武将令嬢捜索
見舞いに病院に訪れた海里が、慌てて琴音を探している母親に遭遇した。
最上階のVIP用の個室にいたはずだが、病院中を探してもいない。
ただでさえ、憔悴していた母親が半狂乱になっているという。
海里が麗音愛に電話をし会いに行っていないか聞いたのだった。
「こちらには来ていません……はい、俺も……探します」
電話を切った麗音愛は神妙な顔だ。
「麗音愛、琴音さんがいなくなったの?」
「うん……そうみたいだ」
「どこ行ったかも全然わかんねーのか?」
龍之介がバイクの鍵を取り出す。
「お母さんも検討つかないようで、家の人達で自宅やお店を見回ってるみたいだ。コートと制服がなくなってたみたいだけど携帯電話は置いていったって」
「まじぃ? 学校のみんなに聞くわけにもいかないしぃ……どうすんの?」
「そうよね……あの人の行動範囲って私達にはちょっとわからないわ」
「ほっとけよ」
「亜門、てめぇ最低かよ。おい梨里行くぞ」
「はぁ~? バイク寒いから嫌だし、なんであたしまで……」
「お前は、駅前で降ろすから探せ」
「くっそだる……」
「いいから行くべ、心配だ」
「ったく……」
文句を言いながらも梨里もコートを羽織る。
「麗音愛、私達も」
「……椿はいいよ。ここで佐伯ヶ原と待っててくれたら」
「ううん! 行く! お願い、呪怨で連れてって」
「でも」
「私……あの子達に入ってこられた時の感覚がまだある……あの子達の気配を感じられると思うの……骨研丸も持っていったのかな?」
「……実は、骨研丸とも同化したみたいなんだ」
事件の後、麗音愛は琴音も病院に運んだ。
その時、骨研丸は見当たらず後日その事実だけが伝えられた。
容態も身体に怪我はないが、人形のように寝たきりになっているという事は聞いていたが、椿には伝えていなかった。
「じゃあもっとわかるかも! 麗音愛お願い……」
「わかった、行こう」
「ほら! 美術部部長! 私達も行くわよ」
「ちっ」
結局、皆で外に出て龍之介は梨里とバイクで、美子と佐伯ヶ原は学校方面をタクシーで向かった。
麗音愛は椿を抱いて呪怨の羽で飛ぶ。
桃純家の椿の能力。明橙夜明集全てを使用同化し束ねられる力。
「俺にもその力があるんだろうけど……ごめん、全然わからない」
「それ以上に、麗音愛は沢山してくれてるから……! 一緒だと力が出てくるもの」
「椿……少しでも俺の力が椿に流れるように……!」
「麗音愛……! 多分あっち!!」
「わかった! 飛ばすぞ!」
かすかな黄蝶露と骨研丸の気配、声を聞く椿。
麗音愛も少しでも力が合わさればと抱き締め飛んだ。
「ここのどこかに……」
「うん、探そう」
降り立ったそこは、海岸だった。
二人で海水浴をした海岸。
麗音愛が琴音とも二人で歩いた……海岸。
もう春の短い陽が落ち始め、オレンジ色の夕陽が海を染める。
冷たい海風が、麗音愛と椿の頬を撫でカモメと混じったカラスの泣き声を聞きながら琴音を探した。
「あ……!」
海岸の堤防に一人座る、琴音を見つけた。
そのまま駆け寄ろうとした麗音愛を椿が止める。
「待って……私が行く……」
「でも、何か言われたりしたら……むしろ俺だけ行ったほうが」
琴音の精神状態がどういう状況かわからない。
それでも椿は譲らない。
「……お願い私に任せて……」
「……わかった」
「何があっても、私が助けを求めないかぎり来ないで」
「椿、また……」
「わかってる、私の愛してる麗音愛が愛してくれる私を……大事にします。だから」
「うん……絶対だよ」
「はい」
強く握られた手を握り返し、そして離れ……椿はゆっくりと琴音に向かって歩いた。
琴音はまっすぐ海を見ている。
制服のセーラー服を着てコートを羽織っていた。
泣いているわけでもない、ただ人形のように前を向いていた。
「……琴音さん……」
「……何か用ですか?」
椿を見ずに、そう言った。
「……お母さん、心配してるよ」
「まぁ、そうでしょうね……大事に愛されていますから」
当然のように、琴音は言う。
心配性すぎる母親にたっぷりの愛情を注がれて育った琴音だ。
予想通りなのだろう。
椿には未知の感情。
風が吹いて二人の髪が揺れる。
「……髪、ごめんなさい」
琴音の髪は、椿の抵抗の炎で焼けてしまい綺麗なセミロングの髪は今は短くカットされてしまった。
ショートヘアが髪になびく。
無言の琴音。
怪我は治せたが、髪までの修復はできなかった。
「あの本当に……」
「こんなっ……髪なんかより!」
「えっ」
「……こんな、こんな髪なんかより惨めに生き伸びさせられたほうがよっぽど迷惑よぉ!」
初めて、琴音が椿に目を向けた。
怒りに震えた瞳。
「琴音さん」
「あんな男にいいように使われて、私の正義の力が汚された!」
「それは……」
「こんな恥さらして、どうやって生きていけっていうのよ!?」
「で……でも」
「殺せって言ったでしょ!? こんな情けない醜態晒して、もう生きていけないわよぉ!!」
怒りと涙で滲む顔。
琴音には琴音の信念があった。
貫きたい正義が雪春によって汚された。
自分を信じる琴音にとって、それを踏みにじられた衝撃はどれほどだったか……椿は心臓を切り裂くような叫びを聞いた。
椿は下を向き、琴音の苛立ちがまた募ったが椿が口を開いた。
「……それでも……私は生きてくよ」
「なに……?」
「生きてる価値もないって言われ続けても、罰姫だと言われても。みっともなくても、それでも生きる……」
「罰姫……」
「どれだけ情けなく這いつくばっても、血反吐を吐いても、醜態を晒しても! 私は紅夜を倒すまでは、死ぬわけにはいかない……!」
椿の瞳が炎が燃えるように、強い意志が宿る。
「!」
「それが私の使命だと、そう思うから――泥水を飲んだって剣を離さない……! それが自分に流れる母様の血の……」
「……桃純家……」
「そう、罰姫であり桃純家当主である私の使命だから……私は桃純家当主として、どんなに格好悪くても紅夜と戦うよ」
「私は……」
「琴音さんは、加正寺家当主でしょう」
「ええ……そう、私は加正寺家当主……!」
琴音の瞳が大きく見開かれ、立ち上がりコートを脱ぎ捨てた。
そして握られる二刀のサーベル。
「桃純家当主……私と手合わせをしなさい……!」
その剣先は椿へ向けられた。