俺の声って
レモンシャワランこと多田との電話を終えた後に、卵サンドを持って椿の家へ行く。
「麗音愛、おはよう! わぁ美味しそう」
「玲央ぴ~サンクス~」
龍之介は時間ギリギリまで寝るらしいので、椿と梨里と朝ご飯を一緒に食べた。
そして二人きりの登校途中に椿に今朝の出来事を伝える。
「え!? 多田さんが……そっか、何も連絡してなかったもんね」
「うん……正直忘れてたし、何を話すわけにもいかなかったしな」
「う~謝らないといけないね」
「俺が余計な事言っちゃったんだし、謝ったから大丈夫だよ」
「うん……」
「とりあえず、兄さんに任せよう」
「そうだね」
後は兄に任せようと……言うしかない。
休み時間中に、プライベートのメールアドレスに逃亡中の事を書いて送った。
昼休み、椿と一緒に3個目のおにぎりを頬張る。
「え? イケボ?」
「うん、兄さんってイケボなのかな?」
くだらない事だが、爽子の『イケボォ』になんだか衝撃を受けたのだ。
「みんな、そう言ってるのは聞いた事あるよ」
「玲央、知らないの? 剣一君が在校時代はお昼の放送にゲストで呼ばれた時は音声データが販売されてたくらい大人気だったのよ! イケボに決まってるじゃない! 十七年聞いて気付かないなんて」
麗音愛の声が聞こえた美子が口をはさむ。
『剣一』という名前が出ただけで、何人かの女子がこちらを見た。
「ぐぬうううう!! イケメンイケボは死滅しろおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「カッツーうるさい。……俺の声ってどんな感じ?」
「玲央、お前の声はカッサカサで聞き取りにくいし、不気味キモボイスだなキモボ! アハハハハ!!」
カッツーが高らかに笑う。
甲高いキンキン声で女子達から悲鳴があがる。
「椿に聞いたんだよ。黙れよカッツー」
「わ、私はイケボだと思ってるよ。麗音愛の声はとっても素敵」
「椿……! 椿は声も心も顔も全部可愛い!」
「麗音愛……もう」
ポッと椿が赤くなる。
「ぎいぃいいいい!」
カッツーが泣きながらどこかへ走っていった。
麗音愛の少しの逆襲心もあったのだ。
「はは……恋人同士だと、なんでも格好良く可愛く見えるものだよね。まぁ実際に椿ちゃんは可愛いけど」
西野が紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら言う。
「西野君まで~」
『やっぱり恋人いるんだろ』と言いたい気持ちを麗音愛は堪える。
「でも玲央の声は聞きにくい時はあるけど、俺はいい声だと思うぞ」
「ありがと、カッツーに西野の爪の垢飲ませたい」
「はは」
呪いの影響は声にまで出ていることを改めて知った。
しかし西野や石田カッツーに約束などは忘れられる事もあるが、なんだかんだ友情は続いている。
ふと、麗音愛が気になった。
「西野って……なんか霊感とかある?」
「霊感……?」
「変なものが見えたり……化け物とか」
「ばっ……ま、まさか……それよりマナの写真は?」
「写真毎回確認して、ちゃんと家族みんなで可愛がってるよ」
「う、疑ってなんかいないよ……玲央……は動物なんか殺したりしないよな」
「え? 変な事言うなよ」
今朝まで妖魔は始末してきたが……そんな事を言われるとは思っていなかった。
驚く麗音愛を見て、西野の方が青ざめる。
「ごめん! 冗談冗談! 本当にごめん!」
「……いいけどさ、ほら可愛いだろ」
携帯電話でマナの写真を見せた。
椿の膝で丸まったマナが写っている。
「ごめんな、うん。元気そうだ」
「俺もモカとチョコにも会ってみたいよ、今度家に行ってもいい?」
モカとチョコは西野がマナと一緒に公園で拾った猫だ。
「え!? ごめん……ちょっと……か、母さんがさ最近昼間寝てるんだよ! 夜勤続きでさ」
「……そっか。じゃあまた写真見せてくれな」
「う、うん」
「ふあーじゃあ、ちょっと俺寝るわ……おやすみ椿……」
「うん」
徹夜の麗音愛は、あくびをすると机に突っ伏した。
そっと椿は麗音愛の手を握る。
「ありがと」
「うん」
舞意杖が失くなった今も、椿が傍にいると呪怨の統制が楽になる気がして麗音愛はすぐ浅い眠りについた。
◇◇◇
ある日の深夜の路地裏。
「あーん? なんだぁ可愛い姉ちゃん」
「これ『明けのない夜に』の音源あげる」
ガラの悪い男に、パーカーをかぶった摩美が差し出したのはUSBメモリーだ。
「まじか? 金はねぇぞ」
「いいから、あんたの店でかけて」
「ふ~~ん、増やしてもいいのか?」
「もちろん。いっぱい増やしてよ。売ったっていいよ?」
「まじか。本物だったら一杯おごってやる。お前も来いよ」
「ね、ねぇもう行こう」
摩美の後ろで帽子を深くかぶった西野が摩美の腕を掴む。
「じゃあ、しっかりかけてね」
摩美は掴まれた腕は振りほどいたが、特に西野に反論せずに大通りの方へ歩いて行く。
「こ、こんな事……」
「なに?」
「あ、いや、なんでもないよ、なんでもない。コンビニ寄って帰ろう」
西野は摩美がそのまま横を歩くことに安堵した。