それぞれが、それぞれで
紅夜の城の広い廊下を歩くカリンとルカ。
廊下には紅い絨毯が敷かれ、時間の概念があるのか無いのか紅い夕陽が窓から差し込んでいる。
「はぁ~摩美はいつ帰ってくるのかな?」
「どうだろうね。あのミッションはなかなか難しいと思うよ」
「わかるんだけどさ~人間と馴れ合ったりしてないよね……まさか」
カリン用の紅夜会の軍服は真っ赤なゴスロリワンピースだ。
ペチコートでボリュームアップしたスカートが歩くたびにユラユラと揺れる。
「それもまた摩美の計画かもしれない。姫様の近くに潜伏しているという連絡はあったし、妖魔の実も育ててるって」
「そっかー」
「暇なら、遊びに行くかい姫様のところへ」
「姫様には会いたいけど、あの黒男きら~い」
「じゃあ『穢れ増やし』しにいこうか」
「いいね、じゃあどっちの妖魔が先に人を襲うかも競争しよ」
「春は山に入る人間が多いだろうからね~楽しめそうだ」
「「社を壊せ♪ 清めを穢せ♪ 人間出たら喰い殺せ♪」」
幼い子どもの笑い声が響いた。
◇◇◇
「ん……」
夜中に一人で抜け出した摩美が、また戻って自分と同じベッドにいる事に安堵する西野。
初めて出ていく事に気付いた時、思わず引き止めたら『うざい』と言われたが二時間程度で戻ってきた。
それからは何も言わずに見送るようにしている。
たまに一緒に外へ出て摩美の行動を黙って見てコンビニで買い物をして、またこの猫のいる自分の部屋に戻ってくる……を繰り返している。
下着に西野のTシャツだけ着て眠ってる摩美を思わず、抱き締めてしまう。
「なに……うざ……」
そうは言っても、振りほどかれはしない。
名前もまだ知らない。それでも彼女のためなら『死ねる』そう思ってまた強く抱き締めた。
「朝でしょ……がっこ……行かないの」
「行くよ……でもまだ、もう少し」
「馬鹿じゃん……」
「うん……馬鹿だよ……」
◇◇◇
昼前になって遅刻届を出した西野が教室に現れて、麗音愛が驚いた顔で挨拶する。
「西野おはよう! ってもう昼だけど」
「うん、おはよ」
「珍しいな~西野が遅刻なんて大丈夫か?」
「はは、ちょっと寝坊した」
「遅くまで勉強?」
「いや……」
なんとも言えない表情をする西野。
今までは優しい穏やかな少年だったが最近は憂いを帯びたような表情をするようになったなと麗音愛は思う。
悩みの多い時期ではあるが、急に影ができたようで心配にもなる。
「どうせスケベ動画でも見て夜更ししての寝坊だろぉおお!? 何見てたか教えろよぉおおお!!」
カッツーが麗音愛と西野の間に入ってくる。
「カッツー……下品にもほどがあるだろ。そういうとこを慎めばお前だって」
「うるせぇ! リア充のつもりかよ! 俺はなぁ高校時代なんかもう切り捨てたんだよぉ~しょんべんくさい女子高生なんかぺっぺ! 大学だよ大学~~!! 大学でエンジョイ!」
顔面近くまで寄られた麗音愛は後退りするし、後ろで聞いていた女子達は教室に置いてあるカッツー清め塩をカッツーの背中にぶつけた。
「勉強しまくるぜ~~ 俺はぁああ!! ぶるんぶるん!! お前らの塩なんぞ効くかっ!! きぇええ!!」
女子達の悲鳴が上がり、そのままピョンピョンと飛び跳ねていったカッツーを二人で見送る。
椿と美子も、その状況を遠目から驚いた様子で見ていた。
「はぁ相変わらず気持ち悪いなカッツーのやつ。でも俺もまじで頑張らないと……な? 西野」
「うん……でも俺、進学どうしようかなって思っててさ」
「えっ……?」
「なんてな……はは」
麗音愛も自分の進学も未来も、投げ出しても良いと思った時があった。
椿と一緒に逃げた時。その時を思い出した。
「西野、大丈夫か? ……俺、頼りにならないかもしれないけどさ、話なら聞くよ」
「玲央……サンキュー……あのさ」
「うん」
「俺の友達でさ、女の子なんだけど。椿ちゃんのファンだって子がいて、会える機会作れないかな?」
「あ……」
麗音愛は雪春との一件の全貌を椿に問いただしはしなかった。
それでも椿が琴音や、それ以外に関わった人間を案じて行動したのではと思っていた。
だから、もう見知らぬ人間は椿に近づけたくない……と思ってしまう。
「俺が一緒なら、って伝えてくれる?」
「……女の子でも?」
「ごめん。最近もさ、トラブルあったんだ。椿のファンでさ」
「あ……そうだったんだ。ごめん」
椿が数日休んでいた事を思い出し、西野が慌てて謝る。
「いや、謝る事はないんだ。でも俺も心配でさ、あんまり一人で行動させたくない……イトコンだよな」
「納得できたよ……話してくれてありがとな。イトコンってか! 彼女なんだし……当然だよ」
「やっぱり、西野も彼女できたんだろ~? その女の子だろっ!!」
わざとに冗談めかして言ってみた。
「彼女じゃない……俺の片想い」
「あ、そっか」
少し焦った麗音愛を安心させるように、西野がにやけた。
「めっちゃ可愛いんだよね」
「まじか、どんな子?」
「黒髪ボブで……ツンツンしてる」
「デレはないの?」
「ある……たまに……何百分の一か」
「じゃあいけるだろ、応援するよ」
「サンキュ……なんか、玲央とこんな深い話することなんてないよな」
「……そうだな」
すぐに予鈴が鳴って、皆バタバタと席についた。
深い話をした過去も、なかった事になってしまう。
この呪いは篝の愛情だとわかってはいるが、もしも自分に呪いがなければ友人との時間ももっと深く話をして、何かできることもあったかもしれない。
この呪いのおかげで生きていられる、わかっている。
それでも、西野の切ない表情を思い出して麗音愛の胸が痛んだ。