央もさ、俺……長く付き合いあるけどそんなに悪いやつじゃないよ?」
「そんなわけないって……まだ友達? とかやってんの?」
「ん……うん……」
「は! きっも!」
摩美の怒りが弾けたように西野には見えた。
一瞬で麗音愛への気持ちなど無くなり、冷や汗が首から吹き出る。
「ご、ごめん……ごめん」
「行くわ」
「ごめん!」
慌てて謝ったが、摩美に鋭く睨まれると西野は固まってしまう。
二匹の猫が騒がしく鳴いたが、摩美はそのまま出て行った。
「……ま、待ってよ!」
どうして動けなくなっていたのか、硬直が解けると西野もまた部屋を出て行った。