紅夜会・謁見
紅い空、城以外何もない紅が続く世界――。
紅夜の玉座の前、真紅の紅夜会軍服に身を包んだ雪春が跪いている。
「久しいな……雪春、顔を見せろ」
紅夜は妖艶に微笑む。
雪春は整った目鼻唇を、紅夜に向ける。
メガネはもうしておらず、長髪は高い位置で結ばれていた。
「楽しかったか白夜は」
「はい」
「俺の娘はどうだった」
「大変美しく清らかに成長されております」
無表情のまま雪春は告げる。
「だろうなぁ俺の娘だ……」
ルカが撮影したフィルムカメラの写真、強制同化剥がしの時に貫かれた椿を見て紅夜は恍惚な表情を浮かべた。
「では、俺への捧げものとやらを見せろ」
「はい、紅夜様……これを」
コーディネーターがジェラルミンケースを受け取り紅夜の前で開ける。
「舞意杖か……」
まだ椿の血が着いた舞意杖。
それを紅夜は長い舌で舐める。
「ふふ……元気がいいな……」
舞意杖を持った手も舌も、じゅっと溶ける。
コーディネーターは慌てたが、紅夜は微笑みのままで舞意杖を元に戻した。
「ほう……これは……」
「桃純篝様です」
一層深く、雪春が頭を垂れる。
「ふふ……篝も小さくなったものだ」
篝の骨壷。
炎の装飾の入った美しい陶器の骨壷。
紅夜の手が伸びる。
雪春は一瞬ピクリと動くが、下を向いたままだ。
「ははは……俺が叩き落とし、踏み潰すとでも思ったか」
「……とんでもございません」
ぬるり、と指先で骨壷を撫でる紅夜。
もう一度、ぬるりと撫でた。
「お前はいい子だ……雪春。お前の採取した寵の血液も役に立っているようだ」
「そうですか」
「そうだな、ルカ」
横にいた紅い執事服のルカが嬉しそうに頷く。
「はい、人間を絶望に貶める研究は飛躍的に進化しています。僕が姫様に気付かれぬように、感染させられたおかげです」
「ふふ、お前もいい働きをするルカ」
「はいぃ! 可愛い姫様も撮影できましたしね」
どこから出したのか、椿の泣き顔のパネルを見せる。
龍之介から逃げ出し寒さに震えブランコに乗っていた椿の写真。
この後に、椿は熱を出したのだ。
「……あぁ……泣き顔の寵は良いモノだ」
しばし紅夜が目を閉じて陶酔したあと、ニヤリと笑う。
「他に報告はないか」
「はい、紅夜様にお伝えするほどの事は今はございません」
「雪春お前には褒美をやる。研究所への出入りは好きにしろ。それと白夜団殺しの隊長を命ずる」
「ありがとうございます紅夜様」
雪春はそのまま深く深く頭を垂れた。
紅夜との謁見の後は、ナイト達が揃っていた。
紅夜会と白夜団としてお互いに認識はある。
皆が雪春を見る。沙紀と闘真は訝しげな顔だ。
雪春も特に挨拶はしない。
「病院で私の首を絞めた女性はいませんね」
「摩美は紅夜様の命を受け、散歩中だよ。じきに戻るでしょう」
ルカが言う。
「あれは急に咲楽紫千が現れて、血液を受け取るためだったんだから摩美と喧嘩しないでよね」
ルカの隣でカリンが言う。
「もちろんです」
「なんであたしには言わなかったんだよ、こんな貧弱野郎が仲間だなんて聞いてなかった」
「沙紀、仕方のない事です。受け入れなさい」
ヴィフォが沙紀を嗜める。
「ふん、隊長だからって、調子に乗るなよ」
「だよなぁ……なんで俺が隊長じゃないんだ。こんなやつ信用できるのかよ、まーた裏切るんじゃないのか」
闘真も珍しく沙紀側に立っての意見だ。
「何を言っても今は信用されないでしょうから、今後を見て頂くしかないでしょう。それでは、失礼します」
雪春は無表情のまま、ナイトに背を向けてその場を去っていった。
紅い月が城を照らしている――。