愛天使レモンシャワランとの会談
多田爽子からの電話の数日後。
塾の帰り道、麗音愛に兄の剣一から連絡が入った。
「兄さん、今帰るけど……」
『悪い、俺がまだ仕事』
「やっぱりそっか。どうしたの?」
今更、兄に対抗心など湧かないが心のどこかで『まぁ確かにイケボなのかなぁ』と思う。
『レモンシャワラン……多田爽子さんの事なんだが』
「あ、うん。連絡来た?」
『あぁ。んで会う事にしたから、椿ちゃんと一緒に同席してくれよ」
「うん、いいよ」
『サンキュー』
「でも会って大丈夫かな?」
『はは、まぁお前の心配もわかる相手だな』
「そうなんだよね」
『まぁ大丈夫だ。じゃあ週末に。椿ちゃんにも伝えておいて』
「わかった」
麗音愛は通話を切ると、椿に電話をかけた。
椿は雪春の事はもう何も言わない。
それでも心の傷はざっくりとまだ残っているだろう。
いつでも独りじゃないことをわかってほしい。
麗音愛は今まで以上に椿に連絡するようになった。
『麗音愛こんばんは』
「こんばんは」
『塾終わったの? お電話嬉しい』
「うん俺も嬉しい」
迷惑そうなら控えよう……と思っているが、可愛い恋人はいつでも嬉しそうな声を聞かせてくれる。
◇◇◇
「お~椿ちゃん、今日のスーツも可愛いね~」
「け、剣一さん」
週末の約束の日。今日は全員スーツ。
椿はパンツスーツにポニーテールだ。
麗音愛はちょっとコスプレ感あるな~と思っているが言わないでいる。
「毎度毎度、椿にあんまり近づくな!」
「ん~コテージでのお泊り楽しかったみたいだよね~」
「れっ麗音愛、何を話したのっ!?」
椿が頬を染めて麗音愛に抗議の目を向ける。
「俺は何も言ってないって!」
「あっ」
「ふっふ~ん、椿ちゃんから聞きたいなぁ」
「やめろセクハラ」
「俺も何も言ってないのに~」
「な、何もないですから~!! 多田さん、此処まで迷わず来れるかな」
今、三人は都心のレンタル会議室で爽子を待っている。
あのキャンプ場からそれなりに離れている場所だ。
「あ~普段はここいらの大学に通ってるって言ってたから大丈夫だろ」
「えっそうなんだ……あの辺の人なのかと思ってたよ」
あの時は麗音愛達の話を聞かれても困るので、爽子の話も特に聞いてはいなかった。
というか爽子の『明けの騎士団』話ばかり聞いていた気がする。
そして約束の時間五分前になり部屋がノックされた。
三人が立ち上がる。
「私が行きますね」
椿がドアを開けると、爽子が緊張した顔で立っていた。
服装もスーツで一見まともに見える。
「多田さん、お久しぶりです」
「ゆっゆかりちゃん! なんと!」
「多田爽子さん、こちらへどうぞ」
剣一が落ち着いた声で会議用長テーブルを二つ合わせた席に座るように促した。
「……なんじゃ、あのエグいほどのチャラいイケメンは……ゆかりちゃん、あれ……本物の咲楽紫千剣一氏?」
「そうです、本物ですよ」
「そうなんだ……なんか名前からゴリゴリした武将ゴリラみたいな中年剣豪みたいなのかと思ってた……」
確かに名前からのイメージで実際の剣一にたどり着くには難しいかも、と椿は思う。
「どうかしましたか?」
剣一は微笑んだままだ。
「いえいえ!! 何も……あ、斎藤君」
「どうも」
爽子の視線が『君はやっぱりパッとしないなぁ』と言っているように見えた。
三人で爽子の目前に座るのも威圧感が無駄にありそうだと、椿は爽子の横に座り二対二で向き合う。
「それでは、お伝えしていたとおり会話の録音は不可、そしてこれからの会話ももちろん他言無用でお願いします」
「ひっひっひっ……命の保証はないってとこですかぁ」
笑いとセリフが合っていない気がする。
「命の保証はもちろんしますけど。まぁ、俺の事を心配して来てくれたわけだし……お互いに良い方向に話を進めましょうよ」
「き、君の心配というか世界人類の心配だっっ」
「あは、そっか。じゃあ状況を説明してもらえますか~レモンシャワランさん」
皆の前にペットボトルのお茶は用意してあったが、爽子は持参した水筒から何かを一口飲む。
「いいでしょう……『夜明けの騎士団・総帥の祝福の愛天使レモンシャワラン』が真実に迫る……!!」
「はい、真実とは……?」
「……ここ数ヶ月で獣害事件として扱われた人への被害が異常なんすよ……そして裏の情報で手に入れたんす。あいつらは言葉を話す」
進化し続ける妖魔。
麗音愛も知っている、その言葉。
「最初は『サラ』や『サラシ』だった言葉が……繋ぎ合わせると『サラシセン』になるとピンときたシャワラン」
何故急に語尾に、とは突っ込めなかった。
「なかなか鋭いね、人名だとわかるとは」
「舐めないでほしいっす……何億もの思考パターン世界思考図書館と心理直結……救済の愛天使っすから」
「まぁ、玲央が最後に見たであろう顧客名簿に俺の名前があっただろうしな」
「あ、そっか~なんだ」
「ごらぁ! 斎藤ぉっ!」
ギリィと爽子に睨まれる。部下扱いのようだ。
「それで、その妖魔という化け物に俺が狙われてると思って忠告をしに来てくれたわけね」
「いんや咲楽紫千という名前……何か大きな組織に関わっているでしょうがぁ」
「おっ」
剣一が面白そうに反応した。
「ここから遠くないビルで、数ヶ月前に窓が割れる……という事故があり謎の飛行物体も目撃されている。そこのビルを借りていた団体がその直後すぐにビルを撤退した。かなり昔のデータの各階所有者リストに咲楽紫千という名前があったんすよ」
絡繰門鐘山の首を持ってカリンが来た時の話だろう。
あのビルは直美が団長になる前から長く本部として使われていたものだ。
データ社会になるにつれ直美は『木村直美』と偽名の旧姓を使い始めていたが過去のデータに残っていたものがあったようだ。
「なるほどね……でも俺が、妖魔側だとは思わなかったの?」
「まぁ……この『夜明けの騎士団』バカップルが連絡したのが咲楽紫千剣一氏であるのならば、まぁ敵ではないだろうという……判断ですよ」
「「多田さん」」
麗音愛も椿も信用してくれた事に胸が少しだけ熱くなる。
「私達の会話を聞き、あの場で誰かを助けにバカップルがいなくなったのは救命以外ないだろうという……何億もの思考パターン世界思考図書館と心理直結故の……判断……」
爽子は顔の半分を片手で覆う仕草をした。中指と薬指から見える爽子の右目。
数秒それを三人で見守る。
「私レモンシャワランの……判断だった……」
数秒見守る。
「う、うん……優しい忠告ありがとうございます」
「……でも、もちろんこれだけじゃないっすよ!!」
爽子の右目が鋭く光った。(本人目線)